57 力業で納得
「一番倉庫に一人、その隣に二人、今のところ三人か」
隣でパレードに見入るミゲル・ベセラに気づかれないようにビル・サイアーズは呟いた。ローディン紳士らしく極限まで細く巻かれた傘を持っていた彼は握りに隠されたスイッチを確認した。
プエンテックの若手社員のおかげで警戒すべきは海底だとヒントを貰えた。
――考えられるのは潜水艇か。
だが、潜水艇はまだ開発途上にあり、単独での長時間行動はできないはずだ。
――この艦隊に紛れ込ませられるとも思えない。どこかに潜航させて待機させているのか?
アナーデ埠頭からカサアスールの港を見回し、ビル・サイアーズはそれが可能な場所を探した。
――長時間潜航させるなら、動力と空気の補充は不可欠なはず…。
彼はあるものに目を留めた。湾の反対側に四角い建物がある。事務所でも倉庫でもなさそうだ。
「あれは……」
その声を聞きつけたミゲルが彼の視線を追い、頷いた。
「発電所ですね。船の蓄電池に充電できるようになってますよ」
建物からは海にケーブルが延びていた。ビル・サイアーズはローディンの情報部員に向けて合図しようとした。
その直前に彼は別の行動に移った。ミゲルの腕を掴み、倉庫前に摘まれた荷箱の陰に走り出す。
「え?」
状況が掴めていない青年の頭を押さえるようにして伏せさせると、彼らの頭上を何かがかすめた。
こちらを監視していた者が攻撃してきたのだ。
――銃声はしなかった。消音装置付きか。さすがにこんな場所で銃撃戦は憲兵隊が師団規模で駆けつけそうだからな。通常より威力が落ちる銃をあえて使うあたり、数を頼んでいるのか。
こちらも拳銃に消音装置を付けながら、ビル・サイアーズは敵の位置を探った。
――倉庫から移動したな。
「……あの…」
事態の急展開について行けないミゲルが震える声で呼びかけた。大使館員は同行者の類い希な資質を頼みとすることにした。
「すみません、セニョール・ベセラ。攻撃してくる者の位置を掴めますか?」
眼を瞠ったミゲルは、今が危険な状態だと理解したのか真剣に頷いた。遠くへと焦点を合わせたような眼がゆっくりと倉庫の一角に向く。
――あの窓か。
殲滅する必要はない。味方が来るまで時間を稼げば助かる。ビル・サイアーズは慎重に狙いを定めた。
消音装置が空気を圧縮するような音を放つ。数秒後、倉庫からの銃撃がやんだ。致命傷まではいかなくても戦闘不能にはできたようだ。
攻撃が薄くなった隙に、ビル・サイアーズは眼鏡をかざしてフレームにある小さなスイッチを押した。小規模だが強烈な光が明滅する。これで付近にいる情報部員に彼の位置が分かるだろう。
彼に庇われながら、全く状況を理解できないミゲルが震え声を出した。
「……あ、あの、これって何が起きてるというか、どうなったんですか?」
「すまないね、ちょっと厄介なことに巻き込んでしまって」
銃声が控えめで観艦式の花火にかき消されるせいで、ミゲルには銃撃戦のただ中という実感が乏しいようだ。
――この実行犯どもを確保して観艦式で何を企んでいるか聞き出せれば……。
聞き出す際の手段は自白剤からフルコースでアシュリーが用意しているはずだ。
彼の読みを覆すような衝撃が襲ったのはその時だった。
付近にあった木箱が瞬時に炸裂した。ミゲル・ベセラを庇いながらビル・サイアーズは地面に転がり飛び散る木片をやりすごした。
「わぁっ!」
叫ぶミゲルの側で片膝を立て、情報部員は次の攻撃に備えた。
――片隅とは言え式典会場で重火器を持ち出してくるとは、なりふり構っていられないという所か。
拳銃を構え、天賦を最大限に発動する。「認識阻害」は自分の気配を消すだけでなく、周囲に潜む者の気配を鋭敏に感じ取る作用もある。空気の微かな動きすら逃すまいとしていた彼は、突然の爆音に耳を疑った。
「…何だ?」
倉庫の方から何かが盛大に壊れる騒音が響いた。叫び声と銃声が続く。次いで、海岸沿いの扉が内側から膨れるようにして破砕した。中から飛び出てきたのは大型の自動車だった。
後部席の乗員が叫んだ。
「姫様、あそこです!」
「誰か人質になっているようです!」
「……悪辣な…」
王女が運転する自動車はタイヤをきしらせながらスピンターンをした。そのまま正面から突っ込んでくる。腰を抜かしたミゲルを抱えるようにしてビル・サイアーズは避けようとした。
だが、間近まで来て自動車は突然停止した。何度もセルモーターをかけるがぴくりとも動かない。
――エンストか。
ほっとしたのも束の間、彼の頭めがけてパラソルが槍のように飛んできた。地面にへばりつくようにしてよけたビル・サイアーズは、眼前に白いドレスが迫るのを視認した。次いでスカートが勢いよく翻り、視界の端にレースアップシューズのヒールが見えた。
反射的に両腕を交差させ、振り下ろされるヒールから頭を守る。ようやく襲撃者を確認したビル・サイアーズは細い眼を見開いた。
「……王女殿下?」
踵落としを阻止されたカイエターナは、その体勢のまま固まった。
「ジョン様?」
目の前で全開になったレースのペティコートから礼儀正しく視線をそらし、気まずそうにローディン王弟は呟いた。
「……その、何でここに…」
慌てて第四王女は脚を降ろしスカートを整えた。
「…どうしましょう、あ、その、眼鏡もお似合いですわ」
目を泳がせながらも、ジョンは必死に状況を理解しようとした。主の背後から、おずおずと侍女のパロマが説明してくれた。
「私たちは、ビル・サイアーズという者が不審な行動をしていると報告を受けて来たのですが…」
どうにか笑顔を作り出し、ローディン王弟は彼らに詫びた。
「ああ、大使館に私と背格好の似た者がいるので、今日は名を貸してもらったのです。実は、観艦式の妨害を企む者がいるとの情報を得たもので」
「妨害? それではジョン様は観艦式を救うために身をやつしておられたのですね」
正確に言うなら諜報活動専用の偽名なのだが、ここは王女が勘違いするに任せた。どうにか落ち着きそうだとひと息ついたのも束の間、彼の背後でわななく声がした。
「……あの、ジョン様って……」
気の毒なミゲル・ベセラが目をまん丸にしている。内心の動揺を押し隠し、ビル・サイアーズはあくまでもシラを切ることにした。
「ミドルネームですよ」
「え、でも、何で王女殿下が…」
臨時大使館員は、青年の両肩を強く掴んだ。
「お互いのため、ここで見たことは忘れましょう。いいですね? はい、忘れた!」
力業で納得させると、彼は岸壁に一隻の高速連絡艇が接舷したのに気付いた。部下たちと上司の声がする。
「そっちは一人くらい無傷で捕まえた?」
舳先に立つアシュリーが呼びかけた。倉庫を確認しようとしたジョンに、カランサ将軍が肩に担いだ者を下ろして言った。
「曲者はこちらに」
「あ、ありがとう」
連絡艇は岸壁上の様子を見て動揺しているようだった。一人冷静なアシュリーが提案した。
「とりあえず、全員乗っちゃえば?」
数瞬考えた後にジョンは首肯した。手を貸して王女を連絡艇に乗せ、将軍と侍女、捕らえた襲撃者とミゲル・ベセラもどさくさに紛れて乗船させた。連絡艇が出航すると、何かが吠えながら追ってきた。
「チキティート? 銃声を聞きつけたのね」
大型猟犬は噛み切った引き綱の一部を着けたまま連絡艇と併走した。
「おいで!」
カイエターナの呼び声を合図に犬は跳躍した。無事に甲板に着地した愛犬を王女は愛しげに撫でた。
「心配してくれたの? いい子ね」
そして彼女は愛しいローディン王弟を探した。彼はアシュリーと話し込んでいた。最初海軍の制服のため気付かなかったが、茶色の二つ結びの髪がカイエターナの記憶を呼び覚ました。
「ホテルのメイド? こんな所にまで……、まさか、ジョン様のご寵愛を受けているの?」
衝撃の事実によろめいたものの、彼女は健気に立ち直った。
「いいえ、今はあの方に協力して観艦式を無事に終えるのよ。メイドと決着を付けるのは後でも出来るわ」
第四王女は、ぐっと両の拳を握りしめた。




