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59 骨董品

 ザハリアス帝国海軍・戦艦『スリアンヴォス』。

 双眼鏡で優美な白い帆船を凝視していたデュカキス大公は忌々しげに舌打ちした。艦隊パレードで最後尾に着いた外国のゲスト艦を、沿岸にひしめく市民たちが歓迎している。


 拍手と歓声、艦の名を呼ぶ声は海にまで届くほどだ。しかし、大公は嫌でも気付かされた。ザハリアスの誇る戦艦は彼らに畏怖と同時に嫌悪感を与えたことに。対照的にローディンの『グローリー』号に対する熱狂ぶりは凄まじかった。


 アグロセンの王族が表敬訪問した記事が全国で報道されたこともあるだろう。カサアスールの人々は口々にアグロセン風に帆船の名を呼んだ。

「『グローリア』!!」

「エルモッサ『グローリア』!!」

 青空を背景に白い帆をはためかせ、白波を蹴立ててて紺碧の海を進む最古の木造戦列艦は人々の心を虜にしたようだ。


「あんな見てくれだけの骨董品など、何の役に立つ」

 吐き捨てるような大公の言葉に同調する者がいた。

「おっしゃるとおりですわ、殿下」

 彼の背後に控えていた年齢不詳の女性だった。ザハリアスが出資する貿易商から紹介された者だ。最近不幸な事故で未亡人となった気の毒な女性であると。

 人を遠ざけるような黒い喪服姿が大公には新鮮だった。それが高価なレースを使用しており胸元が絶妙に透ける不謹慎ギリギリのドレスであることも、社交界の粋人として知られた彼には許容範囲内だ。

 こうして北の大帝国に君臨する皇帝の従兄弟は謎の未亡人と急速に接近し、観艦式に同行させるほど親密になっていた。


 未亡人は彼の腕に手を掛け、甘く囁いた。

「所詮、下々の者には分からないのです。この艦の価値も、真に高貴な方への礼儀も」

 心地よく自尊心をくすぐってくれる言葉に気をよくした大公は、彼女の手にキスをすると甲板の後部へと導いた。

「なら、貴女には最上席で見物してもらおう。ザハリアス海軍が持つ力を」

「楽しみですわ」


 黒いヴェールの奥で微笑むのは、西方大陸各国の諜報機関には「カラミティ・ローザ」として知られる顔だった。彼女はこっそりと呟いた。

「ラモン、いえ、『クエルヴォ』のコントロールは継続しているようね。あとは例の連中を生け贄にすればローディンの国際的立場は地に堕ちる。…私たちを見捨てたあの国が」

 御召艦前を通過する艦隊パレードは多国籍艦列を殿とし、艦隊は沖で二手に分かれた。いよいよ、観艦式最大の目玉である模擬海戦が始まろうとしていた。




 会場の賑わいも届かない場所で、ローディン海軍情報部員アンドルー・イーデンは焦燥感を募らせていた。さっきから部屋の外を行き交う人数が一気に増えた。何かが始まるのは確かだった。

「くそっ、これからどうなるのか分かりさえすれば…」

 これまでの訓練と自身の経験を生かせる機会を手に入れられるのにと歯ぎしりしていると、壁の向こうからのんびりとした声がした。


『おい、若いの。そんなに暴れるな。こっちの情報収集の邪魔だ』

 隣に監禁されているらしい老人の声だった。

「情報収集って、こんなとこで何が出来るんだよ」

 ふてくされた声を出すと、枯れた笑い声が返ってきた。

『出来ることなら山ほどあるさ。考えることを放棄しなければな』


 むっとするアンドルーに、隣の部屋の老人コンラト・エルマンは口調を変えた。

『これから正念場だぞ、こいつが動き出すんだからな』

「動く?」

『陸と繋がっていたケーブルを取り外す作業をしてたんだよ。どうやら儂らの頭の上では観艦式の真っ最中らしい』

「観艦式……」


 アンドルーは絶句した。自分はふた月以上も囚われていたことになる。情報部員であるからには尋問・拷問も覚悟していたが、不思議と手荒なまねはされなかった。ただ監禁されるだけの日々を奇妙に思っていたのだ。

 壁の向こうから淡々とした説明が続いた。

『ここは潜水機能を持つ施設の中だ。陸から動力を供給されて長時間海底にいられたが、それを切り離したとなると何らかの行動に移るのは間違いない』

「行動って……」

『儂が聞いた限りでは観艦式に乱入し軍艦を攻撃するようだな』


 さらりと爆弾発言をされ、アンドルーは仰天した。

「軍艦を攻撃って、下手すりゃ戦争だろ! てか、何であんたがそんなこと知ってるんだよ」

 壁の向こうで老人が含み笑いをした。

『技術者がおとなしく閉じ込められると思ったら大間違いだ。壁の配線を細工して盗聴するくらい簡単だよ。ただの年寄りと思われてロクな身体検査もされなかったしな』


 言葉も出ない様子の情報部員を、生涯現役をモットーにする社長が叱咤した。

『呆けとる時間はないぞ。こんな所に儂らが監禁される意味を考えんか』

「この潜水艇か何かがアグロセンや他の国の艦を攻撃して、中に俺たちがいれば……」

『仲間だと思われて当然だろうよ』

「冗談じゃない!」

『全くだ』


 全面同意してからエルマン社長は若い情報部員の尻を叩いた。

『だからさっさと協力してくれ。今、床下の配線を見とるんだがこの手の乗り物は初めてな上に失敗が出来ん。潜水艇に関する知識は?』

「基本なら」

『充分だ』

 二人はこっそりと情報交換を始めた。




 特別観覧席で観艦式を見ていたウィルタード公爵夫人ビアンカは、妹の姿が見えないことに気付いた。

「カイエターナはどこにいるのかしら。御召艦に乗られたのはお父様とお兄様だけのようだし」

 近くにいた王妃イサベラが娘に言った。

「カルバーソ公子が自分の観覧席に招待していたわ」

 眉をひそめ、こっそりと侍女に確認に行かせたビアンカは数分後にもたらされた報告に驚くこととなった。


「公子が昏倒している? カイエターナは側にいるの?」

「それが、カランサ将軍と一緒に自動車で飛び出して行かれたそうで…」

 血相を変えて戻ってきた侍女は震えながら答えた。王家の長女は嫌な予感に襲われた。

「何かしでかしていないかしら」

 夫のウィルタード公爵が妻を慰めた。

「カランサ将軍が付いているんだ、身の危険はないはずだよ」

「あの子の場合、他に危害を与えてないか心配なのよ」

 ビアンカはもしやと思いながら艦隊にオペラグラスを向けた。

「行きそうな場所と言えばローディンの王弟殿下の元でしょうけど、あの方はどちらに乗艦なさっているのかしら」

 公爵夫人の心配は尽きなかった。




 厳重警戒の特別観覧席を遠くに見る港の端、小規模な発電所は忘れ去れたように閑散としていた。

 船舶用の蓄電池の充電と施設のアーク灯のための施設だが、まだ電灯は一部にしか使われていないため通常の業務がない時は警備巡回もまれだ。


 ここを逃走先に選んだラモン・セスコは息を切らしながら艦隊パレードを凝視した。

 既に第六列の小型艦で編成された艦隊が御召艦の受閲を終え、沖へと移動している。

 それを横目に、ラモンは発電施設の扉を叩いた。

「『クエルヴォ』だ」


 すぐに扉が細く開けられ、彼は滑り込むように中に入った。そこには武装した数人の男たちが待機していた。

「遅かったな。倉庫街の部隊から合図がないが」

「失敗した。あの王女、ドラ息子をあっさり片付けた上に親衛隊まで潜ませていやがった」

「本当か?」


 〈レイヴン〉の実働部隊は疑わしげだった。ラモンは忌々しげに暗褐色の髪を掻き上げ、彼らに質問した。

「潜水艇の準備は?」

「いつでも行ける」

 その言葉にラモンは口元を歪めた。

「ローザは上手いとこ大公の懐に飛び込んだようだな。見てろよ、生涯忘れられない観艦式にしてやる」

 小さな窓から見下ろす先に、取り外し作業を終えたケーブルがドラムに巻かれていた。

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