番外編2 迎え入れる人たち
ローディンの国王アルフレッドと婚約者レディ・マーガレットのお話。
執務室に離宮からの手紙が届いた時、ローディン国王アルフレッドは何も期待などしなかった。手紙の内容は予想を何一つ裏切らないものだった。
「王太后陛下は、私の結婚式を欠席されるようだ」
若き国王の声は冷たく、何の譲歩もする気がないのは明らかだった。
「それでは、病気療養を名目にされますか」
宰相マールバラ公爵が口にしたのは既定事項の確認だった。
「そうだな、今から離宮に医師を定期的に向かわせよう。それも複数。当日の欠席もやむ無しと印象づけたい」
「御意。あちから抗議が来た時は…」
「あの人が自分から要求などするものか。不参加が私への懲罰で、こちらから跪いて許しを請いにくると信じ切っているのだからな」
国王は辛辣に言い捨てた。宰相は頭を下げ、次の報告をした。
「ウォータールー侯爵家の解体は順調に進んでおります。侯爵もダブリス城に閉じこもって誰も寄せ付けないとか」
「親族から擁護の声は?」
「ハミルトン侯爵家が、厳しすぎるのではと非公式見解を述べるに留まっております」
「あそこは姻戚関係にあったな。文句は言いたいが表だって味方して巻き添えになりたくない。そんなところか」
厳格な顔に微かな笑みを浮かべ、宰相は同意した。
「同調する者もおらず、放置して構わない状況と思いますが」
「そうだな」
今は無闇に敵を増やすのは得策ではない。若い国王は老練な宰相の意見を取り入れた。プランタジネット大公家を興すことによって考えられる影響を話し合い、ひと息ついた所で侍従が来客を告げた。
「陛下、ウェリントン伯爵令嬢がお見えになりました」
「そうか」
冷酷ですらあったアルフレッドの顔が一瞬で変化した。宰相は、ひとりの青年に立ち戻った彼の様子を眩しげに見た。
「失礼します、陛下」
ウェリントン伯爵令嬢マーガレットが入室すると、執務室の空気までが変わるようだった。会えたことを喜ぶ婚約者たちの邪魔にならないように、マールバラ公爵はそっと退室した。
窓際の椅子に二人は並んで座った。彼女の手を取り、アルフレッドは来てくれたことを喜んだ。
「貴女に会える時間を作った甲斐があったよ」
「無理をなさっているのでは?」
心配そうな言葉に若い国王は首を振った。
「ようやく自由に呼吸ができる気分だ」
それが実の母を離宮に追いやって得たものだと分かっていても、マーガレットは彼の吹っ切れたような表情をいい傾向だと思った。
「より完全に影響を断ちたいと思われますか?」
「できればそうしたいが、今はその時ではないのだろう?」
「はい、変化の風は急激すぎてはなりません。いずれ、ふさわしい時に解決の機会は来ます」
「君の『風読み』がそう告げるのなら、私は信じるだけだ」
ウェリントン伯爵家は海防を担う貴族であり、伝わる天賦も独特だった。マーガレットの持つ能力は『風読み』。これは気象予測だけでなく、人や物事の流れを掴むタイミングを計る力でもある。
清楚で優しげな美貌とともに国王を引きつけた要素だ。マーガレットは楽しげに婚約者に告げた。
「今日はレディ・パトリシア・クロムウェルと、マダム・パンソンのサロンに行きましたの」
「随分と仲良くなったようだな」
アルフレッドには意外だった。パトリシア・クロムウェルは母太后の母方の血筋で、かつては彼の婚約者候補に名が上がったこともある。当然、アルフレッドは断固として断った。外戚に過度の権力を与えるのは王家にとっても国にとっても害悪だと判断したからだ。
実の母を失墜させると決意するまで時間を要した。親子の情、摂政として国を支えてくれた恩を思えばだ。しかし、亡き夫の身代わりを長男に強要し夫に全く似なかった次男の存在を無視する様には嫌悪しかなかった。
少しでも理想にそぐわないと息子の全てを否定する王太后の姿を思い出すと、今でも胸苦しさを覚える。
「アルフレッド様」
優しい声が彼を現実に呼び戻した。マーガレットが労るように彼の手に触れている。大きな呼吸を繰り返し、アルフレッドは彼女の手を取り指にキスをした。
「ありがとう、側にいてくれて」
感謝の言葉は小さかったが、婚約者の頬を染めさせるには充分だった。若い国王は別の話題を始めた。
「アグロセンの王女殿下のことも、急な依頼ですまなかった」
突然のローディン行きが決まった第四王女を、ウェリントン伯爵家が招待した形にしたことを彼は詫びた。マーガレットは首を振った。
「気になさらないでください。父も光栄なことだと喜んでおります。国際観艦式では『グローリー』号が大人気だったと、あちらの新聞を取り寄せていたほどですもの」
「伯爵家の栄誉だよ。あの記念碑とも言える船を大事に保管してくれたのだから」
「嬉しいお言葉、父に伝えます。王弟殿下との正式なご婚約はいつ発表されるのですか?」
「新たな大公夫妻の領地と新居に関する問題が片付き次第だな」
「ウォータールー侯爵にまだ反抗する余裕がありますの?」
「色々とかき集めているようだ」
忠実な配下の者や違法な金品、武器類の数々。治安維持局のブランドン・カニンガムからの報告で全容は掴んでいる。
「摘発をいつにするか…」
「早い方がよろしいでしょう」
彼の呟きにマーガレットが反応した。遠く窓の外を見るような目で続ける。
「流れはこちらにあります。彼らはそれを無理に変えようと焦ります。誤った判断を修正する時間を与えてはなりません」
「そうか」
心を決めたように頷き、アルフレッドは立ち上がった。これから祖父を破滅させる捜査を命令しなければならない。
「侯爵の息子たちは上二人が放蕩の果てに早世し、末息子は違法薬物で廃人同様と聞く。没落は免れないだろう」
それでも、国政に口を出し私財を富ませることに血道を上げる守旧派を叩く絶好の機会だ。手を抜くつもりはない。
マーガレットが力づけるように彼に寄り添った。
「アルフレッド様は、切り捨てたもの以上を得ることが出来ます」
「そうだな、君がいてくれれば未来に希望が持てる」
弟たちが命懸けでアグロセンでの陰謀を阻止し、国際観艦式を無事に終えてくれた。今度は自分が彼らの働きに報いる時だ。
宮廷を牛耳る王太后派を一掃し、守旧派勢力を追いやり、新産業時代を生き抜くためにローディンの舵取りをする。
簡単なことではないのは分かっているが、自分には支えてくれる人々がいる。国王は顔を上げ、窓越しに広がる青空を見た。
もうすぐ海の向こうから戻ってくるはずの弟のことを思い、彼は小さく笑った。こちらを向くマーガレットに、いたずらっぽく打ち明ける。
「ジョンが帰ってきたら、どんな風にからかってやろうかな」
「いけないお兄様ね」
呆れた言葉を返しながらも、伯爵令嬢は新たな風を感じて彼と同じ空を見上げた。
お兄ちゃんもトラウマ級の感情引きずってます。その後はのほほん夫婦になりますが。




