61 本番はこれから
『グローリー』が百年前の戦闘を再現する中、他の艦艇は沖にある敵艦を模したダミー船に砲撃をしていた。式典でのデモンストレーションであっても、いざ攻撃命令が下ると真剣に作業に取りかかるのが軍艦乗りだ。どの艦が最初に砲撃できるかの競争でもあるため、各艦の主砲には精鋭が配置されている。
誤射で僚艦やゲスト艦を傷つけることのないよう、各艦の配置は気を配られていた。端の方にいるザハリアスの新鋭戦艦『スリアンヴォス』には、どこか緩んだ空気が漂っていた。一応ダミー船に向けて砲撃はするものの散発的で、着弾位置の確認すら適当だ。
「よろしいのですか、殿下。我が艦の威力を見せつけなくても」
艦長に不満そうに言われ、デュカキス大公は笑いながら宥めた。
「構わん、ショーの本番はこれからだ」
彼の隣にいる喪服の貴婦人から、この模擬海戦での真の目的は聞いている。
『卑劣な潜水艇をこの艦が葬れば、貴方様の功績は帝国にも響き渡ることでしょう』
そうすれば、血統だけで玉座にいる病弱で気弱な皇帝を追いやる絶好の機会が出来る。金目当てで高利貸しの娘と結婚した浪費家と馬鹿にしてきた貴族どもをひれ伏させてやれる。
帝位に就けば、真っ先にするのは金意外に取り柄のない今の妻と離縁することだ。卑しい金貸し風情が娘の玉の輿に浮かれているようだが、あんな女は皇后に相応しくない。后に迎えるなら自分に釣り合う高貴な美貌の女性でなくては。そう、アグロセンの第四王女のように。
「ローディンの冴えない王弟ごとき、さっさと忘れさせてやる」
これまでの鬱屈した日々が終わるのだと、デュカキス大公は笑いを堪えきれなかった。少し離れた場所で彼を眺める黒衣の未亡人、ローザも満足げだ。彼女は純白の猫を腕に抱いていた。万が一計画が齟齬を来したら、この猫の毒爪で大公を襲わせ海に転落させればいい。湾に密集する大型艦のスクリューや様々な海洋生物が痕跡を消してくれるはずだ。
「いい子ね、マルガリテース。いざとなったらあの男を狙うのよ」
猫の小さな耳に毒を囁き、『厄災の薔薇』はヴェールの奥で微笑んだ。
戦艦『エンベスティダ』の全面協力を取り付け、ローディン王弟は次の行動に移った。
「頼んだぞ、ロイド。アグロセン海軍と協力して海中の潜水艇を探してくれ」
「了解」
無骨な護衛は言葉少なに敬礼した。デ・ソーサ艦長は難しい顔のままロイドと部下たちを見送った。
「潜水艇を使っても、捜索は困難でしょう」
「そうだな。使えるものは全て使うか」
ジョンは大型船艦に寄り添うよう帆船を振り向いた。カイエターナにも彼の意図は理解できた。
「プエンテックの社員のことですか?」
「彼の透視を哨戒に使う」
こちらに連れてきたい所だが、さすがに無理だろう。ジョンは艦長と手短に相談し、不審船捜索の手はずを整えた。
そして、舷側近くに行くと『グローリー』に合図を送った。すぐにフォアマストから棒を結んだロープが数本投げられた。
砲塔に上がりその一本を掴むと、すぐ隣に来た王女が彼に倣って別のロープを装着した。驚く王弟に当然という顔で、彼女は砲塔を蹴った。
「お先に失礼します、ジョン様!」
慌てて王弟も帆船へとロープで飛び移った。ほとんど同時に『グローリー』の甲板に着地すると、彼はミゲル・ベセラを探した。そして甲板にいたプエンテック社員に頼み込んだ。
「力を貸して欲しい。アナーデ埠頭で発電所付近にあった違和感はどうなってる?」
驚きつつも、ミゲルは必死で自分の感覚を海中に向けた。
海上は騒がしい。だが、海の中は違う。底に行けば行くほど暗く静寂になっていく。魚たちが楽しげに泳いでいる。そこに何かがやってくる。照明で海底を照らしながら。あれは……。
ミゲルはいつの間にか閉じていた目を見開いた。
「あの、浮標のある海域にいます」
すぐさまマストの見張り兵が艦長の命を受けて『エンベスティダ』に信号を送る。『グローリー』は乗員を撤収させ、戦艦から距離を置いた。
戦艦の計測班が例の海域までの距離を測り、砲塔に伝える。大型戦艦の主砲が海に向けられた。
「あの浮標が目印です!」
「よし、第一砲塔、発射!」
轟音が海面の空気を震わせた。砲弾は浮標付近に着水したが、海中での変化はなかった。艦長が合図し、砲術士官が次射を命令した。
「第二弾、装填開始!」
潜水艇が揺れ、壁に張り付くようにしていたアンドルー・イーデンは危うく床に転がる所だった。
「何だ? 爺さん、大丈夫か?」
『どうやら発見されたらしい。アグロセンの艦隊は優秀だな』
「感心してる場合かよ!」
『静かにせんか、もう少しでこの船のコントロールを掌握できるんだからな』
アンドルーは仕方なく座り込んだ。今は隣の老人の腕を信頼するしかない。
隣の老人ことコンラト・エルマンは自分が放り込まれた狭い部屋の床板をあらかた剥ぎ取っていた。工具一本あればこの程度のこと彼には児戯ですらない。
「あの若いのの記憶が確かなら、このパイプがスクリューへ動力を伝えるもので、この配線が照明、それからこっちがブロータンクの操作か……」
床下からの振動とパイプ類の微かな動きを頭の中でつなぎ合わせ、老人はにやりと笑った。壁を叩いて隣の若造に語りかける。
「用意はいいか? こいつがヤバい動きをする時は、君を必ず指揮所に連れて行くはずだ」
『ど、どうして?』
青年の声はうわずっている。苦笑した後、叩き上げの社長は新米に活を入れる要領でドスの利いた声を出した。
「こいつがしでかすことを君になすり付けるためさ。他国の諜報員なんて犯人に仕立て上げくださいと言ってるようなもんだぞ」
隣の部屋が沈黙した。おそらく若い情報部員はようやく命の危機が実感できたのだろう。コンラト・エルマンはちょっと脅しすぎたかと反省しながらうって変わって楽観的に言った。
「なーに、儂がその時に何をすればいいか授けてやる。いいか、儂の部屋の前を通る時にわざとつまずくんだぞ……」
それから彼らは念入りな打ち合わせに入った。
戦艦『エンベスティダ』は潜水艇を捕らえあぐねていた。浮標付近に着弾させるも、効果は見られない。沿岸の見物人は、アグロセン艦隊旗艦の妙な行動に首をかしげた。
「何やってんだ、『エンベスティダ』は」
「あんなとこ、何もないのに」
「『グローリア』が側にいるんだから、また何か見せてくれるんじゃないのか?」
勝手な憶測や願望を語りながら、彼らは模擬海戦の行方を見守った。
「さすがに、海中で動き回られると手こずるな」
デ・ソーサ艦長が忌々しげに呻いた。信号によれば『グローリー』側も苦労しているようだ。彼は潜水艇群に更に探査させた。
「わざわざ潜水艇をこの湾に持ち込んだのなら、当然攻撃用の兵器を搭載しているだろうな」
ローディン王弟の推察に、アシュリーも同意した。
「魚雷の研究はどこも急いで進めてるけど、ザハリアスで大きな進歩があったと聞いたよ」
海中からの攻撃はどの艦も最も恐れることだ。それでも、ジョンは突破口を探そうとした。
「奴らも海中から艦の識別など出来ないはずだ。それならどうしても海面近くに浮上して周囲の艦の位置を把握する必要がある」
「潜望鏡ですか」
副官ジェフリーの発言にジョンは頷いた。そして王弟はプエンテックの若手社員に告げた。
「海面に注目してくれないか。潜望鏡のレンズが見つかるかも知れない」
「はい」
真剣な様子でミゲルは海面を見下ろした。波が動くにつれ波頭が太陽の光を反射するため、その中から潜望鏡を見つけ出すのは至難の業だ。彼は集中することだけを心がけた。
――目だけで見ようとしちゃダメだ。
繰り返すにつれ、透視能力が先鋭化していくのが分かる。自分が見るべきは異質な物。波に逆らい流れを乱す物。
彼の視界が徐々に変わり、青一色の海の中に動く影が浮かんだ。無意識にミゲルの手が動いた。




