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51 一人にさせたくない

 これまでのジョンの言動を振り返り、第四王女はぽつりと呟いた。

「ジョン様は、お兄様のために動いておられるのかしら」

「あれほど扱いに差があるのに兄弟仲がいいのも不思議ね。立場を超えた共闘を選ぶほど、王太后陛下に思う所があるのかも」

 その背後にあるものは、さしもの第一王女ビアンカでもあまり考えたくなかった。


 ローディン王弟の最後の言葉を思い出し、カイエターナの黒い瞳に新たな涙が溢れてきた。

「……私、考え無しに言ってしまったの。家族なのにって…。あの方、『君に何が分かる』とおっしゃったきり、背を向けてしまわれて……」

「そうだったの」


 当たり前のように家族の愛情を受けてきた第四王女だけには言われたくない言葉だったのだろうとビアンカは推測した。それでも間が悪かったで片付けられることかも知れない。彼らが王族でさえなければ。

「よく考えてみるのもいいかもしれないわね。あなたが王弟殿下の側にいたいならローディンに嫁ぐしかないし、あの王家の内紛に巻き込まれるのよ。覚悟がないなら諦めなさい」

「覚悟…」


 今までのふわふわした恋心だけではすまないのだ。そうカイエターナは捉えた。生まれた国を離れ家族とも別れて、彼だけを頼りにしなければならないことも。

 少し落ち着いた様子の妹に、公爵夫人は微笑んだ。

「食事を取らないと頭も働かないわ。あなたがこのまま泣き暮らしていたら心配したレオノールとコンスタンサも領地から飛んできてしまうわよ」

「…はい、姉様」


 ようやく笑顔に近い表情になったカイエターナは、ずっと寄り添っていた大型猟犬に囁いた。

「待っててね、チキティート。食事をして着替えたらお散歩に行きましょう」

 アグロシアン・ウルフハウンドは顔を上げ、嬉しそうに長い尾を振った。涙を拭い、第四王女は決断した。

 ――何としても、もう一度あの方にお会いするのよ。ジョン様が抱えるもの全てを含めても私の気持ちは変わらないと伝えないと。


 彼女を立ちすくませた王弟の言葉に感じたのは強い怒り、そして長く押し込めてきた深い哀しみだった。自分に何が出来るか分からないが、彼を一人にさせたくない。

 優しく差し伸べられる姉の手を借りて、カイエターナはふらつきながらも立ち上がった。




 同じく首都エスペランサの中心街に立つ新興ホテル、オテル・エクセルサス。ここしばらく最上階を貸し切っている住人は、淀んだ空気の中で座り込んでいた。

 その頭を書類ではたいたのはメイド姿のアシュリー・カニンガムだった。

「ほら、そこの王子様! 分かりやすく落ち込んでないで仕事する、仕事!」

 周囲の者がはらはらする中で、ローディン王弟ジョンは迷惑そうにメイドを見上げた。


 本国との通信で寝不足のアシュリーは、文句あるかと大きな目で後輩を睨んだ。

「ウォータールーの強欲ジジイがロクでもないなんて昨日や今日のことでもないのに、王女様に八つ当たりしたなんてみっともないことは目をつむってやるから、さっさと暗号文解読してよ。それともボクと交替して本国の難聴クソ野郎ども相手に徹夜で通信してみる?」


 ジョンはおとなしく暗号符丁が打たれた紙テープを受けとった。発信者は国内の治安維持局員ブランドン・カニンガム。アシュリーの兄だ。

「祖父の方はラビーニャの油田を嗅ぎつけられて相当焦っているようだな。これなら少しつつけば崩壊に追い込めるんじゃないのか」

「兄さんならもう仕掛けてるよ、きっと」


 事も無げに答えると、アシュリーは気掛かりなことを伝えた。

「例のサモラ家の親族、ぱったりと消息が掴めなくなってるんだ」

「前当主の後妻の連れ子か」

「当主交代で遺産の配分に取りかかった途端に出てくるなんて都合が良すぎると他の親族は怒ってたけど、訴訟に持ち込む手際とか誰かの入れ知恵の臭いがプンプンするんだよね」

「ウォータールー侯爵家はどの段階から関わってきた?」

 判決が出てから侯爵の周囲が結構入れ替わってる。こっちも誰かに話を持ち込まれたかも知れないね」


「……〈レイヴン〉…」

 ラビーニャの襲撃者が自白した組織名をジョンは呟いた。アシュリーは盛大に顔をしかめた。

「それも兄さんたちが追ってる。どうやら本国でも妙なことが立て続けに起きてるらしいよ。それは治安維持局の管轄だけど」

「侯爵の息子は……無関係か」

 それは次期侯爵が善良なのではなく、飲む打つ買う全てにはまり込むていたらくで役に立たないためだ。


「今回のことが終わったら入院だろうね」

 没落は避けられそうにないが、ジョンにとっては他人以下の家だ。

「あの家の処分は兄上にお任せしておけばいい」

 アルフレッド国王なら、自分を傀儡にしようとした老侯爵に容赦なく厳罰を下すだろう。ジョンは若い国王を侮り籠絡しようとする勢力の報告にうんざりした声を出した。


「国内で無意味な権力闘争に明け暮れて新産業時代に乗り遅れでもしたら、植民地の運営もままならなくなるぞ。何を考えて足を引っ張ろうとしてるんだ」

「甘い汁が吸いたい、この機会に他人を押しのけたい、嫌いな奴が成功しているのが許せない、理由は人の頭数ほどあるよ」

 大雑把に片付けると、アシュリーは石油開発会社マルケス社長夫妻の報告書を渡した。


「この夫婦もちょっと引っかかるんだよね。派手な格好で派手に動き回って、裏ではこそこそあちこちに根回しして。ザハリアスの油田は先がないのに何であんな豪遊できるんだろ」

「次の目星が付いていると言うことか」

 ファイサンの造船所での会話をジョンは思い出した。

「奴は蒸気船にも石油を売り込んでいたな。まるで石炭に取って代わるとでも言いたげだった」

「船に自動車の燃料は使えないのに?」

「自動車燃料を精製する中で新たな燃料を作り出せたか」

「石油ならありそうだね。化学者をかなり雇い入れてるし」


 疑惑がつきまとう家や会社の資料を見ても、それらの繋がりが浮かんでこない。副官のジェフリーや護衛のロイドまでが資料の山と格闘していたが、成果ははかばかしくなかった。

「侯爵家が多産系でないのが救いだよ、うちの家系図なんて迷路か蜘蛛の巣みたいだから」

 兄を四人持つアシュリーが慰めるように言った。苦笑しながらジョンは尋ねた。

「この国に何人親戚がいるんだ?」

「面倒だから数えてない。取りあえず従兄弟が三人。姓が違うから名前だけじゃ分からないけどね」


 頷いていたローディンの王弟は、不意に侯爵家とサモラ家、アコスタ社やマルケス社の資料を取り出した。

「これらの当主や息子の調査に注目してきたが、母系の血筋は?」

「母系を辿るのですか?」

 戸惑うジェフリーの側で、アシュリーはいち早く彼の疑問を理解した。

「そうか、母方で共通する家があるかどうかまでは精査してなかった」

 メイド姿の情報部員は直ちに多くの資料を再編し、母系の血統を遡る作業に取りかかった。


「サモラ家の当主夫人、後妻。ウォータールー侯爵家の夫人たち、アコスタ社やマルケス社の親族……」

 多くの人間の血統を辿る地道な作業が続いた。やがて人海戦術の実が結ぶ時が来た。

「ありました、サモラ家の後妻の実家、二代前にローディンの女性を迎えてます」

 ジェフリーが報告した。すぐにロイドも目的の血統を見つけた。


「その女性の異父妹はザハリアスで結婚しています。娘が一人」

「写真か肖像画は残っているか?」

「姉妹の物があります」

 小さな写真だったが、顔立ちは分かった。それを見つめ、ジョンは別の物を探し出した。ロシータ・マルケス。マルケス社社長夫人だ。彼はジェフリーに二枚を見せた。

「近似値はどのくらいになる?」

 天賦を発動させ、副官は女性たちの特徴を照合した。彼は顔を上げ、驚愕の事実を告げた。


「近親者の可能性が高いです。それに、この顔は…」

「ああ、僕も気付いた。派手な化粧と服で擬態しているが、この女はカラミティ・ローザだ」

 それはザハリアス帝国の諜報員の通称だった。長年にわたって暗躍し続けた女スパイが石油開発会社の社長夫人としてアグロセンにいたのだ。


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