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58 腹黒い算段

 王女の葛藤をよそに、情報部の先輩後輩は手短に情報を交換した。

「潜水艇? そうか、あの石油輸送船、小型潜水艇を積んでいたのなら積載物の少なさも納得がいくよ」

「ミゲル・ベセラは発電所に違和感を覚えていた」

「うーん、何かが出てきそうなんだけど、よその国の施設を真っ昼間に突入なんて出来ないし……」

 言いながらアシュリーは王女たちを見た。

「ここはロイヤルなゲストに頼むしかないね」

 顔をしかめながらもジョンは同意した。


 第四王女の側に行くと、彼女は何やら難しい顔で考え込んでいた。

「王女殿下、お願いがあるのですが」

 彼の呼びかけに、カイエターナは弾かれるように顔を上げた。

「ジョン様? あの、頼みとは?」

「この湾に潜んだ者をあぶり出す作戦を立てたいのです」

 言われて王女はきょろきょろとパレードをする艦隊を見回した。威風堂々とした戦艦、重巡、軽快な印象の駆逐艦、小型艇群、そして何よりも人目を引く白い帆船。


「あの中にあなたの敵がいるのでしょうか」

「正確には海中、または海底でしょうね」

「そのような所に隠れて攻撃をするのですか?」

 彼女には卑劣としか思えない所業だった。その隣でカランサ将軍が白髪を大きく揺らして頷いた。

「なるほど、見えない敵を追い立てて海上に引きずり出すのか」

「できれば、観艦式に影響が無いようにしたいのですが」


 人目に付かないように拿捕し関係者を確保して本国に送還するのが彼の目的だった。グレート・アヴァロンに送り込めば後は何とでもなる。

 腹黒い算段をするローディン王弟に、黒い瞳をきらめかせながらカイエターナは感嘆の声を出した。

「観艦式の成功を願ってくださるのですね」

 うっとりとした様子の彼女に、このままだと聖人扱いされそうだとジョンはことを急ぐことにした。


「取りあえず、『グローリー』に移ります」

 高速艇は帆船の側まで来ていた。甲板からロープが投げられる。それを身体に巻き付けたジョンは、期待に満ちた表情の王女に苦笑気味に手を差し伸べた。

「こちらに。しっかり掴まってください」

「はい、喜んで」


 嬉しそうに彼を抱きしめる王女に、老将軍が不思議そうに言った。

「末姫様ならこんなロープなど自力でよじ登れ……」

 彼の言葉は途中で途切れた。片手でカランサ将軍の口を塞いだパロマが、主に笑顔を向けた。

「お気を付けて、姫様」


 ローディンの王弟はアグロセンの王女と一緒に帆船の甲板に引き上げられた。次いでカランサ将軍にパロマ、ミゲル・ベセラは犬を背中に張り付かせての乗船だった。

 情報部一同が乗り込むと、彼らは早速士官室を即席作戦会議室とした。艦隊の運動と帆船の位置を割り出し海図に書き込む。


「この後は模擬海戦だったよね」

 式典のタイムテーブルを見ながらアシュリーが言った。ジョンは頷いた。

「整然とした艦隊パレードの時より、異物の混入が見逃されやすいな。海底なら尚更だ」

「何が目的なのでしょうか」


 艦長が緊張した面持ちで質問を投げかけた。情報部の者たちはおのおのの意見をぶつける作業に入った。

「テロの可能性は?」

「本番までに発見される可能性があるのに、効率が悪すぎる」

「御召艦は何重にも護衛が付いている上に、何かあれば陸への脱出経路が確保されてるはずだからな」

「潜水艇一隻で出来る最大の成果か…」

「やはり模擬海戦で混戦状態になった時だな」

「確率を上げるなら、参加する艦の中に協力者を作るくらいしないと」


 裏切り者が観艦式に加わっている。その仮定は士官室内を沈黙させた。

 ジョンがカランサ将軍に尋ねた。

「アグロセン海軍内での、王室や政権への不満分子の噂を聞いたことは?」

「海軍は将校にも平民階級が多いが、過激思想にかぶれた者の組織は聞いたことがない。陸軍との対立はいつものことだがな」

「どこの軍も似たようなものか」

 呟くジョンに、アシュリーがそっと告げた。


「アグロセン海軍でないなら、ゲスト組になるね」

「リーリオニアは同盟国。ロウィニアは王太子妃の母国。もちろんローディンはアグロセンとの関係悪化を望まない。なら消去法で残るのは…」

「ザハリアス帝国か」

 二人は苦々しげな表情を浮かべた。


 深刻な状況を話し合っている彼らをテーブルの向こうから眺めるカイエターナは、なかなか複雑な心境だった。アシュリーが自然にジョンと頭を寄せるようにして話し合うのを見ると口元が引きつってくる。

 心を落ち着けようと、彼女は士官室の窓から海上の艦船に目をやった。前回この帆船に乗船した時は砲門層を案内されたことが思い出された。

 ――確かあの時、ジョン様とお話がしたくて甲板に上がったら、あの方に狼藉を働く無礼者がいたのだわ。


 その男が愚かにも王女を人質に取ろうとしたことまで記憶を再生させた所で、彼女は思わず驚きの声を上げていた。

「あのおイモ!」

 当然ながら、奇妙な言葉は士官室の人々を注目させた。

「どうかしましたか?」

 怪訝そうにローディンの王弟が尋ねると、カイエターナはごまかし笑いをしながら説明した。


「いえ、この船で会った人が、カルバーソ公子の近習になっていたのに気づいて……」

「ここの船員が?」

「いいえ、甲板でジョン様に無礼な態度をとっていた者です」

 彼女の返答に王弟は顔色を変えた。

「まさか、ラモン・セスコ? プエンテック社員の」

「チキティートとジョン様が成敗してくれました」


 〈レイヴン〉の構成員がアグロセン屈指の大貴族に取り入っていたと知り、情報部員たちの間に緊張が走った。ジョンは王女により詳しい情報を求めた。

「それは観艦式でのことですか」

「はい、公子が私を会場から連れ出そうとした時に側にいました。パロマに乱暴な真似をするなど、素行の悪さは変わっていませんでしたわ」

「カルバーソ公のご子息に変わった様子はありましたか」

「そういえば、今日は妙に強引で傲慢な態度でした」


 それを聞き、ジョンは考えこんだ。ちらりとミゲル・ベセラの方を見て可能性を探る。

 ――この船の破壊行為に友人の潜在的な天賦を利用した。公爵家の継嗣を唆して誘拐でもさせるつもりだったのか? だが、日常的に取り巻きに囲まれているような大貴族が、おだてた程度で人格が変わったようになるとも思えないが……。


 彼は思いついたことを呟いた。

「…触媒のような役割なのか? 他人の天賦や深層にある秘めた怒りや欲望を増幅させるような」

「それがウォータールー侯爵家から受け継いだものかも」

 小さな声を聞きつけたアシュリーがラモンのバックボーンを示唆した。

「あの家の天賦は公表されないものが多かったな」

「もしかしたら、おおっぴらになれば家名に傷が付くタイプな能力かもね」


 侯爵令嬢である王太后エレノアもそうだったとジョンは思い出した。彼女の他人を支配下に置こうとする執念と側近の異様なほどの隷従ぶりは、性格だけでなく天賦による効果なのかもしれない。

 深刻な様子のジョンに、カイエターナが心配そうに言った。

「あの近習は黒ずんだ何かに覆われていました。公子もそれに取り付かれていたような感じで。気絶したら元に戻っていましたけど」

 正確には、殴って昏倒させたらキラキラしたイモになっていたのだが。


「他の貴族か有力者に接近していただろうか」

 王弟が最大の懸念を口にすると、黙って話を傾聴していたカランサ将軍が答えた。

「儂の配下がここ数日中に見慣れない者が他国の貴族の屋敷に入り浸っていると報告してきたな」

「誰の屋敷に?」

「ザハリアスのデュカキス大公だ」


 ジョンはすぐにアシュリーに確認した。

「大公はどこで観艦式を見物してる?」

 資料をめくり、先輩情報部員は固い声で答えた。

「ザハリアスの戦艦『スリアンヴォス』に乗艦してる」

 それはローディンの『グローリー』や『インヴィンシブル』らと共に列外でパレードに参加している艦だった。

 そして、間もなく『スリアンヴォス』を含めた主力艦による模擬海戦が始まるのだ。


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