表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/76

56 不届き者は排除

 観艦式のため民間の船舶は移動し、いつもなら荷運びで賑やかなアナーデ埠頭は閑散としていた。岸壁沿いに並ぶ倉庫はどれも似たような作りで面白みのない光景だったが、ミゲルは湾に並ぶアグロセンの艦隊に釘付けになっていた。


「凄い……」

 確かに百席を超える艦艇が整然と並ぶ光景は観艦式ならではだ。華やかに飾り付けられた御召艦がそれらを観閲する。

 見とれるミゲルの隣で、ビル・サイアーズは何気なく話題を振った。

「実は、この埠頭から消えてしまった船を探してるんですよ」

「消えた? 船が?」


 さすがにミゲルは驚いた顔をした。困り果てたように大使館員はぼやいた。

「輸送船なんですが、何の連絡もないまま港を出てしまって」

 このアナーデ埠頭から姿を消した輸送船『エル・ドラード』は、カサアスールからの行方が全く掴めないままだ。更に新たな疑惑をかき立てる情報があった。輸送船は原油を満載してアグロセンにやってきたはずなのに、港で降ろした原油量はあまりに少なかったのだ。


 ――まるで船が別の何かを積載し、それを誤魔化すために石油を運んでいたようだ。

 ローディンの大使館員はそう感じた。それは他の情報部員にも共通する可能性だった。 問題は、その何かが皆目見当つかないことだ。

 こうしてミゲル・ベセラを同行させたのも、彼が潜在的に持っている天賦「透視」に期待したからだ。善良な若者は彼なりに必死で理由を考えている。


「…あの、別の港に移ったんじゃないですか」

「それがどこに照会しても該当する船がないんです」

「まさか、遭難…」

 ミゲルの呟いた言葉は大使館員も最初に考えたことだ。しかし小さくはない船を座礁なり沈没させるような荒天や大波の情報がない。それならば……。


 自身の思考に浸っていたビル・サイアーズは、いつしかミゲルが沈黙したことを見逃した。若い社員は港に並ぶ艦隊を凝視していた。さっきまでの興奮気味の視線ではなく、どこか焦点の定まらない表情だった。

「セニョール・ベセラ?」

 焦って呼びかけると、ミゲルは数度瞬きした。そして周囲を見回し、ようやく大使館員の存在を思いだしたようだ。


「あ、すみません、どこに行ったんだろうって港を見てたら何だか吸い込まれるような感覚が降りてきて、それで水底にいるような気分になって……」

 しどろもどろの説明は要領を得なかったが、ビル・サイアーズは笑顔で頷いた。

「こちらこそ、つまらないことを言って混乱させてしまったようで申し訳ない」

 当たり障りのない会話をしながら、大使館員の目は居並ぶアグロセン艦隊に鋭く向けられた。彼はこっそりとシガレットケースを取り出し、内側の鏡で合図をした。


 港湾保安部前に作られたステージで軍楽隊の演奏が始まった。流れてくるアグロセン国歌に、ミゲルが反射的に帽子を取り掲揚される国旗に顔を向けた。同様に敬意を表しながら、ビル・サイアーズはこの埠頭に来たもう一つの目的が向こうからやってきたことを察知した。

 倉庫の陰に人の気配がした。明らかに味方ではなかった。




 アグロセン王家第四王女カイエターナは御召艦には乗艦しなかった。もちろん、何とかしてローディン王弟の側にいるためだ。大型猟犬の引き綱を引いた侍女パロマが不安そうに王女に忠告した。

「姫様、ここで静かにパレードを観覧なさってください。エスコート役を務めたがる殿方はいくらでもいますから」

「分かっています」


 おとなしく答えるものの、彼女の予定は流動的だ。

 ――ローディンから参加する船は二隻。ジョン様はどちらの船に乗られたのかしら。

 列外に待機している軍艦『インヴィンシブル』と『グローリー』を見比べ、カイエターナは難しい顔をした。


 上の空で群がる貴公子たちの挨拶を受けていると、不意に強く手を握られた。彼女に前にいたのは豪華な金髪のカルバーソ公子だった。大げさな仕草でこれみよがしに王女の手にキスをすると、他の青年貴族たちを押しのけるようにして公子はカイエターナの手を取り観覧席へと導いた。

 戸惑いつつも王女は従い、眉を顰めたパロマも猟犬を他の侍女に預けて後に続いた。更に背後から彼らを眺めて薄ら笑いを浮かべる者がいた。暗褐色の髪の若い男性、ラモン・セスコだった。


「こちらへどうぞ、こんな所よりゆっくり見物できる場所を用意していますよ」

 表面上は丁寧に、公爵家の嫡男はカイエターナを人気のない場所へと誘導した。その先には大型の自動車が停めてあった。カルバーソ公子はその後部席に第四王女を押し込もうとした。


「これは許可を得たことですか?」

 パロマがたまらず彼を詰問した。公子の手を離そうとする忠実な侍女をラモンが突き飛ばした。

「引っ込んでろ」

「パロマ!」


 公子の手を振り払い、カイエターナは侍女に駆け寄ろうとした。ラモンはパロマを引きずるようにして離れていく。王女の前に立ち塞がった貴公子が、忌々しげに彼女の胸ぐらを掴んだ。

「言うとおりにしろ!」

 第四王女は押し黙った。恫喝の効果にカルバーソ公子はほくそ笑んだが、勝利は短かった。


 カイエターナは服を掴んだ彼の腕の内側から片手を入れ、肩を回すようにして払いのけた。黒い瞳が恐れ気もなく美麗な公子に向けられる。

「今のあなたは黒ずんだおイモですわ。さっきの人と同じ」

「どういう意味だ?」

 質問には答えず、王女は背後の建物に呼びかけた。

「もういいわよ、爺」


 思わず建物を振り向いてしまったカルバーソ公子は、突然後頭部に衝撃を受け崩れ折れた。レースの手提げ袋から取り出したD22・六連発リボルバーを手に、カイエターナは合図した。年齢に似合わない敏捷さでカランサ将軍が駆け寄った。


「お見事ですな、姫様」

「パロマは?」

「こちらです」

 老将軍の配下の者が侍女を連れてきた。

「姫様、ご無事で…」

「もう大丈夫よ、パロマ。あの男の人は?」

「逃走しました」


 悔しそうに将軍の部下が報告した。頭を殴られ気絶した公子に目もくれず、カランサ将軍は第四王女に囁いた。

「実は、この港に例のビル・サイアーズが出現したと報告を受け、監視していた次第で」

「……ジョン様の敵かも知れない者が」


 愛しい人が危険にさらされるかも知れない。焦る思いで彼女は周囲を見回した。

「どこにいるの?」

「アナーデ埠頭です」

 王女は迷わずカルバーソ公子の自動車に向かった。運転席に乗り込み、プエンテック社の社員の説明を思い出す。


「これがセルモーターね」

 ペダルを踏み、スイッチを引っ張るとエンジンが回転を始めた。老将軍と侍女が競うように車に乗り込む。

「不届き者は排除して見せますわ、ジョン様!」

 大型車は豪快なスピンで鼻先を埠頭に向けるとロケットスタートを決めた。

 



 アグロセン国旗を掲げた受閲艦隊が動き出した。次々に抜錨し、旗艦『エンベスティダ』を先頭に第一列がゆっくりと前進する。艦隊は大きく弧を描くようにして逐次回頭し、御召艦『ガナドール』の前を行進した。観艦式パレードの始まりだ。

 観覧席の拍手が、港やカサアスールの見物人の歓声が観艦式を盛り上げる。各艦の甲板には乗員が整列し、御召艦の国王と王太子に向けて一斉敬礼した。国王たちもそれに応える。


 興奮し艦名を叫ぶ人々の背後をラモン・セスコは走り抜けた。自分が欲望を増幅させたカルバーソ公子の意識が途切れると同時に襲ってきた頭痛をこらえ、彼は悪態を呟き続けた。

「くそっ、あの王女を手に入れられていれば王家を揺さぶれたのに」

 〈レイヴン〉総帥から与えられたミッションは観艦式で同盟国にくさびを打ち込み混乱を呼び起こすことだ。西方大陸の情勢が不安定になれば組織の高額商品――兵器を売り込める。


「これで終わったと思うなよ」

 港の艦隊を睨みつけ、ラモンは唇をかみしめた。押さえ込まれた不満、鬱屈を抱えていたのはカルバーソ公子だけではない。それを嗅ぎつけ制御を取り払ってやった者は他にもいる。

 次の行動に移るべく、〈レイヴン〉の構成員は走り続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ