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54 火器の持ち込み

 王弟ジョンは故人となってしまった石油成金の人物像をまとめようとした。

「派手な暮らしぶりはカラミティ・ローザに合わせた結果だろうが、虚勢もあっただろうな。意外と小心者の印象を受けた」


 今日もメイド服のアシュリーは腕組みしながら王弟の意見を聞き、同意した。

「ボクもそう思うよ。ゴードン邸のメイドだったときに何度か見かけたけど、豪勢で趣味の悪い服も車も何だか板に付いてないように見えたんだ。成り上がり特有のこれ見よがしぶりが足りないって言うか」


 それを聞いた護衛のロイドが口を開いた。

「ウーゴ・マルケスの車は逃走用ではありませんでした。ロシータ・マルケスは別の車で逃げたのでしょうか」

「あの女なら自分で運転してでも逃げるだろうな。問題はその先だが…」

 言いかけて、ジョンは気付いた。消えた船と何も知らされていなかったウーゴ・マルケスと。


「カサアスールから船で逃げた? 何か見つかっては困るものを乗せた船で」

「五番バースに停泊してたのは『エルドラード』号。昨夜急に出港した記録が残ってる」

「行き先は?」

「南方大陸のシャルヤ湾とあるけど、これが本当かどうかは不明だね」

 そう言うと、アシュリーは書類入れを取り出した。


「例のラモン・セスコを調べてたら、彼の祖母がローディンからこの国に来た経緯が分かってきたよ。アグロセン中産階級には意外とローディン系が多い。事業で渡ってきた者がほとんどだけど、中にはそこにいられなくなった事情を抱える者もいた」

「貴族の庶子とか?」

「それもあるし、天賦を発現できなかった貴族子弟もいるよ」


 ジョンは表情を曇らせた。ローディン貴族の象徴のような特異能力『天賦』であるが、実は発現率は世代を重ねるごとに減少している。

「もし天賦を持つ個有者が先細りになるのなら、貴族の証であるかのような風潮は改めなければなるまい。無駄に不幸な者を増やすだけだ」

「賛成。特に家族間で一人だけ常用者なんて悲惨なことになりそうだし」


 天賦を有する個有者が多い情報部員たちも同意を示した。副官のジェフリーが深刻な顔で言った。

「個有者を産めなかったという理由で離縁された女性の話を聞きます」

「酷い話だな。これは正確な統計を取って、個有者が減少傾向にあることを公式発表した方がいいだろう」


 アルフレッド国王なら冷静な判断をしてくれるだろうとジョンは考えた。その隣でアシュリーが気になることを報告した。

「アグロセンに亡命同然で移住した者の中に、熱心に天賦の研究をする一団がいるようだね。もしかしたら、個有者の減少は自然的なもので自分たちに非がないことを証明したかったのかも」

 ジョンもその報告書を読んだ。今の所、特に問題のない研究機関のようだ。

 『ジェニュイア・クラブ』という団体は差し迫った問題の前に放置されることになった。彼らがそれを後悔することになるのは約二十年後のこととなる。


「肝心のラモン・セスコの消息は不明か」

 残念そうなジョンの言葉にアシュリーは顔をしかめた。

「ヴァルヴェルデの検査係に潜り込んでいたことまでは分かったんだけどねえ。奴と接触したアコスタの役員は監視下に置いてるよ」

「優勝を逃して意気消沈しているだろうな」

 蒸気車の優勝を阻んだ当事者は他人事のように語った。レースの結果は石油燃料車が独占し、速くも市場では蒸気車の売り上げが激減しているようだ。

 ――小細工さえしなければ、現段階ではアコスタの車は拮抗していたのに。


 愚かなことだと思うジョンに、アシュリーが避けていた話題を振った。

「アコスタの車を物理的にスクラップにしたのは第四王女殿下だって? ショットガンで暴走を阻止したって話題だよ。見かけによらず勇猛だって。ここの王女様たちは降嫁組含めて侮れないよねえ」

 ニヤニヤとこちらを見る乳兄弟から視線をそらし、王弟は最悪の別れ際を懸命に頭から追いやろうとした。


 彼の手元にはローディン王弟として出席する観艦式の資料もあった。

「アグロセン海軍は本腰を入れてるな」

 主力艦隊が勢揃いするラインナップは、艦名が並ぶ様だけでも迫力があった。近隣諸国の王族、大臣クラスも観覧するのだから国威を発揚する格好の機会だ。

「ザハリアスあたりは脅威に思うだろうな」


 北の大帝国は世界最強と称される陸軍を持っている。近年では海軍も増強しているが問題は艦隊が常駐できる不凍港がないことだ。ロウィニアとの戦役で西方大陸西岸の南下を阻止された帝国は狙いをポラリス半島に移したようだが、そこには長年敵対を続けるカルダシュト王国がある。小国だが一度もザハリアスの侵攻を許さなかった勇猛果敢な気質を持ち、特に大型翼竜クリオボレアスを使役する竜騎兵の勇敢さは伝説的だ。


「ポラリス半島を諦めてヴォラス海沿岸都市国家を呑み込むか。南方大陸の植民地競争には乗り遅れているからな」

「東方大陸方面に使節がひっきりなしに行ってるようだし」

 西方大陸北東部から東方大陸北西部に及ぶ大帝国は、国土の大きさだけ見れば他の列強を圧倒している。だが、時代は本国の面積よりもどれほどの植民地を手に入れるかで国力が変わるようになった。アヴァロン諸島からなるローディン王国がその際たるものだ。


 考え込む情報部員たちに、通信室が新たな電文をもたらした。紙テープを読み下し、アシュリーが口笛を吹いた。

「朗報! 何と、レディ・マーガレットがレディ・パトリシア・クロムウェルを懐柔しました!」

 その場の全員が喜ぶと言うよりぎょっとした顔をした。

「パトリシア・クロムウェル? まさか王太后の侍女の?」

「そ、ウォータールー侯爵が王妃の座に着けようとしてた妹の孫。まあ、あの王太后様の機嫌取りは神経すり減らしそうだし、何よりあんな陰気な灰色のドレスをずっと着なきゃならないなんてねえ」


 王太后エレノアは先王の死後喪服を着続けており、彼女の息子たちにとって黒一色の装いは王宮の染みのようだった。主が喪服となれば侍女たちもそれに倣うしかなく、陰気な灰色の一団と呼ばれるほどだ。

 宮廷で同年代の令嬢たちが色とりどりのドレスで花の盛りを謳歌するのを見せつけられながら喪服もどきの格好はつらいだろう。男性陣ですら納得できる心情だ。

「さあ、これで敵側の情報源は確保できた。巻き返し行くよ!」

 かなりハイテンションなアシュリーの号令一下、ローディン海軍情報部は精力的に手がかりを追った。




 王弟たちが気炎を上げている時、同じ首都にあるカルバーソ公爵邸では異変が起きていた。公子が誰も寄せ付けず、部屋に閉じこもっているのだ。ただ一人の例外である新入りの近習ラモン・セスコのみが彼の側にいた。


 空になったグラスを取り替え、ラモンは優しげに貴公子に囁きかけた。

「大丈夫ですか? お可哀想に」

 のろのろと公爵家の嫡男は顔を上げる。

「……可哀想? 誰がだ?」

 〈レイヴン〉でカラスと呼ばれる青年は三日月のような微笑を作った。

「これほど地位と身分と容姿に恵まれながら、王女殿下に鼻にもかけられない哀れな公子様ですよ」

「何だと!?」


 逆上しかけた侯爵家の跡取りは、ラモンに肩を掴まれると虚ろな顔になった。その耳元になおも続ける。

「あなたは何も悪くない。悪いのはあなたを認めない者だ。あなたを称賛しない者だ。あなたに従わない者だ」

 公子はもはや、彼の言葉に頷く動作しかしなかった。ラモン・セスコは酷く優しい声音で公爵の令息に毒を注ぎ続けた。




 ロッサフエンテ宮殿は間近に迫った観艦式の準備の最中だった。慌ただしい空気が夜中まで続く中、王女宮は何やらものものしい雰囲気だった。

「さあ、観艦式のドレスが用意できましたよ、姫様」

 筆頭侍女のパロマが第四王女に告げた。カイエターナは難しい顔で床に並べた者を睨んでいる。

「狙撃用ライフル、連発ショットガン、自動式拳銃…、姉様のお勧めだけど、どれが最適な火力かしら」

「……姫様、式典に火器の持ち込みはおやめください」

 貴婦人の会話と思えないやりとりの後、カイエターナは溜め息をついてバルコニーから月を見上げた。

「お願い、何としてでもジョン様にお話ししたいことがあるの」

 天空の銀月は、真摯な願いを包み込むような柔らかな光を届けた。


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