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52 落とし胤

 オテル・エクセルサス最上階の一室に驚きの囁きが広がった。

「新興会社がザハリアスの権益を得られた理由はこれか」

「帝国とのパイプがあってこその成功だな」

「当然ザハリアスの意向で動いてるんだろう」


 まだ残る疑問をジョンはアシュリーに確認した。

「カラミティ・ローザの母親姉妹がローディンからこの国に渡ってきた理由は分かるか?」

 分厚い報告書をめくり、情報部の先輩は回答を探し出した。

「訴訟問題から逃げてきたようだね」

「何をやったんだ」

「身分詐称。つまり、貴族の落とし胤だと名乗り出たけど完全否定された挙げ句に詐欺師と訴えられた」


 アシュリーは顔を上げた。そして動揺を隠して続けた。

「彼女を訴えたのはウォータールー侯爵家。キミのお祖父様が金目当てのペテン師扱いして裁判で徹底的に叩きのめしたんだ」

「…聞いたことがある」

 ウォータールー侯爵家は秀でた者もいたが放蕩者も多い。曾祖父の女癖の悪さを軽蔑していた祖父は、異母妹の存在など認めるつもりはなかったのだろう。もっとも、彼の息子たちにしっかりと放蕩者の血が受け継がれているのは笑うしかないが。


「そのサモラ家の後妻の旧姓は?」

「セスコ。ダニエラ・セスコ」

 聞き覚えのある名に、ジョンは系図を再確認した。

「ラビーニャの相続訴訟の原告側、連れ子の従兄弟に『ラモン・セスコ』がいる」


 それはプエンテックの社員でありながら『グローリー』号の破壊工作を図り、護送途中で死を偽造してまで姿を消した男の名だった。しかも、ヴァルヴェルデでのレース妨害にも関わっている可能性がある。

 あの男がローディン王家の外戚である大貴族の庶子の子孫なら、祖母から恨み言を聞かされたかもしれない。ローディンに、テューダー朝王家に憎悪を抱いていることもありうる。ジョンはそう考えた。


「なら、ラモン・セスコは〈レイヴン〉とやらとも関係がありそうだな」

「その組織はボクの頼りになる兄さんと従兄弟たちが鋭意調査中。国を超えて暴利を貪る輩のようだけど」

「次世代自動車や石油開発に絡んできたのも関連の利権狙いか」

「アコスタを優勝させて勝負はまだ付かない状態にしたかったのかな」

「他人に綱引きさせて、労せずにいいとこ取りか」


 彼らの会話を聞いていた副官たちは、図々しいにもほどがあると嫌悪もあらわな顔だった。

 スカートの皺を伸ばしながら、アシュリーが立ち上がった。

「さて、本国に報告しとくか。大使館送りにした連中はどうする?」

「全て吐かせたら即日強制送還だ。兄上が守旧派勢力を削ぐのに使うだろう」

「珍しく銃で尋問なんかするから泣き叫んでるそうじゃない。大使館に幽霊伝説が出来ないといいけどね。キミたちは少し休みなよ。観艦式にはもっとましな顔で出てくれないと」


 言いたいことを言ったメイドは通信室に立てこもり、王弟たちは疲労の極致にあることを自覚した。

「各自休憩を」

 部下たちに指示し、ジョンは寝室に移った。


 長椅子に深く腰を下ろすと疲れが押し寄せてきた。全身が休息を求めている。

 なのに、頭の方はまだ様々な思考が浮かんでは消えるを繰り返していた。ようやく糸口が見つかったプエンテックに敵対する者の正体。アグロセンに潜入当初からジョンにまとわりついていた悪意。

 ――ウォータールー侯爵家が協力していたのなら、王宮から情報が漏れていても不思議ではないか。


 ラビーニャでの襲撃者を見れば、尋問前におおよそのことは分かった。咄嗟にローディン語が出てきたこと、アグロセンの車に慣れていない様子、何より王弟を認識していたこと。

 普段は制御できていた感情が、あの時は暴力に直結した。見苦しく言い訳を重ねる姿にためらいもなく銃を抜いた。拷問もどきの尋問を淡々とこなす自分を我に返したのはまっすぐに見つめてくる黒い瞳だった。


 取り返しが付かないことは一瞬で分かった。祖父の配下を撃った銃口をそのまま第四王女に向けたのだ。

 おしまいだなと妙に冷めた気分で彼女に自分の置かれた状況を話した。まさか、この有様で家族愛を説かれるとは思いもしなかった。

 ――さすがに幻滅しただろう。

 王女なりに自分を思いやっての言葉と分かっていながら拒絶の言葉をぶつけた。あんなにも感情的になったことが信じられない。


 大きく息を吐き、終わったことだと王弟は片付けようとした。自分がすべきことは消えた情報部員アンドルー・イーデンの消息を追うことと、突然失踪したコンラド・エルマンの調査だ。

 ――イーデンはサモラ家のラビーニャ相続の裏に感付いたのか? それで裁判所に足繁く通っていたなら、誰かと接触したかもしれない。真相に近づけそうな者に。例えば親族。

 それはサモラ家に限らないかも知れない。原告側の後妻の連れ子に関連する者だとしたら……。

 ジョンはテーブルの手帳に手を伸ばし、気付いたことを暗号で書き込んだ。



 

 首都の歓楽街は深夜になっても喧噪が絶えなかった。

 その中にあるバルの一つで、取り巻きを引きつれた身なりの良い男性がグラスを片手に息巻いていた。

「まったく、この私が、カルバーソ家の継嗣がわざわざ見舞いに行ってやったのに顔も見せないなど、どこまで甘く見られているのだ!」


 整った顔を怒りに歪め、カルバーソ公子はグラスをあおった。取り巻きたちは彼を激昂させまいと必死で機嫌を取った。

「まだ子供なのですよ、あの王女殿下は」

「姉君たちは同じような年齢で次々と降嫁したぞ。甘やかすからろくでもない奴に入れあげるのだ」

 甘やかしているのはこの国の国王夫妻で、ろくでもない奴は外国の王族を指す。取り巻きはいつ固有名詞がで来るかとハラハラしどおしだった。


「そのとおりですよ、若様」

 新しいグラスを公子の前に滑らせた者がいた。同年代の若い男性だった。男は取り巻きたちをすり抜けるようにして、貴公子の隣に座った。

「あなたは何も悪くないんですよ。無礼で卑怯なのはあなたをないがしろにする連中の方だ。そうでしょう?」

 男を胡散臭そうに見ていた公子は途端に機嫌を直した。

「よく分かっているな。私は誠意ある求愛をしたのだ。それを追い払うようにあしらいやがって……」


 取り巻きたちは公子の変わりように戸惑っていた。軽薄で傲慢あっても凶暴性はなかったはずの彼が、どんどん剣呑な表情になっていく。

周囲の様子に目をやり、男は公爵家の跡取りを宥めながら立たせた。

「ほら、今夜はこのくらいにしましょう。話ならまた聞かせてもらいますから」

 カルバーソ公子は笑いながら彼の肩を叩いた。

「よく分かっているな、気に入ったぞ。私の侍従に加えてやる」

「公子…」


 取り巻きたちが困惑する中、貴公子は取り巻きを引きつれて店を出た。集団の最後尾を歩きながら男――ラモン・セスコはほくそ笑んだ。

 自分にはローディン貴族の証とも言える天賦は発現しなかったが、他人の中にある能力や資質を増幅することが出来る。ミゲルは本人が柔弱すぎて失敗してしまったが、この愚かな貴族なら使えそうだ。

「天賦を見せつける奴も、親の地位だけでデカいツラする奴も、みんな破滅すればいい」


 彼は小さく独りごちた。お前が個有者だったらと責める祖母や母、自分たちを認めない大貴族ども。この世界の全てを叩き壊してやりたい。

 渇望に焼け付く中、不意にラモンの脳裏に〈レイヴン〉総帥の冷たい声が甦った。ヴァルヴェルデでの失敗の後、猫の毒爪に再度襲われ苦痛にのたうち回った。この毒はもう一度触れれば最後だと、総帥は楽しげに告げたのだ。もう失敗は許されない。

 手の甲に残る爪痕を無意識に押さえ、彼は上機嫌のカルバーソ公子の後に続いた。



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