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28 内助の功

 首都エスペランサ、ロッサフエンテ宮殿。

 アグロセン国王ファドリケは護送車襲撃の報を受け、鋭い眼光を憲兵に向けた。


「どういうことか」

「夜間に首都への移送を命ぜられ、緊急護送したところを襲われたようです」

「あの男は?」

「運転手、護送員と一緒に遺体で発見されました。容疑者は毒を用いられた形跡があり、危険ということで即火葬が執り行われました」


 国王は深刻な顔で考え込んだ。一報を聞き駆けつけた王太子が父親に尋ねた。

「口封じでしょうか」

「可能性はあるな。プエンテック社の捜索を急がせよう」


 執務室がざわつく中、次の急報が訪れた。

「ローディンの王弟殿下が本日の公務を中止したいと?」

 国王は息子と怪訝そうな顔を見合わせた。

「病気か? 昨日はすこぶる元気そうでおられたが」

「それが、倒れた時に全身を打撲されたことから、一晩経って痛みが出てきたとのことで…」


 使者はいささか歯切れが悪かった。これを聞けばすぐさま看病に行くと飛び出しかねない第四王女を思い、国王は溜め息をついた。

 悩む表情も麗しい国王に、使者がおそるおそる付け加えた。

「……それで、殿下にあられましては、その、ご婦人にお目に掛けるのは心苦しい箇所も痛むので、お見舞いも謝絶したいと」

「そういうことであれば仕方ないか」

 納得して貰えたと分かると、使者はようやく笑顔になった。

「オテル・エクセルサスでは万全の警備を敷いておりますので、殿下は安全に過ごされます」


 王弟の使者が帰ると、国王は第四王女の元に足を運んだ。

 王妃と一緒にお茶をしていた末娘カイエターナは、父の突然の来訪に喜びつつも訝しんでいた。

「どうかなされたのですか?」

 お茶を前に国王は慎重に言葉を選んだ。

「今日のローディン王弟殿下の予定が全て取りやめになった」


 目を瞠り、カイエターナは立ち上がった。

「ジョン様に何かあったのですか?」

「いや、昨日のことがあったので疲れが出たそうだよ」

 娘を落ち着かせながら、事実をより婉曲に加工して国王は説明した。王女は大きく頷いた。


「そうですね、あんな恐ろしい目に遇われたのですもの。心身に不調を来してもおかしくありませんわ」

 直接人質になった本人が元気そのもので、巻き添えを食っただけの王弟を真剣に心配する奇妙な状況に、国王は口出しできなかった。王女はいても立ってもいられない様子で顔を上げた。

「私、お見舞いに向かいます。パロマ、すぐに用意して」


 今にも飛び出しそうな娘を父王は慌てて制止しようとした。それより早く、おっとりと娘を咎めたのは意外にも王妃イサベラだった。

「まあ、カイエターナ。殿方は弱った所をご婦人に見せたがらないものよ。特に意中のお相手にはね」

 王女はぽっと頬を染め、国王は無責任に期待値を上げないで欲しいと頭を抱える思いだった。


「そうですの」

 椅子に座り直した娘に、父親は咳払いをして自分の見解を告げた。

「王弟殿下はどうやら、身の安全を危惧しておられるようだ。厳重警戒なホテルなら安心できるのだろう」

「…お気の毒に。繊細な方でいらっしゃるのね」


 カイエターナは黒い瞳を潤ませた。そして、両親に向けて決意表明をした。

「お父様、カランサの爺を呼ぶことをお許しください」

「将軍を?」

「はい。私と爺であの方をお守りして、立派に公務をお勤めできるよう助力したいのです」


 凜々しくもかなり斜め上な宣言に、王妃が涙ぐみながら感動した。

「何て健気な内助の功でしょう。きっと王弟殿下も心強く思われますわ」

 表情の選択に困る国王にそっと耳打ちしたのは王女の筆頭侍女だった。

「陛下、恐れながらカランサ将軍であればどのような事態にも対処できるかと」

「……そうか。どうも予想外のことが続いているからな」


 不穏な事態が観艦式に与える影響を計算し、国王は愛娘に笑顔を向けた。

「許可しよう。ホルヘもおまえに会えるなら喜んで飛んでくるだろうよ」

「ありがとうございます!」

 王女は母親と手を取り合って喜んだ。窓から濃い青空を見上げ、カイエターナは王弟の瞳を思い出した。同じ首都にいるはずの彼に思いを馳せると恋しさがこみ上げてくる。

「待っていてくださいね、ジョン様」




 何故か急激な寒気に囚われ、若い作業員は盛大に身震いした。

「おい、大丈夫か」

 年配の同僚に心配されると彼は笑顔で誤魔化した。

「……あ、こういうのまだ慣れてなくて…」


 同僚はそうだろうと首を振った。

「ここじゃ何だって焼くんだよ。ゴミから死体まで、何でもな」

 若い作業員――ローディンの王弟ジョンは感心したように彼を見た。年配の男は新入り相手に作業のつらさを並べ立てた。


 適当に相づちを打ちながら、ジョンはこの焼却場を観察した。首都エスペランサ南東、郊外の寂れた町に建つジャマ焼却場は国内でも最大規模だった。細長い建物にはいくつもの鉄製扉があり、それと同じ数の煙突からは黒い煙が立ちのぼっている。


 ラモン・セスコの死と遺体の火葬を聞き、彼は最短時間で焼却場新入り作業員の身分を得て潜入に成功したのだ。アグロセンでは火葬の習慣がなく、専用の火葬場もない。行き倒れなど身元引き受けのない死体の焼却を請け負う施設で、テロ未遂犯の遺体は最後を迎えた。

 ジャマ焼却場の主な目的は廃棄物の処分だ。首都から集められたゴミの山と悪臭のため近隣住民からは忌み嫌われている。ここで働く者のほとんどが曰く付きの最下層をかき集めたものであることも理由の一つだった。


 だらだらとゴミを炉に運んでいると扉に取り付けられた鐘が鳴った。焼却完了の合図だ。悪臭の中にひときわ特徴のある異臭、人の肉の焦げる臭いを嗅ぎ取り、ジョンはその炉の前に来た。


「おい、そっちは特別なお客さんがいるぞ、腰抜かすなよ」

 意地悪い声に周囲から笑い声が上がった。やがて炉の蓋が開かれ、焼却代台引き出される。他の炉と違い、出てきたのは灰と骨のみだった。怯えて腰が引けた様子を作りながら、ジョンは骨を子細に観察した。


 ――肉は残っていない。かなりの高温で焼いたようだな。

 ジョンは台のあちこちに移動しながら骨を凝視し、胸元に忍ばせたシガレットケース型のカメラで素早く撮影した。その合間に骨を麻袋に回収していると、背後から高圧的な声がした。

「おい、何をしてるんだ」

 悪臭に閉口した顔の憲兵だった。苛々と作業員に当たり散らす。

「こっちはすぐにでも帰りたいのに、いつまで待たせる!」

「はいっ、今すぐ…あちちち!」


 まだ熱を持つ骨にうっかりと手で触れてしまいましたとばかりに、ジョンは大げさに放り出した。それは憲兵の目の前に落下した。反射的に受け止めた憲兵は、両手のひらに鎮座する頭骸骨と至近距離で対面してしまった。

「うわっ!」

 お手玉状態で髑髏が宙に浮くのを、作業員姿の王弟が袋で受け止めた。

「よかった、これで全部ですよ」


 へらっと笑いながら、骨入り麻袋をジョンは憲兵に差し出した。彼は何も言わず袋をひったくるようにして去って行った。その姿が消えると、焼却場に爆笑が湧き起こった。

「見たかよ、あのへっぴり腰」

「久しぶりににすっとしたぜ、おい」


 声をかけようとしたが若い作業員はいつの間にか消えていた。他の者は首をかしげた。

「さっきの、誰だったんだ?」

「さあ、新入りが気持ち悪くなってどっかで吐いてんだろ」

 彼らは作業に戻り、二度と見知らぬ作業員を思い出さなかった。


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