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15.冬の香りと温もりと

「なんかナルに変なこと話しました?」


 すっかり見通しの良くなった森の中、少し離れた場所で上を見上げるトリスタンにローズマリーは尋ねる。


「んー……? 何だっけ?」

「貴方と前に会ったことあるのかってめちゃくちゃ聞かれたんですけど?」

「ああ……、初恋だって話ねー」

「――そう! わたし、トリスタン様と前に会ったことなんかないですよね? だのに初恋って……。

 色々おかしいし、あまり変なこと言わないでもらえますか?」

「あー…うーん…そうだねぇー」


 だけど男は上を見上げたままの生返事。その上。


「―――あっ、あれなんかどう?」


 実も白いよ、ほら!

 やっとこちらを見たと思えば男は上を指差し笑顔でそんな言う。 その指差す方向にあるのは冬至祭に必要な白い実をつけたヤドリギだ。


( 聞いてないし…… )


 でもまぁ、目的のものは見つけられた。


「少し高いなぁ。 どうする?」

「もう少し探してみて、それで無かったらナルに頼んで取ってもらいますよ」

 

 まだ見上げる男にそう告げて。さっきの初恋云々はどうせいつもの戯れ事だと、続きはあきらめ再び森を行く。


 

 フワフワと雪虫達が舞う。

 風の匂いからしても、もう数日で雪が降り出すだろう。

 それを呼び込んだ北風に小さくひとつくしゃみをすれば、ふわりと温もりが肩にかかった。


 身を包んだのは微かなアンバーの香り。トリスタンがいつも纏う香り。

 温もりは男が身に付けていたストールで、それが今ローズマリーの肩にかかる。

 振り仰げば柔らかく笑う男。


「………あの…?」

「掛けていて、僕は寒くないから」

「…………はぁ、ありがとうございます……」

 

 くしゃみをしたからだろうけど、なんだか少しこそばゆい。

 そのわたしに向ける表情も、そこにあるのが、本当にただ純粋な好意のようにも見えて。

 わたしが、魔女であると知ってるくせに。


 ごまかす気持ちで尋ねる。

 

「――これ、なんだか温かいですね?」

  

 別に男が今まで身に付けていたから温かいとかそういうわけでなくて、ホントにこのストール自身がポカポカと温かく感じるのだ。

 見たところ普通のウールの織物に見えるのだが?


 トリスタンはフフっと笑い教えてくれた。


「それも実験の成果、魔導具をつくる工程の副産物だよ」

「途中でこれが出来るの?」

「あはは、違う違う。どうしても出る廃棄物がね、なんとかならないかなって思って」


 熱を発するものであったので試しに羊毛に混ぜこんでみたという。

  

( ……へぇ、なるほど )

 役に立つものもあるじゃないか。


 やはりこれが温かいのかと、ローズマリーは試しにぐっと顎元までストールを引き上げてみる。

 そうすることで温もりは直に感じられたが、微かだったアンバーの香りが強く鼻腔を擽り、瞬間 襲った感情に今度は咄嗟に手を離す。

 

「――――――っ!!」


「…………ロージー? どうしたんだ?」

「なっ、なんでもない!!」


 不自然なローズマリーの動きに、覗き込み尋ねる男から顔をそむけ。明らかになんでもなくない顔で言う。


 その理由をこの男には絶対数悟られてはいけない!


 まるで、トリスタンの腕の中に包まれたように感じたなど。



( ……ふう。 落ち着けわたし )


 ひとつ息を吐くと、「ふーん…?」と、頭の上から含みのある男の声。


「……な、何…?」

「いやー…、何でもないよ」


 気にしないでと男は笑う。

 

 先ほどとは立場が逆転したような。だけども、男の余裕に何となく腹が立つ。

 ムッと睨み付けて何か言ってやろうと口を開き、そこでハタと気づいた。


 よくよく考えれば、トリスタンがここに滞在して数日経つ。

 それは不測の事態から。 

 

 流石貴族だ、男の身嗜みは毎回きちんとしている。

 だけど不測の事態だというのに何故きちんと着替えを用意してるのか?

 そしてこのストールも当初は身につけてはいなかったはずだ。


 では、どこから?


「戻れなくなったって言いましたよね?」

「――? うん、そうだね。君にも頼んだでしょ?」


 急に飛んだ話に、でも男はさらりと答え、逆にわたしに投げ返す。


 言うとおり。トリスタンから「戻れなくなった」と困ったように告げられて、仕方なくローズマリーは外へと繋がる道をと、森に頼んだ。

 なのにイバラ達はザワザワと揺れるだけで道は開かれない。

 何度も試してみたけども森がそれを叶えることはなく。その上ナルも外に出れなくなった。


 そんな不測な事態。



 本格的な冬に向けての備蓄はきちんと出来ているし、男一人増えたとて問題はないけども。


 ローズマリーは深くため息をつく。


「…………蜂蜜酒(ミード)を、買うの忘れてたんですよね」

「………ん?」

「毎年 冬至祭には蜂蜜酒のケーキを作るので」

「ああ、なるほど」


 すぐに理解したのかニッコリとトリスタンは笑う。


 ホントに、全くだ。


 どうやってるのかはわからないが、男だけは外へと出ているのだろう。

 それも魔導具のおかげか? 外に出ないわたしには関係ない話だけど。

 

 まぁ、道が戻ったとしても出て行けとも今さら言わない。

 不本意ながらナル以外の人が増えた今を、普通に受け入れている自分がいる。


 そして少し懐かしく思っている。



 大勢の人がいて優しさに満ちていた過去。それは遠い昔。


 ()()()()()()()()()()()



( ………懐かしいと思うことなど、わたしには許されないのに )




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