10.後出しはズルいです
昔、ここには小さな国があった。
城とそれを囲む街と森、それだけの。国と呼ぶにはあまりにも小さい国。
でもそれは滅びた。
そして幾度かの国をかけた争いの後の現在、全土はブリテジア王国と呼ばれるようになり今は女王が統べる。そしてこの地の名はティルストンとされた。
ただかなりの面積をこの「いばらの森」という怪しげな森に占められていた為、封建地とはならず。
なのでここは未だ王国の直轄地であり領主はいない。
( え……? どういうこと…? )
一番あり得て、一番あり得て欲しくないことは。
「王族……様、とかでは…ないですよね……?」
まさか……。と思い尋ねれば、男は一度軽く目を見開くと直ぐに声を立てて笑った。
「あははっ、まさか! 僕はただのしがない男爵の次男だよ」
「え? じゃあ……」
この男は一体この地とどういった関係があるというのか?
笑いをおさめたトリスタンは、困惑しかないローズマリーを見つめ言う。
「僕が領主なんだよ、ここの。
ティルストン伯爵の名を授与された」
「………―――はっ!!?」
「うん、まぁ驚くよね? 僕も驚いた」
まさかの領主様とは!!
しかし男爵の息子が、しかも次男が伯爵様に?
ならば。
「玉の輿ですか?」
「結婚はまだしてないからね」
速攻で否定された。しかもあの笑顔で。
うん、失敗。
でもだとしたら、授与されたというならば、国に対して多大な功績を為し得たと言うこと。 この若さで?
小競り合いはあれど、ここ近年は大きな戦いなど起きてはいない。しかもどう見ても目の前の男は戦いに長けてるようには見えない。なので戦功褒賞ではないだろう。
ならやはり、ここは色事関連だなと。そんな結論に至ったけども、口に出してないはずなのに男の笑みが深くなりかけたので心の中に留めて置いた。やっぱりちょっと理不尽。
トリスタンは少し非難するような視線をローズマリーに向けて、小さくため息をつき言う。
「君の考えていることは全然全く違うから」と、人の心の中を読んだような前置きをして。
「昨日も話したと思うけど、僕が考案した魔導具。 君はあんまり興味がなかったみたいだけど、この国の上に立つ人達には大層興味があったみたいでね。その功績者としての褒賞なんだよ」
「――へぇ」
「ははっ、やっぱりそういう反応なんだ」
話し終えたトリスタンはローズマリーを見て笑う。
( なんでよ? )
笑われるような表情も態度もしてないはずだ。
興味云々まぁ確かにそうだ。それが褒賞を貰えるほどの価値があるということに、いまいちピンと来ない。
だから反応もなにも、きっと無反応だったと思う。だけど何故かトリスタンは嬉しそうで、やはりよくわからない男だ。
とはいえ、この男はここの領主様で伯爵様であるという。真偽はわからないけどわたしを騙す理由もない、はずだ。
わたしを魔女と呼び、なのにそれ以上触れてこないこの男ならば。
ローズマリーはひとつ息を吐き、トリスタンに改めて向き直ると、スカートをつまみ軽く膝を落とす。
「伯爵様とはつゆ知らず、数々の無礼な態度をお詫びいたします」
「ロージー?」
「はい、何でしょうか? 伯爵様」
「……………」
視線を上げないまま次の返事を待っていれば、カサリと、落ち葉で埋まる視界の中に革靴の先が入る。
( ん? 近づいた? )
そう思った矢先に、声が落ちた。
「ロージー、顔を上げて」
頼み、ではない。それはどちらかと言えば命令的な。ただそこに滲んだ甘い響きに、ローズマリーの体は固まる。
「ねぇ……? 顔を、上げて?」
今度はお願いな口調で。
だけどムリだ。絶体に、ムリ。
硬直したまま俯くローズマリーの視界に今度は指先が入り。自分の手とは違い、少し節が立った大きく長い指先。一瞬ビクッと身を竦めたローズマリーの頤をその指先が捉える。
抵抗する間もなくクイと持ち上げられて、揺らめく紫の瞳がわたしを見下ろす。
「ロージー。 トリスタン、だと言ったよね?」
( えええぇーーー! まさかのソコっ!!? )
視線も声も甘く、あの笑顔を持ってしてソコなの!?
警戒も緊張も吹っ飛んだ。
「いや、無理ですよ!? 伯爵様でしょ!?」
「何故?」
「何故って………っ」
「だって君 僕が為し得た功績なんて興味ないでしょ?」
「はっ!? そんなこと今関係ないですよね!?」
「そう? でも君が言う『伯爵様』は、そのお陰でついてきたわけだし」
何を言ってるんだ、この男は。
まだ頤は捉えられたまま、ローズマリーは半眼となり男を見つめる。
「だとしても、貴方は領主様で、伯爵様であることに変わりはないですよね?」
「まぁ、そうだね」
じゃあムリです!と、ローズマリーは男の手を振りほどき一歩後ろに下がる。少し目を見張ったトリスタンにちょっと失礼だったかと「無礼はお詫びします」と言えば、男は少し思案するような顔をして。
そうか。と頷き、何故か笑う。
いやな予感しかない。




