25 百門艦
『グローリー』号艦長ダグラス少佐はマストと帆の種類を説明した後で、下の層へと王家の人々を案内した。各層を繋ぐ階段は狭く急で、女性陣は手を貸してもらいながら降りていった。
「この艦の上から三層には砲門が備えてあります。全部で百二門。百門艦と言われる所以です」
舷側にずらりと並ぶ大砲は古い物と分かっていても威圧感があった。四角い窓から差し込む光が、よく手入れされた砲身に鈍い輝きを与えている。
「一門を四人一組で担当して砲撃していました。砲弾はこの層にありますが火薬は奥の貯蔵庫で集中管理されます。そこで袋に小分けされた火薬を受けとり砲門に運ぶ役目は一番若い見習で、『パウダー・ボーイ』と呼ばれました」
砲弾が飛び交う中を爆発物を持って往復することの危険さは容易に想像が付いた。艦長は誇らしげに語った。
「この砲蓋は白色に塗られていますが、砲撃戦になれば火薬の煤で次第に黒くなっていきます。『グローリー』の砲門層が黒一色になった時、敵は死神を見ると言われたものです」
「…死神……」
大勢の乗組員の死を見届け、それに倍する敵を葬った戦列艦なのだと実感し、第四王女カイエターナは身震いした。無意識にローディン王弟の姿を探すと、彼は他の訪問者を案内していた。
「…誰かしら」
壮年の男性がほとんどで、貴族ではなさそうだ。気になりつつもカイエターナは父や兄と共に行動した。
「いかがですか、プエンテックの最新技術を見慣れている方々にはかえって面白いのではないかと」
王弟ジョン自ら案内するのはローディンとアグロセンの合弁企業、プエンテック社の役員たちだった。その中に疑惑の役員アロンゾ・トレホンやビル・サイアーズとして出会ったミゲル・ベセラもいることをジョンは確認した。ベセラの側にはラモン・セスコもいる。
次世代自動車の開発競争にしのぎを削る彼らは、歴史的な戦艦の内部に感銘を受けたようだった。
「風任せの木造船であんな大海戦をしたとは最初信じられませんでしたが、この目で見ると実に効率的に作られている」
社長が砲門層の通路と大砲を見渡し、技術畑の者たちは砲撃の速度などを囁き合った。王弟はのんびりと言った。
「この層の壁は全て木製で、海戦時はり外しできるようになっています」
軽く壁を叩くジョンに役員の一人が質問した。
「それは、乗員が動きやすくするためですか?」
「それもありますが、主な理由は砲撃で壁が吹き飛ばされた時に破片で負傷するのを避けるためです。アヴァロン海海戦直前には艦長室の机までが海に投棄されたそうですよ」
「……兵器の効率というのは悪魔的なものがありますな」
社長は寒々しい顔で答えた。ジョンは頷いた。
「何しろ当時の負傷者の治療は負傷部位の切断のみ。となると医務室は酷い有様だったでしょうね」
まだ錨も上げていないのに、早くも船酔いしたような顔色になる者が出てきた。その一人、若い社員にジョンは声をかけた。
「大丈夫ですか? 甲板に出て風に当たった方がいい」
「…ありがとうございます」
弱々しく答えたのは役員付の社員ミゲル・ベセラだった。隣で心配そうに彼を支えるラモン・セスコと一緒に階段を上がるのを見届け、ジョンは水兵帽の位置を直した。少し離れて王弟を見守っていた副官ジェフリーが仲間に合図を送り、護衛のロイドが気付かれないように数人の水兵を集めた。
「おい、歩けるか?」
友人に肩を貸しながらラモンは周囲に目を配った。帆船の上級将校は王家の人々にかかりっきりで、王弟はプエンテックのお偉方に応対している。
ラモンは用心深く階段を上がり同僚を連れて甲板に出た。行き交う水兵を避けつつ人目を避けられる場所を探す。
「艦長室は後部か」
出港準備を終えればアグロセンの王家やローディンの王弟もここにやってくるはずだ。それまでに彼にはすることがあった。
「ほら、こっちが楽に休めるだろ」
ふらふらなミゲルを連れてジガーマストの側まで来る。来賓たちからは死角になる場所で、彼は友人を介抱する振りを続けた。
甲板に上がった国王親子とプエンテック社役員は帆船の出港を見物した。後部に観覧席が作られ、水兵が慌ただしく動く様子が眺められるようになっていた。
とも綱が桟橋から外され、船首の大きな錨がキャプスタンで巻き上げられる。タグボートに曳航されて岸から離れた帆船は、置物のような姿から一気に生きた船へと変貌を遂げた。
「風、北北東から3ノット!」
「フォア、メイン、ミズン、転桁15度!」
甲板に溢れるほどの水兵たちがロープを引き、帆の向きを調整する。角度を変えた帆は音を立てて膨らんだ。タグボートが離れ、帆船『グローリー』号は海走を始めた。
船の加速を身体で感じ、国王ファドリケが顔をほころばせた。
「素晴らしい。まるで大航海時代に時を超えたようだ」
「風の力だけでこんな速度が出るとは」
王太子も感心したように呟き、プエンテック社の人々も驚きの表情だった。
「凄いですね、姫様」
侍女のパロマまでもが興奮状態だった。ただ一人、船より水兵服の王弟をうっとりと見つめ続けるカイエターナは別世界にいた。
――将校服も素敵だったけど、水兵の簡素な制服もとても凜々しいわ。
操舵輪の近くで艦長と話し合っている彼を視界に収めるうちに、もっと近寄りたさにうずうずしてきた。カイエターナはそっと兄に囁いた。
「あの舵輪をよく見てみたいのですけど」
そちらを見た王太子は、妹の本当の狙いにすぐ気付いた。彼は苦笑交じりに頷いた。
「邪魔をしないように」
「はい」
嬉しそうに席を立ち、カイエターナは舵輪が設置された場所に向けて歩き出した。
風を受けて顔色が良くなったミゲルは、突き合ってくれた友人に感謝した。
「ありがとう、ラモン。もう大丈夫だから社長たちの所に戻った方が」
同期の友人が突然彼の肩を掴んだ。灰色の目がミゲルの視線を捉え、低い囁きがその意識にまとわりつく。
「見えるだろ、この船の一番効果的な破壊場所が」
「……舵近く、火薬貯蔵庫の真上……」
焦点の合わない目でミゲルは答えた。ラモンの手が離れるなり崩れ落ちるのを、同僚は舷側にもたれかけさせた。そして、懐に手を入れながら移動する。
そこは、『グローリー』号の船尾、舵輪が操作する舵に近い場所だった。ラモンは棒状の物を取り出した。中心部をひねるように回して起動させ、帆布に隠すと彼は素早く立ち去ろうとした。
のんびりした声がかれられたのはその時だった。
「落とし物ですよ」
いつの間にか水兵姿の王弟ジョンが立っていた。一瞬驚愕の表情を見せた後で、プエンテックの社員は不思議そうな表情を作った。
「いえ、何も落としていませんが」
「あなたの物でしょう、ほら」
帆布をめくり、王弟は仕掛けられた物を手にした。そして護衛を振り向いた。
「ロイド」
常に白手袋をしているロイド・スコットが手袋を外して王弟から不審物を受けとった。素手で触ると同時に低い声が特定した。
「爆発物。起爆装置は時計です」
ラモンの顔が歪んだ。ロイドは手早く機械を分解し、呆気なく装置を解除する。
「ご友人は、自覚はないようだが透視の天賦をお持ちのようだ。さしずめ、航行中の事故でアグロセン王族に怪我を負わせてこちらの管理不十分に持っていくつもりだったのかな?」
ジョンの質問に答えず、王弟を憎々しげに睨みつけるとラモンは逃走した。だが、すぐに待機していた水兵に囲まれた。彼は闇雲に甲板を走った。その先に近づく者を識別すると同時に王弟は駆け出した。
追い詰められたラモンの目の前に第四王女カイエターナがいたのだ。




