13.冬のある日、他愛のない会話 (2)
本日二話目です
「今日はあの少年は?」
「ナルですか? ナルなら所用でウォルソーに行ってます。もう帰って来ると思いますよ。何か用事ですか?」
「いや、別になにもないよ」
「ふーん…?」
優雅な仕草でカップに口を付けるトリスタンをローズマリーは眺める。
そう言えばナルにトリスタンについて話をした時、伯爵や領主云々よりも、魔導具が男の発案で産みの親であることに大層驚いていた。
ナルも驚くくらいだ、やはりそれは凄いことのようで。この国が推し進める改革とやらを大幅に飛躍させたのがこの男で、その魔導具だと言う。
だけどローズマリーにとってはやはり、ふーん?だ。
それに先ほどのトリスタンの実験の成果をみては、疑わしく思ってしまうのはそれこそ仕方ないと思う。
だって特に必要なくない?あれ。
まぁ、ここに引きこもっているだけのわたしには色々関係ないけど。
それにしても、ナルに何の用だろう?
と、思っていたら丁度良く家に続く入り口側からナルが姿を見せる。
そして第一声が―――、
「マリー! また居間の机の上片付けなかったろ!」
うん、やっぱり丁度良くない。
「また後で使おうと思ったのっ」
「ってこの前もそう言って使わなかったよな?」
「それは、たまたまでっ!」
「常習犯の言い訳は聞かないからね」
「――ううっ。 …………何よっ、ナルのいじわる! 後で片付けるわよ!」
正論に文句を言うのはおかしいけれど。むくれてそう言えば、ナルは呆れた顔をわたしに向けてから今度は、今やっと気づいたとばかりにトリスタンを見た。
「ああ――。またいらしてたんですね、伯爵。気づきませんでした」
失礼しましたと、ナルはニッコリと笑う。
対するトリスタンも同じような笑みを浮かべ。
「いやいや、君が居なかったお陰でロージー手ずからのお茶をいただけて非常に満足だよ。だから気にしないで」
( いや、それって会話成り立ってるの? )
ニコニコと笑い合う二人にローズマリーは心の中でつっこんで、ナルは小さく舌打ちをする。
「―――ちっ」
( ナル!? )
ギョッとすれどもナルは笑顔は崩してはおらず、むしろさらに完璧で隙のない笑みをトリスタンに向けて。
「お茶だけでは何なんで。今お菓子も用意しますね、とびっきり甘いやつを」
それだけ言うと家の中へと戻って行った。
男が為したことに対しては凄いと評価をしていても、その本人のはずのトリスタンは気にくわないようだ、ナルは。
出て行ったナルに視線を向けていたら、男の声がする。
「仲いいんだね?」
振り返ると、まだニコニコとしたままのトリスタン。
今のやり取りのどこが仲がいいのだ。とローズマリーは眉を寄せる。
「今のでそう見えますか? ケンカもするし、ナルは口うるさいんですよ、ホントっ」
年下のくせに。とぼやけば、男がそこに食い付いた。
「そう言えば、君達は幾つなんだい? どう見ても成人はしてないよね?」
「あー………、ですねぇー。
えー…っと、わたしが十六でナルは十三です」
( ――外見上は )
うん、藪から蛇だった。まさかそこに食い付くとは。
微妙な返答となったけれど、トリスタンは「ふーん」と頷くだけで済んだ。
まだあの日の続きを問うつもりはないようだ。なので茶番は続く。
「この家には二人で住んでるの?」
「ですよ。だって普通ここに人が来ることはないですから、貴方を除いては」
「ああ――、そうだったね」
ローズマリーはジト目で、トリスタンはフフッと笑い、続ける。
「で、ロージーと少年はどういった関係なの?」
「は!? どうって……」
茶番でなく尋問だったのか、これは?
「……家族、みたいなものですよ」
当たり障りのない答えを告げれば、「家族ねぇ…」と男は低く呟き、視線を手にしたカップへ落とした。
ああ――、しまった。
取りあえず慌てて取り繕う。
「家族って言っても、さっきみたいにケンカばっかだし、ナルなんかよく家出するし。お互い色々勝手だし。
そんな感じですよ、毎日」
( いや、どんな感じよ? )
全く何を言っているのか自分でも不明だ。
だけどトリスタンは視線を上げないまま口元に皮肉を刻んで小さく笑う。
「急に態度を変えて媚びてへつらってくる血だけ繋がった『家族』よりよっぽどマシだよ」
あぁやはり――、トリスタンには『家族』という単語は禁句であるようだ。
気まずさに、ローズマリーも視線を落とし、ロイヤルミルクティーを一口。 甘いはずのそれも苦く感じる。
「―――でも妬けるなぁ」
その言葉でまた顔を上げて。
怪訝にトリスタンを見る。
「………?」
さっき見せた皮肉の影はもう消えていて。ニコリといつもの笑みを――、いや、少し甘味のある、今日の紅茶のような笑みを浮かべて。
「だって二人でここに住んでるんでしょ、二人っきりで」
( 何で今そこを強調した? )
「さっきも言いましたよね? ナルは家族みたいな者だし、ここには誰も来れないって」
「でも僕は来れるよね?」
「………ですね」
何が言いたいのか?
何だか嫌な方向に向かいそうな気がする。むしろそんな気しかしない。
「しかも二人は未成年だよね」
「………デスネ(外見上は)」
「保護者がいると思わない?」
「オモイマセンネ」
「僕も保護者としてここに暮らすのは?」
「いや、聞いてました!? 思わないって言いましたよね!?」
「通うのも不便だし面倒くさいし、妙案じゃない?」
「じゃないです!!」
「えー……。じゃあ、不測の事態で帰れなくなったら泊めてくれるかい?」
なんだ? この突拍子もない話の流れは。
「…………………………ハァ…、
不測の事態なら仕方ないですね」
盛大なため息と共にトリスタンに告げた。
そのまま延々と不毛な会話が続きそうだったから。
( それに、――だ! )
この森に関して不測の事態など起こるはずがない 。
空になったカップに新たなお茶を注ぎ、ふふんと鼻を鳴らすローズマリーはすっかり忘れていた。
この男がここに来れたこと自体が、森にとっても、ローズマリーにとっても、既に不測の事態であったことを。
――‥――‥――‥――‥――
「ロージー、甘いもの好きだよね? 僕の分もどーぞ( ニッコリ )」
「………ありがとうございます…( これで太ったらナルのせい! )」
フラグ以外何物でもないやつ!




