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14.また別の冬の日、男共の会話

 北からの風に雪虫が混じる。 日は更に短くなり、壁に掛けられた時計が三つ音を奏でる頃には森は既にノート(夜の女神)の影が伸び始める。

 

 裏庭にて薪割りに精を出していたナルは暗くなってきた周りにその手を止めた。


( まぁ、こんなもんでいいか ) 


 雪が降り出す前に必要不可欠な薪は確保出来た。積み上がったそれをナルは満足げに眺め、後は家の脇に片付けて裏の扉から厨房へと入る。そして。


 その場にいた人物に一瞬固まった。 


 けど、直ぐに持ち直して、厨房には全くそぐわない綺羅綺羅しい男に尋ねる。

 

「…………何してるんですか? 伯爵様」


「――ん? 見ての通り料理だよ?」


 こちらを見て「ほら?」とばかりに、エプロン姿のトリスタンは片手にナイフ、片手に人参、それを掲げて見せた。

 まぁ、それは見てわかるけども。


( ってか、そのエプロンどこから持ってきた? )


 明らかに男の体にぴったりなエプロン。マリーや自分のものではないだろう。なんせ身長が――……。


( ………………止めた )

 それについては不快なのでそれ以上は考えない。


 だけども、()()()()数日経ち、男の用意周到な色々を見ていると完全に計画的なものだとしか思えない。


 この急なトリスタンの滞在の件は。



 マリーと男の話がどういう流れであったのかはわからないけど、数日前からこの伯爵様はこの家に滞在している。


 何故!?とマリーを問い詰めれば、「不測の事態がね……」とえらく疲れた顔をして遠くを見つめたので、流石にそれ以上つっこむのは止めておいた。俺は主人思いなので。

 

 今切った野菜を鍋に放り込み、鼻歌混じりに木べらを回す男を見てナルは口を開く。


「今日はマリー家に帰って来ないかもしれませんよ」

「……え? 何故? 何処に?」


 瞬間で手を止めて、思ったより食い付いてきたトリスタンにナルは少し驚き。


「何処かは知らないですけど、森の何処かでしょうね」


 なんせマリーは森から出ることはない。理由はわからないけど。


「時々そういうことがあるんですよ」


 そう告げれば、男は珍しく神妙な面持ちで「そうか……」と呟き視線を下ろした。


 くるくると、無言のまま回される木べら。

 その横顔からは感情を読み取ることは出来ない。普段正面で顔を合わせててもそうなのだから、わかるはずもない。


 この男の本心は何で、ローズマリーに構うことの意味なんて。 





 長い間独り閉じ籠ってきた少女(ローズマリー)は自分を知らない。



 農家のネズミ駆除の為に飼われていた母猫から生まれた子猫。その中で一匹。黒猫は不吉だという理由でこの森に捨てられた。


 もう鳴くことも出来ず死に向かうだけだった小さな黒猫(自分)を救ってくれたのがローズマリーだ。 伸ばされた手は温かく、その容姿も相まって、まるで天使のようだった。

 例え魔女だと知ったとしても。


 まぁ、長く一緒に暮らすようになって、めちゃくちゃズボラだと知ったけども、別にそれがマリーの容姿の評価に影響を及ぼすものでもなく。

 少女自身にあまり自覚はないけども、マリーは街にいるどの令嬢達よりも圧倒的に綺麗なことに間違いはない。それは多分王都においても。


 少し赤みの入った薄茶色の髪は、いつも結われることなくサラサラとして腰辺りまで届く。 白く小さな顔に筋の通った小振りな鼻、常に薄く朱を刷く小さな唇。 長い睫毛に縁取られた瞳だけは大きく、深い森のような緑の中に光の加減で赤が飛ぶ。

 ただ静かに座っていれば、近頃王都で人気のビスクドールのように繊細で優美だ。

 性格は置いておいて。


 だけどあくまで容姿だけでしかない。

 単純にそれだけであるならばマリーである必要はない。

 後ろ楯も何もない。むしろマイナスの要素しか持たない少女など。


 だってマリーは魔女だ。

 そしてそのことはこの男も知っているはずだ。



 書ともなり、口伝承でも囁かれる、いばらの森。

 普通に考えればこの森に暮らしている時点でそうでしかないのだから。


 だから。

 まだ木べらを回す男を見つめポツリと呟く。


「あんたは何が目的なんだ? マリーに何かするつもりなのか?」

 

 それならば許さない。マリーは自分にとってとても大切な存在なのだから。


 回す手を止めた男は、だけどどこか茫然とした顔でこちらを見て。


「………目的?」


 それは前に少女も尋ねた言葉。


「……目的か……。 ――ああ……うん、そうだね。彼女は僕の初恋の人なんだよ。


 ―――さ、出来た!」


「――――――はっ!?」

「いやだから出来たよ?」

「そこじゃなくて!」

「はは、つっこみ方がロージーそっくりだね」

「いや、あんた今なん―――」

「うーん、ロージーに食べてもらいたかったんだけど仕方ない。食べるよね、君?」

「食べっ……食べる、けど! じゃなくて!」

「―――お皿は?」

「………………、…………くそっ、


 その棚の上です! そっちじゃなくて、右側の!」



 そして食べたシチューが、今まで食べた中でも断トツに旨かったことが、物凄く悔しい。




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