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66 一番手間がかかる 

 集まった人員は予定の半数にも満たなかった。ラモン・セスコは苛々と爪を噛んだ。

「潜水艇は脱出も出来ないまま撃沈されて、『スリアンヴォス』は被弾した上に主砲が暴発? こんなこと、偶然に起きるわけないだろ!」

「それだけじゃないぞ、『クエルヴォ』。ローザは大公の暗殺に失敗して身柄を拘束されたようだ」

「あのカラミティ・ローザが……」


 〈レイヴン〉構成員に伝えられた状況は彼には信じがたいものだった。青年の肩を掴み、構成員は撤退を促した。

「ここにいるのは危険だ。いつ憲兵か他の国の奴らが追ってくるか分からない」

「逃げ切ってみせるさ」

 ラモンは仲間が乗ってきた自動車を見た。無骨だが逃走用で馬力とスピードに優れている。彼らは乗車しようとした。


 不意に一人が空を見上げた。

「今、向こうで凄い音がした」

「模擬海戦やってるんだ、音ぐらいするだろ」

「いや、あれは空砲じゃなくて…」

 彼の目は空に光る物を捉えた。それは見る間に大きくなり、空を切る音を伴った。


「まさか…」

 ラモン・セスコはこちらに飛んでくるのが砲弾だと直感した。すぐに自動車を捨てて逃げ出す。他の構成員も混乱しながら彼に続いた。重量のあるものが落下する振動と爆風が彼らを襲ったのはほぼ同時だった。吹き飛ばされ道や砂浜に転がった〈レイヴン〉構成員たちは、大きくえぐれた道路脇と横転した自動車を前に言葉もなかった。

 逃走手段を失った彼らの耳に、馬の蹄と自動車のサイレンが聞こえた。




 崖上の見物人は頭上を通過した砲弾に驚いていたが、すぐに視線を海に戻した。

「さっきの、外れ弾かな」

「まあ、誰もいないとこに落ちたみたいだし」

「オマケみたいなもんだろ」

 新鋭鑑『インヴィンシブル』に果敢に立ち向かう帆船『グローリー』の卓越した操船技術を見る方が余程面白かった。

「すげえな、風と潮だけであんなに自在に走れるんだな」

「さっき、向かい風を切り上がってったろ」

「いいぞ、『グローリア』!」

 歓声と拍手が帆船に向けて贈られた。




 アグロセン海軍船艦『エンベスティダ』では、デ・ソーサ艦長がカランサ将軍を通して『グローリー』からの謝罪を受けていた。

「張りぼての中に、偶然実弾が混じっていたそうですな」

「実弾が?」

「民間人の被害はないようだが」

「そうか、偶然か」

「偶然だな」

「なら仕方ない」

 艦長はあっさりと片付けた。


「何しろ今回は、ローディンにいろいろと花を持たせてもらったからな」

 正体不明の潜水艇撃沈、誘拐されたエルマン社長の救出、不運な『スリアンヴォス』への人道的救助、暗殺未遂犯の捕縛。すべて『エンベスティダ』の功績になるよう計らってくれたのだ。

「ローディン王弟殿下は、ゲストの船が出過ぎた真似をするのをよしとされないようですな。さすが末姫様の見込まれたお方だ」

 老将軍の言葉に、艦長は深く頷いた。




「崖から発光信号確認。〈レイヴン〉構成員の身柄確保。道路の破壊はあるが通行は可能。民間人への被害無し」

 観測員からの報告は、『グローリー』乗員に歓喜をもたらした。

「やったぞ!」

「これで観艦式が無事に終われば帰国だ!」

 歴史的な帆船は百年ぶりの航海を終えれば元のウェリントン伯爵領の港に戻り、静かな沈黙の時を過ごす。再び海に浮かぶことはもうないだろう。


「この船にも随分と無理をさせてしまったな」

 フォアマストに手を触れ、ローディン王弟は呟いた。どこか寂しげな様子に、第四王女がそっと寄り添った。

「私も、港の人たちも忘れません。この素晴らしい船が海を渡ってきたことを」

 真剣な目で語られた言葉に、ジョンは小さく頷いた。


 カサアスール沖での模擬海戦は終わりを告げ、仮想敵艦は全て白旗を揚げた。見物人の歓声の中、アグロセン艦隊はカーテンコールのように再度整列した。

 御召艦の国王が全艦乗員からの敬礼に答礼し、観艦式の終了を告げる。ここを母港とする艦以外はそれぞれの駐留港へと去って行った。華やかな式典が終わり、日常に戻ろうとする満足感と寂しさが入り交じる空気がカサアスールを包んでいた。


 侍女パロマにせき立てられるようにして着替えたカイエターナは、帆船の甲板で忙しく指示するジョンの元に向かった。彼は王女に気づくと港の埠頭を見ながら告げた。

「王女殿下、お迎えが来ていますよ」

 紳士的だが他人行儀な呼び方は、最初から変わらないままだ。溜め息を堪え、今日こそ自分の想いのたけを分かってもらわねばと決意したカイエターナは口を開こうとした。しかし、その直前に彼は艦長に呼ばれ、すっと彼女の側を離れていった。


「あ……」

 告白は不発に終わってしまい、王女の肩ががくりと下がった。背後でその様子を見ていたパロマが彼女の手を取った。

「さあ、皆様心配されていますよ」

 埠頭には王家の馬車が来ていた。国王夫妻や王太子の姿が窓から覗いている。家族と一緒に王宮に帰らなければならない。


 そう思いながらもカイエターナは振り向いた。船尾の操舵輪近くで部下たちと話し込む王弟がいた。二つ結びの茶色の髪の人物とは特に熱心に意見を交わしている。さっきまで胸の中に溢れていた期待と夢がみるみるうちにしぼんでいくのを王女は感じた。

「姫様」

 パロマに促され、第四王女はタラップへと歩き出した。

 港に詰めかけていたカサアスールの市民は三々五々解散していき、街は祭りの後のうら寂しさを漂わせ始めた。それでも夏空はどこまでも青く、船にはためく国旗を際立たせていた。




 『グローリー』の船室で、ローディン王弟ジョンは続々と届く報告書を前に今後の計画を検討していた。

「入るよ」

 ノックと呼びかけと入室を同時にしたのは、彼の乳兄弟であり情報部の上官でもあるアシュリー・カニンガムだった。

 観艦式の時は着ていた将校服をさっさと着替え、メイド姿のアシュリーを見てもジョンは驚くことなく問いかけた。

「状況は?」


 端的な質問に、アシュリーはあっさりと答えた。

「入江で捕縛した連中は一応憲兵隊に引き渡してるよ。ラモン・セスコを覚えてる奴がいたら劇的再会は見ものだったろうね」

 いつもの皮肉めいた口調でメイドは言い、次に重要事項を告げた。

「他の連中は戦意喪失状態だったね。例の潜水艇の生き残りの供述から〈レイヴン〉の拠点が割れて官憲が突入している頃だよ」

「おとなしく逮捕されてくれるかな」

「下っ端はともかく、ボスはどうだろうね」


 そう言いながらも楽しげにスカートをヒラヒラさせる先輩情報部員に王弟は苦笑した。

「それで今から落ち穂拾いか」

「そういうこと。そっちは誘拐被害者から情報とれた?」

 潜水艇から自力脱出した二人のことをジョンが答えた。

「大体推察どおりだったな。両方裁判所で目を付けられた。アンドルー・イーデンはサモラ家の裁判に首を突っ込みすぎたのを親族が雇った探偵と思われたようだ。エルマン社長は特許を巡る訴訟で譲らないのに業を煮やしたライバル会社が蒸気車派と組んで強硬手段に出たというところか」

「アンドルーは再訓練だね。しばらくアグロセン周辺には使えないし、人事も頭が痛いだろうね」


 部下の短慮に顔をしかめ、それでも可憐なメイドにしか見えない情報部員は一転して人の悪そうな表情を浮かべた。

「で、どうするつもり?」

「何がだ?」

「決まってるじゃないか、キミに恋い焦がれてる麗しの王女様のことだよ」

 ジョンは胡乱な目を先輩に向けた。

「あれはただの勘違いだ」

「往生際が悪いねえ」


 分別くさく腕組みして首を振る先輩を無視し、王弟は書類を取り上げた。

「いつも一番手間がかかるのは後始末なんだ。余計なことを考える暇などない」

「それで、ホテルを引き上げさせたの?」

「首都に滞在するより、ここの方が効率的だ」

「可哀想に、王女様が泣くよ」


 ジョンはそれには何も応えなかった。やれやれと肩をすくめ、アシュリーはドアに手をかけた。去り際に振り向き忠告する。

「ここを離れる前に、自分に素直になってみるんだね。いつものキミなら任務に支障が出る人物なんてとっくに排除してるんだよ」

 アシュリーが出ていった後、ジョンは報告書を精査しようとした。しかし集中力が続かず、書類をデスクに戻すこととなった。


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