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69 御前会議

 異変はロッサフエンテ宮殿も騒ぎに巻き込んでいた。

「陛下! 王女殿下が書き置きを残して消えました!」

 愛娘の筆跡で書かれた手紙を読み、ファドリケ国王は頭を抱えた。そこには簡潔に家で報告がしたためられていた。

『ローディンに行きます。パロマとチキティートも一緒です』


 蒼白になる国王の下に、ウィルタード公爵夫人となった第一王女と夫君が揃って訪れた。

「何事ですの、お父様」

「カイエターナが王弟殿下を追ってローディンに行ってしまった。『グローリー』の積み荷に潜り込んでいたようだ」


 さすがにビアンカもすぐに言葉が出なかった。そして、隣のウィルタード公爵が妙に冷静なのに気付いた。彼がカサアスールに倉庫を持ち、貿易を行っていることにも。

「…まさか、あなたが手を貸したの?」

「涙ながらに頼まれてね。私に断れるかい? 当面必要な荷物も一緒に積み込ませたから大丈夫だよ」

「……何てことを」


 目眩をこらえながら、ビアンカは父国王に問いかけた。

「お父様、これを誘拐扱いにしてローディンとの外交の火種になさらないでしょうね」

「その心配なら無用だ。かの国とは友好関係が築けているし、観艦式での王弟殿下を始めとしたローディン海軍の行動は賞賛に値するとデ・ソーサ艦長も称えていた」


 安堵の吐息をつき、ビアンカは今後のことを考えた。

「あちらの国王陛下はどんな落としどころをお考えなのかしら」

「婚約者のウェリントン伯爵令嬢が招待した形にするようだ。『グローリー』の母港は伯爵家の領地だからな」

「お父様もその線で進めますの?」

「今のところはな」

 何やら思惑ありげな父を追求したかったが、動揺する母親を慰めることをビアンカは優先させた。




 ローディン王国グレート・アヴァロン島。首都キャメロットのグラストンベリー宮殿では夜にも関わらず閣僚級が招集されていた。国王アルフレッド二世の名の下に御前会議が行われるのだ


 彼らの予想に反して、会議は国王の爆笑で始まった。

「アグロセンの美人を連れてこいとは言ったが、まさかロッサフエンテの『最後の薔薇』を摘んでくるとはな」

「笑い事ではありませんぞ、陛下。アグロセン王家から誘拐の抗議がなかったのは僥倖でしかありません」


 宰相マールバラ公爵が苦々しげに諫めた。国王は笑顔で答えた。

「情熱と愛情を何より好む王家だ。第四王女殿下の恋を応援するだろうよ。それとも、ジョンとは不釣り合いだとでも?」

「当然でございます」

 表だって反論したのは若き国王の外祖父、ウォータールー侯爵だった。外戚という立場を最大限に利用してきた老侯爵は、幼い孫を諭すように語った。


「失礼ながら、陛下の婚約者は伯爵令嬢。それを王弟殿下が強国の王女を娶るなど周囲にどう映るかお考えになりましたか?」

「王女殿下は外見に囚われず人を見る目をお持ちだ」

 すまして答える国王に、数人が笑いを堪えた。侯爵は苦々しげに若い国王を見た。

「最悪、反逆の意思ありとみなされますぞ。しかも王弟殿下は名ばかりの伯爵の地位しかお持ちでない。誓約書により他の爵位を授かることも出来ない。あのみすぼらしい館に姫君を住まわせるなど、アグロセン王家の怒り買いますぞ」

「もっともだな」


 アルフレッドは頷いた。そして、側近に合図した。

 一同が回するテーブルに、グレート・アヴァロン島の地図が広げられた。南西に延びるプランタジネット半島を指さし、国王は告げた。

「ウォータールー侯爵家がプランタジネット半島に所有する領地をプランタジネット伯爵家に併合させる。侯爵家の居城ダブリスもだ」

 一瞬の沈黙の後、老侯爵は椅子を蹴って立ち上がった。

「冗談が過ぎますぞ、陛下!」

「冗談などではないぞ、侯爵。これがウォータールー侯爵家が生き延びる交換条件だ」


 国王の言葉と同時に、テーブルに書類が置かれた。宰相の前にそれを差し出すと、怪訝そうにマールバラ公爵は目を通した。内容を把握した彼は思わず書類から顔を上げた。

「ウォータールー侯爵がアグロセンで海軍情報部の任務を妨害? 王弟殿下の殺害まで企てたと?」

 これには閣僚たちもざわついた。交流がないとはいえ、王弟ジョンもれっきとした侯爵の孫だ。顔を赤くした侯爵が叫ぶ。


「陛下! 何を証拠に我が家を貶めることを」

「侯爵の配下の者が証言している。我が国が出資しているプエンテック社の開発した石油燃料車の開発を妨害し、更にはいかがわしい秘密結社と結託して観艦式ではアグロセン海軍との衝突をもくろんでいたことも。これは明白な国家反逆罪だ」

 侯爵は衝撃のあまり石像と化したように見えた。周囲にチラチラと視線を走らせるも、貴族階級からでさえ同情や擁護の気配は欠けらもなかった。


 彼にたっぷりと絶望的な現状を理解させてから、国王は口を開いた。

「別に驚くほどのことでもないだろう。ウォータールー家を取り潰すわけではない。愛する孫に前倒しで相続させるだけなのだから」

 その辛辣さに数人が失笑した。侯爵がまともに会話すらしたことのない『愛する孫』を前にしたところで、認識できるかどうかも怪しいのだ。


 小さく咳払いし、マールバラ公爵がこの場を収めるように国王に尋ねた。

「しかし、こうなるとプランタジネット半島全域が王弟殿下の所領になりますな。伯爵家の家格を超えるようにも思われますが」

「仕方あるまい。ジョンはプランタジネット家以外を持てないのだから」

 アルフレッドはそう答えた後で決定的な発表をした。

「この併合をもって、プランタジネット大公家を興す」


 周囲に驚きが広がったが、それは納得を伴っていた。宰相は頷いた。

「それであれば、王弟殿下との婚姻を拒む王家は西方大陸に存在しますまい」

 彼の肯定的な意見に他の者も同調した。

「婚姻外交は古い手段だが、アグロセンとの同盟が強固になることは国益にかなっている」

「あの国の軍事力は無視できないからな」

「国王陛下に続く慶事となれば、国民も喜んで受け入れるでしょう」

「今回の訪問の受け入れ先はウェリントン伯爵ですか?」

「ぜひ、マーガレット妃とも友好を育んでもらいたいですな」

 祝福の空気が広がる中で、ウォータールー侯爵はただ一人沈黙を貫き、孫である国王を睨みつけていた。




 御前会議を終えたアルフレッドは、側近に結果をアグロセンと『グローリー』に伝達するよう命じた。

「ジョンには宿題も付け加えておく。驚くだろうな」

 楽しそうに笑う国王は、前方に待ち構えるように立つ者を認め表情を変えた。黒い喪服の小柄な女性。それは彼の母、王太后エレノアだった。


「こんな夜中に外出ですか」

 彼女の意図を察知しながら、アルフレッドはわざとはぐらかした。王太后は怒りに震える声で国王を詰問した。

「ウォータールー侯爵家の領地と城をジョンに与えるなど、正気ですか」

「もっと早くにそうするべきだった。母上がプランタジネット家以外を受け取らないなどと馬鹿げた誓約をさせなければ」

「当然です! あの子にそんな価値はないのだから」

「あなたの息子で、私の弟です」


 国王の冷たい声にも王太后は動じなかった。より強い口調で愛する長男を非難する。

「私の父が、どれほどあなたを支持してきたことか。その恩も忘れて減封など許されません!」

「貿易の優遇に特例措置。充分甘い汁を吸ってきたでしょう」

「何という言い方を…、これもジョンや軽薄な者どもの影響ですのね。あなたは私の助言に従っていれば父上のような優れた国王になれるのに」


 息子に手を伸ばす母から、アルフレッドは身を引き距離をとった。彼女に向けた視線は嫌悪に満ちていた。

「私は、あなたに言われるまま父上の亡霊となって寄り添うような、おぞましい人生を送るつもりはない」

 絶句する王太后に国王は宣言した。

「ジョンは王弟に相応しい身分を得てアグロセン王女と婚姻を結ぶ。実家の罪に連座されるのが嫌なら離宮から出ないことをお勧めしますよ、母上」

 立ち去ろうとする国王の背に、王太后は叫ぶように言った。

「後悔しますよ、必ず」

 呪いのような言葉を振り切り、アルフレッドは歩き続けた。

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