11.それは琥珀の夢
「お詫び……。 そう、お詫び、ね?」
何故そこでこちらを見る?
いや、わかるよ。わかるけども、出来ればそれ以上は言わないで欲しい。
だけどそんな思いも虚しく。
「お詫びと言うなら名で呼んでくれればいいよ」
「………………」
ホント、よくわからない。
ローズマリーは深くため息をつくと、わかりましたと。
「トリスタン様でいいですよね?」
「トーリでもいいよ」
「トリスタン様でお願いします!」
「そう? ……残念」とトリスタンは肩を竦め。そんな男を放っぽってローズマリーは昨日からの念願、『柴栗を採る』という目的へとさっさと向かった。
落ちて開いてしまったものは虫達のものだ。なのでまだ開いていない柴栗の丸いイガイガを、器用に靴で踏んで皮を剥ぎ、コロンとした栗をカゴに入れてゆく。
栗のフォルムは愛らしく、尚且つ美味しいだなんて有能過ぎる。
夢中になって栗を採り続けていたら時間も忘れていたようで、空腹と微かな喉の渇きを感じたローズマリーは、やっと視線を周りへと向けた。
そういえばトリスタンはどうしてるだろうか?
到着してから、「ちょっと僕もここらへんを散策して来るよ」とトリスタンとは別れた。
そのまま放って帰るのも、彼が領主様と知ってはそれも何となく憚れる。一言声を掛けるべきだろう。
なのでその姿を探すべく森を少し行けば、一本の木の前に身を屈めている男の姿が見えた。
何をしてるのか?
ローズマリーは近づくと後ろから覗き込む。
足音でわかっていただろう男は別に驚くこともなく、チラリとこちらを見て柔らかく笑い「採れたかい?」と尋ねる。
そんな男にいっぱいになったカゴを見せてローズマリーはその横へと並んだ。
「樹液を採ってるの?」
男の手元を見てローズマリーは言う。
鹿が樹皮を食べたのか、その傷口から零れる琥珀色の樹液を、トリスタンは手にした細いガラスの筒へと漏斗で入れている。
「そうだよ、この森で取れるものはやはり他とは違うかと思って」
「ふーん……。 でも琥珀石ではないから価値はないでしょ?」
色々と需要のある樹液だけど、やはり宝飾品となる琥珀より価値としては落ちる。
「これ自身に価値を求めてるわけではないよ。 ああでもここで取れる琥珀ならばちょっと気になるなぁ」
「ここでも取れる?」
「条件が合えば。でも近くに炭鉱はないよね?」
じゃあ、ムリかな。と言う。聞けば琥珀は石炭の層で取れることが普通らしい。
明らかに残念だという顔をしたローズマリーにトリスタンは少し笑い。
「好きならば取りに行くかい? 北の方に取れる場所があるって聞いたよ。――どう?」
尋ねられて。
「ううん、わたしは行かない」
―――――行けない。
打って変わって、急に声を固くしたローズマリーをトリスタンは少し驚いたように見て。
でもその理由を問うこともなく「…そう」と頷くと、視線を戻し手に持ったガラスの筒の蓋を閉めた。
透明なガラスの向こうで鈍く揺れる樹液。
その琥珀色の中で漂う小さな虫をローズマリーは見つめる。
甘い蜜の夢に閉じ込められて、逃げ出せぬまま幾星霜の時の果てに琥珀という宝石へと変わる。
虫にとって、それは本望であったのだろうか?
来た道をローズマリーとトリスタンは引き返す。
行きしとは何となく感じが違うと思うのは、男の正体を知ってしまったからか?
だけどその本人は全く何にも気にもしていないようで。
「ロージー、明日は何をするんだい?」
などと聞いてくる。明日も来るつもりなのか。
そしてわたしをロージーと呼ぶことも決定のようだ。
「そろそろ冬至祭の準備をしないといけないなので家にいますよ」
「ユール・ログはもう用意した?」
「それは。でもヤドリギはまだ探してないですけど」
でもヤドリギに関してはいつも自生してる場所を知ってるので大丈夫だ。
そして男の言うユール・ログとは冬至祭の時に燃やす丸太の薪。他に必要なヒイラギも家の横に植えている。なので明日は冬至祭の為のリースを作ろうと思っていたのだ。
それを告げれば、「そうなんだー…」と少し考える素振りを見せて。
「ちなみに、僕もその日ここに来ても?」
とても爽やかな笑顔でトリスタンはそんなことを言う。
「―――は!? 何言ってるんですか!?」
ローズマリーは目を剥く。本当に何を言っているのだ?
その日は親族や家族で過ごすもの。貴族ともなればどこぞのパーティーへの出席などもあるかもしれないが。
「いや……、ムリですよ。王都に戻られるんじゃないんですか?」
「戻っても祝う相手はいないからねぇ」
それはどうだろうか。この容姿でしかも伯爵となれば一緒に祝いたいと願う人はたくさんいると思う。
特に女性陣ともなれば見目の良い独身の貴族など恰好の的、しかも伯爵様とくれば放っておくはずもない。熾烈な戦いでも起きてそうだ。
いやむしろ、だからここに来たのか?
あぁなるほど、逃げてきたのだな。と、ローズマリーは男をちょっと不憫に思い、そんな視線を送る。
「じゃあ、家族と過ごせばいいじゃないですか?」
受けた男はにこやかな、まるで絵に書いたような笑みを浮かべ。
「そうだねぇ、一見普通の流れであるけど、ロージーがその考えに至った経緯が凄く気になるよ。けど―――、
家族と過ごすなんてまっぴらゴメンだ」
これが一番穏便な提案だと言うのに……。
でも何となく、切り捨てるようなトリスタンの物言いに、家族についてこれ以上触れるのは止めた方が良いと感じた。
それから、人の思考を読もうとするのも止めた方が良いと思う。うん。
しかしだ、とは言われても。
「ホントにムリですよ。大体―――」
言いかけたところで、ガサッと繁みが揺れた。
ニャーオ。と、鳴き声と共に繁みから顔を出した黒猫にローズマリーは振り返り。
「あ、ナ……―――」
……ル。 呼ぼうとして、ハタと気づく。 同時に低く問う声が背後から重なった。
「おや……? 何処かで見たことのある猫だね?」
そう言いながら、固まるローズマリーの横を抜け、警戒するように一歩下がった黒猫の前に屈んだ男。
「ああ――、やっぱりそうだ。君はあの時の黒猫か……」
毛を膨らませた黒猫がそのままビクッと、ローズマリー同様固まる姿を見て。こちらからは背中しか見えないはずの男がどのような表現を浮かべているのかが取るようにわかった。
そして振り返ったトリスタンはローズマリーの思った通りの笑顔で言う。
「やっぱり、君の友達だったね? 」
トントンと、まだ白い布の貼られた自分の左頬を指差して。その笑顔のまま再び口が開く。
「ところでさっきの話の続きだけど―――」
( ナルの馬鹿!! )
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トリスタンの顔のテープを忘れましたが、無い方がすっきりするということで。




