38 仕事が早い
第四王女を乗せた自動車はローディン王弟に遅れること一日で王宮に帰還した。両親への挨拶もそこそこに、カイエターナは守り役を呼んだ。駆けつけた彼に、王女は真剣な頼み事をした。
「相談があるのよ、爺」
「どうされましたか、姫様。怖いお顔になっておりますぞ」
「重要なことなの」
王女は老将軍に小声で告げた。
「ファイサンで何者かに着けられて自動車で追いかけられたの。銃まで撃ってきたわ」
将軍は長剣を一気に引き抜いた。
「どこの不埒者か知らぬが、この剣の錆にしてくれるわ」
「それが分からないの。ジョン様とご一緒の時だから、もしかして標的はあの方だったかも。今のところ怪しい人物はローディンの大使館員で『ビル・サイアーズ』という者よ」
大使館員ともなればどんな下っ端でも外交官特権を有するため、さすがの東部戦線の軍神も力押しは出来ない。剣を収めた老将は眼光鋭く代案を出した。
「それでは、我が一門の暗殺部隊に見張らせましょう。もし姫様やローディンの王弟殿下に害をなせばその場で…」
カイエターナは真顔で頷いた。
「頼りにしているわ、爺」
「お任せあれ。老いたりといえど、まだまだネズミ一匹ぐらい軽く仕留めてみせますぞ」
盛り上がる二人を見守る侍女パロマは、どうやって第一王女ビアンカに報告するか必死で考えていた。
翌朝からオテル・エクセルサスのローディン王弟一行は活動を始めた。アシュリーは支援基地と連絡を取り、メリル主任から新たな新開発機器を実地試験名目でかっ掠ってきた。
「できれば壊さずに返してよね。なくしたら一点につきレポート十枚」
そう言ってメイドは後輩たちに細々とした新兵器を配った。
「ジョン、そっちは煙幕発生万年筆。真ん中から折れるようになってるから保管には気をつけて。ジェフリー、これは紐を引くと爆音が出る鞄。紐は持ち手に収納されてる。ロイド、キミには説明不要だろうけど発火装置付き懐中時計。裏蓋外すと磁石か吸盤で狙ったものに仕掛けられるから」
「で、おまえはどうするんだ?」
王弟に問われた高級ホテルのメイドはスカートをつまんでお辞儀をした。
「私、ちょっとあちこちに顔を出しすぎたもので、自主謹慎いたします」
うっかり出歩けば修羅場を呼び起こしかねないのだと、その場の全員が理解した。アシュリーは片手を上げて王弟たちを送り出した。
「じゃ、頑張ってねー」
彼らが廊下に出るとメイドは表情を消し、奥の小部屋に移動した。そこは最新の電信機器でほとんど要塞化していた。
「本国からの続報は?」
「ロジャー・カニンガム中佐から先ほど届きました」
記号が並ぶ紙テープを渡され、内容を読み取ったアシュリーはにやりと笑った。
「さすが兄さん、仕事が早い」
そこには元アグロセン駐留大使ドワイト・アンダーソン卿がウォータールー侯爵家と接触したとあった。
プエンテック社の厳重なチェックも、大使館の身分証を出せば無いに等しかった。ビル・サイアーズ三等理事官はオテル・エクセルサスに滞在中のローディン王弟のスケジュールを伝えるため石油燃料自動車の合弁会社を訪れた。
「エステベス社長はご壮健でしょうか、トラブルがあったと聞きましたが」
地味な大使館員に心配そうに聞かれ、秘書はわざとらしいほど明るく答えた。
「社長は職務に精励しておられます。ヴァルヴェルデのレースも近いことですし」
様々な噂をレースに勝つことで打ち払うことに賭けているようだとビル・サイアーズは推測した。
秘書に封筒を渡し、三等理事官は社屋を歩いた。中庭を見たが今日はマルケス社の派手な車は見当たらなかった。代わりに、植木に沿って置かれたベンチに人影がある。
――あれは、ラモン・セスコと一緒にいた……。
人物を特定すると、ビル・サイアーズは座る男性に近寄った。
「ああ、またお会いしましたね」
のんびりした口調で話しかけられ、若い社員は驚いたように顔を上げた。その表情はすぐに困惑に変わった。
「……あの、どちら様でしょうか」
「この前、これを拾ってもらった者です」
身分証を出すと、若い社員――ミゲル・ベセラはようやく思い出した顔をした。
「あなたでしたか、すみません、最近色々とあって……」
「いいですよ、ご同僚が大変なことになったと聞きました」
「はい……、でもラモンのことは名前も出せなくて…。一緒にこの会社に入って一緒に頑張ってきたから今も信じられなくて…」
ミゲルは『グローリー』号で見た時より明らかに痩せていた。気の毒に思う反面、このチャンスを逃さずビル・サイアーズは行動に移った。
「顔色が悪いですよ。休憩できる所に行きましょう」
二人が向かったのはローディン風のティールームだった。カウンターからティーセットを受けとり、ビル・サイアーズはミゲルが座るテーブルに運んだ。
「どうぞ、落ち着きますよ」
手慣れた様子で淹れられたお茶の香りに誘われたように、若い社員はカップを手にした。
「優しい味ですね」
「ブレンドによっては薬草代わりにもなりますよ」
だんだんとミゲルの動作が緩慢になっていくのを見計らい、大使館員は質問した。
「ラモン・セスコの家族は?」
「…知らない。ラモンは自分のことをほとんど話さなかった。普通の家だってくらいで」
「あの時、『グローリー』号で彼に何を言われた?」
「……いきなり、肩を掴まれて、見えるはずだって。何のことか分からなかったけど、甲板を見たら、船の構造が頭の中に入ってきて……」
――透視の天賦か?
ビル・サイアーズは別方面の質問をした。
「君の家族、先祖にローディンの人間はいるのか?」
「祖母が、元ローディンの貴族だった、祖父と駆け落ちをしてアグロセンに来たとよく聞かされた…」
先祖返りとでも言うべき、突発的な発現のようだ。
「透視は今までにも?」
「よくなくし物を見つける程度で、あんなことは初めてだった」
――ラモン・セスコの接触が拡大発現の鍵か?
後でメリル主任に聞いてみようとビル・サイアーズは記憶に留めた。もう少し突っ込んだ質問をしたかったが、ミゲルは限界のようだ。
テーブルに突っ伏する彼からそっと離れ、自分のカップをカウンターに戻す。若い社員の異常に気付いた者が彼を揺り動かした。
「大丈夫か、ミゲル」
その拍子にティーセットのトレーがテーブルから落下した。派手な物音に社員が群がる中、大使館員は内ポケットに簡易自白剤キットを戻した。そして証拠隠滅を確認するとティールームから離れた。
プエンテック社の社員たちは、ミゲル・ベセラの同伴者に誰一人気付かなかった。
ほぼ同時刻、プエンテック社の役員アロンゾ・トレホンは彼の役員室に引きこもっていた。その手には若いメイドといちゃつく自身が収められている写真があった。出社してデスクの上にこれが入った封筒を見つけて以来、トレホンはこの部屋から一歩も出られずにいる。
「……どうして、こんなものが…」
この可憐なメイドの記憶はおぼろげだ。ただ、最近の鬱屈した気分を癒やしてくれた暖かな夜だったような気がする。誰が送りつけたにせよ、これは明らかな脅迫だ。もし、自分の机にある極秘資料を知られたら……。
その時、役員以上の部屋のみに設置された電話機が鳴った。急いで写真を引き出しに隠し、彼は受話器を取った。どこか歪んだような声が耳に流れ込んできた。
『セニョール・トレホン、彼女は写真写りもいいでしょう?』
役員は受話器を落としかけた。




