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4 イモはイモで構わない

 公子との会見が不首尾に終わってしまい、第四王女カイエターナは落胆した足取りで庭園を抜けた。彼女の気分を引き立てようとおしゃべりをしていたパロマは、王宮の建物から見え隠れする人影に気付いた。


 宮殿に足を踏み入れるなり、待ち構えたように数人が第四王女に駆け寄った。

「カルバーソ公子は随分と早いお帰りだったようね」

 気掛かりそうに口を開いたのは第一王女ビアンカだった。その隣で第二王女レオノール、第三王女コンスタンサも同様の表情で答えを待っている。困ったようにカイエターナは姉たちに告げた。


「……それが、あの方もイモに見えてしまって…。努力したのですけど」

 姉たちはショックを受けた様子だったが、すぐに我先に年の離れた妹姫を抱きしめた。

「ああ、そうだったのね」

「愛しい子、悲しまないで」

「あの公子もあなたの運命の人ではなかったのよ」


 慰める彼女たちは、次第に恋愛論へと移行していった。

「大丈夫よ、ボニータ。その人が現れたらすぐに分かるわ」

「ええ、あなたの興味を引かないからおイモに見えてしまうのよ」

「恋は全てを乗り越え心の中を駆け巡るの」

 姉たちは恋の素晴らしさを蕩々と語り、カイエターナはまだ見ぬ運命の人を想い胸を高鳴らせた。


 アグロセン王国はザハリアス帝国と並ぶ強大な軍事力を持ち、産業も発展している。王太子は友好国ロウィニア王女を娶ったが上三人の王女はいずれも国内の有力貴族に嫁いでいた。外国との条約代わりの縁組みを無理にする必要が無いからだ。


 妹を必死に慰めていたビアンカが、いいことを思いついたとばかりにカイエターナの手を握った。

「もしあなたの心を射止める殿方が現れなくても心配しなくていいのよ。その時は私のウィルタード公爵領にいらっしゃい。姉様と楽しく過ごしましょう」


 それを聞き、他の二人が盛大に文句を言った。

「抜け駆けする気なの、ビアンカ」

「それなら私のジョレンテ侯爵領に……」

 賑やかな言い争いにうんざりした声が割って入った。


「何を言い争いをしているのかと思えば」

 王太子フェルナンドが両親である国王夫妻と共に訪れたのだ。王女たちは不満げにしながらも押し黙った。王太子は重々しく告げた。

「未婚の王女が暮らすのは王宮と決まっているだろう。気に入らない場所があればあれば兄様がいくらでも改装するからな」


 末姫を懐柔しようとする彼の背後で大きく頷く国王と王妃を見て、妹たちは猛然と反撃した。

「ずるいわ、お兄様」

「お父様もお母様も、カイエターナを手元に置きたいだけでしょう」

「私だって可愛い妹の側にいたいのに」


 家族争議になりかけた時、黙って聞いていた第四王女がほっと溜め息をついた。耳ざとく聞きつけた一同が末っ子に注目すると、カイエターナはうっとりと言った。

「こんなに家族に愛されているなんて、私は幸せ者ですわ」

 咲き綻ぶ薔薇のような笑顔に、両親兄姉たちは魂を抜かれたような表情になった。


「そうよ、私たちはあなたを愛してるわ!」

「結婚なんて無理にしなくていいのよ!」

「イモはイモで構わないからな!」

 先ほどまでの誰が相応しいか論争から一転した結婚無用論へと傾く王家の人々に、侍女のパロマはひっそりと頭痛を堪えた。




 ローディン王国首都キャメロット。官庁が建ち並ぶリビングストン街に朝から轟音を響かせて走る自動車があった。まだ近距離移動手段は馬車がメインな中、悪目立ちしながら自動車はある建物の門を通った。

 海軍情報部。南方大陸まで領土を広げたローディンの国益のため、あらゆる方面での情報収集、諜報活動をする組織の本部だ。


「できれば、もう少し静かなエンジンはないのか?」

 液体燃料の独特な臭いが消えない中、後部席から降りてきた王弟ジョン・ウィンストンは耳を押さえてぼやいた。副官のジェフリーと護衛のロイドは腰を押さえている。


「乗り心地も重視して欲しいですよ。石畳の凸凹を拾いまくるのは嫌がらせですか」

「タイヤの開発も必要だろう」

 彼らの文句を聞き流し、王弟はしげしげと最新式の自動車を眺めた。

「鉄道も船も蒸気機関の独壇場。残るのは馬車に取って代わるのが何かだな」

「蒸気機関か、石油燃料機関かですか、殿下」

「外燃機関か内燃機関か、だな」

「それなら、鉄道と船で実績のある蒸気機関が有利なのでは?」


 ジェフリーの意見にジョンは首を振った。

「ダウンサイジングは高度な技術が必要になる。汽車や汽船のような大型ボイラーを搭載できない自動車で、どれだけパワーを引き出せるかが鍵だろう」

「石油燃料なら可能と言うことですか?」

 ロイドの疑問に王弟は簡単に同意しなかった。


「こちらも精製技術の向上と燃料の安定供給が必要だな」

「イピロス山脈で採掘された石炭は火力が桁違いだと聞きましたが」

「あの一帯はザハリアスが手中に収めた地域か。帝国では油田も発見されているし、厄介だな」


 ローディンの植民地拡大政策にことごとく対抗してきた北の大帝国の存在は、長年の懸案事項だ。過去にアグロセンやリーリオニアと同盟して帝国と戦火を交えたことはあるが、いずれも政治的結着で軍を引いている。

 自分の時代の戦場はどこになるのだろうかと考えていると、伝令の兵士が彼らに敬礼した。


「第一海軍卿がお見えになっています、こちらへ」

 ジョンは海軍情報部最奥の応接室へ通された。

 応接室に飾られた伝説的な海軍大将ウエリントン提督の肖像画の前に、第一海軍卿オズワルド・ローレンスは立っていた。


 入室したジョンが敬礼すると、サザーランド伯爵でもある第一海軍卿は頷いた。

「殿下…いや、プランタジネット大尉」

 そう切り出され、これが王族への挨拶などではなく任務の話だとジョンは察した。

「昨日、アグロセンから緊急連絡が入った。あの国に赴任させた情報部員が消息を絶ったと」

「それは、どのような任務で?」

「我が国とアグロセン両国が出資する合弁会社の調査だ」

「プエンテック社…ですか」


 第一海軍卿は無言で頷き、海軍情報部が動く事情をジョンは理解した。プエンテック社は次期主力駆動系として、石油燃料を使用する内燃機関を主張し開発している。当然、外燃機関である蒸気機関を開発する他社とは競合関係にあり、熾烈な競争ぶりは新聞にも載るほどだ。

 ローディン側の最大出資者であるハートリー社は鉄道、造船会社も傘下に収めている。今は蒸気機関の最大メーカー、ナイセル社の台頭を許しているが、内燃機関が次期主力駆動系と認められればすぐさまフィードバックし、一気に各部門で攻勢を掛けるのだろう。


「それは、ローディン海軍の未来図を変えかねない話ですね」

「そうだ。次期主力艦の設計図漏洩事件は水際で防げたが、どの会社も海軍の受注に血眼になっておる」

「会社の存続が掛かっているのなら、何を売り飛ばしても不思議ではないと?」

「それが愛国心でないことを願っているよ。君にはアグロセン支部と合流し、消えた情報部員の足取りを追って欲しい」

「了解しました。任務開始はいつから」

「明日だ」

 ジョンは敬礼し、応接室から退出した。廊下で待機していた部下と再び自動車に乗り込むと、彼らは王宮に向かった。

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