23 歓迎の用意
オテル・エクセルシオル最上階、ローディン王弟一行が宿泊する特別フロアでは、王弟たちの検討会が続いていた。
王弟ジョンがアグロセン王家の人々の印象を語り始めた。
「聞きしに勝る美形一族だったな」
「確かに、目がハレーションを起こしそうでしたね」
「あれほど家族仲が円満な王室も珍しいかと」
ロイドの言葉に他の者も同意見だった。アグロセンの歴史を振り返り、ジョンが言った。
「愛情深さは裏返せば怒りと憎悪の激しさに通じる。モルゼスタンがいい例だ」
それは亡国の名だった。長らくアグロセンの属州だったモルゾ地方がモルゼスタン王国として独立することが出来たのが約一世紀前。しかし独立後も宗主国アグロセンの支配は様々な面に及んだ。それに反発した議会がアグロセンとの通商条約を破棄するという強攻策に出た。
当時の国王ロドルフォ二世はこれを裏切りと捉え激怒した。すぐさま陸軍精鋭をモルゼスタンに侵攻させ、モルゾ族が誇る騎兵部隊を殲滅した。のみならずザハリアス、リーリオニアと共同謀議の上にモルゼスタンを分割併合して地図から消してしまったのだ。
「アグロセンを裏切り怒らせた者の末路として西方大陸中を震撼させた侵攻作戦だったな。もっとも、我が国も他人事のような顔は出来ない立場だが」
三国の分割案が紛糾しかけた時に仲裁役をかって出たのがローディンだった。分割を回避するのではなくより合理的に円満に進めるよう計らった当時の宰相は、その影で旧モルゼスタンの鉱物資源など多くの利権を得たという。
「旧モルゼスタンの残党は未だに各地で抵抗活動をしているようだが、うちも相当恨まれているだろうな」
「国益のためとはいえ、一国の滅亡を利用した形ですからね」
いつもは舌鋒鋭いジェフリーも歯切れが悪かった。しばらく天井を仰いでいたジョンが、小さく呟いた。
「『グローリー』号に招待するか…」
ガーデンパーティーの礼を何にするべきかを考えていたが、国王が関心を示した帆船、歴史的大海戦を戦い抜いた戦列艦の見学が良さそうな気がした。
「ついでに水兵に紛れて見分けがつかない平凡さを強調しておくかな」
彼の言葉に副官が眉間にシワを寄せた。
「ほどほどにしてくださいよ。殿下が本気で紛れたら捜索に苦労するんですから」
「善処するよ」
他の者を下がらせて私室に一人となったジョンは、家族の愛情を一身に受けた第四王女を思い出した。ローディンのお寒い家族関係とは比べものにならない光景だった。
「……両親に似ていれば、か…」
自身の言葉に苦笑し、王弟は不毛な思索を打ち切った。誕生の瞬間に運命づけられたことを今更どうこう言っても何も始まらない。
より現実的なこと、『グローリー』号見学の招待客選びに彼は没頭した。
ロッサフエンテ宮殿奥の王女宮は、まるで不幸でもあったのかと思えるほどどんよりとした空気が取り巻いていた。
原因は王家中で溺愛している末姫が落ち込んでいるせいだった。家族は必死で彼女の気を引き立てようとした。
「カイエターナ、今度庭園に池で船遊びをしよう」
「今度王立劇場で一番人気の歌手を呼ぶのよ」
「散歩がいいかしら、それとも乗馬?」
あの手この手で彼女の興味を引こうとするも、ことごとく不発に終わってしまった。
「……ごめんなさい、今は何も考えたくありませんの」
快活な第四王女が申し訳なさそうにぽつりと言うと、家族は皆涙ぐんだ。
「衝撃が大きかったのね。でも、ローディン王家が内紛一歩手前だなんて」
ビアンカの言葉にレオノールとコンスタンサも口々に言い募った。
「確かに印象の薄い方だけど、まさか『真昼のランプ』なんて宮廷でも呼ばれていたとはね」
「あちらの揉め事とは距離を置くべきよ」
姉たちにカイエターナは首を振った。
「私、そんなことより、あの方がお母様に愛されたことなど無いと当たり前のようにおっしゃったのが悲しくて……」
さすがの『三輪の薔薇』も沈黙した。王妃が涙を拭いながら末娘を抱きしめた。
「そうね、私も信じられなくてよ。子供たちは何人いてもこんなに愛しいものなのに」
「ローディンはどの王朝でも家族親戚間の争いは内戦を引き起こすほどだったからな」
溜め息混じりに王太子が呟いた。隣で国王も難しい顔をしている。
「外には苛烈でも一族は愛情で団結する我が王家と真逆だな」
妹の手を取り、ビアンカが優しく尋ねた。
「あなたはこんな事になっても王弟殿下を『運命の人』だと思うの?」
カイエターナはぱっと顔を上げた。
「もちろんです。あの方はご自分の事情を誠実に打ち明けてくださった。そう、悲しい思いをされたからこそ、あんなにも気高くていらっしゃるのだわ!」
当の本人が聞けば全力で否定しそうな台詞を、第四王女はうっとりと宣言した。色々な違和感を抱えつつも、彼女の両親兄姉は揺るがぬ愛情に感動した。
「何て健気なの」
「もう何も言わないから、こうなればお前の真心を相手の心に届くまで投げかけなさい」
「そうします。私が持っているのは愛だけですから」
感涙にむせぶ国王夫妻は第四王女をひしと抱きしめた。その場から少し離れ、第一王女ビアンカが妹の侍女を呼んだ。
「あなたはどう思うの? パロマ」
筆頭侍女は子爵家の娘だ。母親は王太子の乳母を務め、王家への忠誠篤い一族として知られている。パロマは用心深く答えた。
「王弟殿下のご事情は嘘ではないでしょう。ですが、カイエターナ様のご好意をあそこまで避けようとするのが気にかかります」
ビアンカは考え込んだ。
「私もそこが引っかかるの。あなたのホルダ家を使ってでも調査してちょうだい」
「畏まりました」
侍女が下がると、ビアンカは家族の輪に戻っていった。
討議を重ねた末にようやく完成したリストを、ローディン王弟ジョンは文官に渡した。
「『グローリー』号に招く者は以上だ。手配を頼む」
「はい、すぐに招待状を発送します」
執務室へと移動する文官を眺め、副官のジェフリーがリストの写しを手に呟いた。
「アグロセン王家の方々はともかく、プエンテック社の役員は驚くでしょうね」
「視察を短縮してしまったからな。詫びも含めてだ」
役員の中には例のアロンゾ・トレホンも入っている。随員として誰が来るかは不明だが、プエンテック本社で見かけた社員に思惑があるなら同行するかもしれない。
「さて、歓迎の用意をするか」
ジョンの言葉にジェフリーとロイドが頷いた。すぐさま『グローリー』号が停泊する港、カサアスールへと電文が送られた。
アグロセン王家にローディンの至宝とも言える帆船『グローリー』号への招待状。それを受け取った国王ファドリケの喜びぶりは大変なものだった。
「あの戦列艦に乗船、しかも遊覧航行までしてもらえるとは!」
「王弟殿下も粋な計らいをしてくださる」
父親に劣らず王太子フェルナンドも興奮していた。男性陣ほどではないが、王妃イサベラも美しい帆船を間近で見られることを喜んだ。
「素晴らしいでしょうね。でも私、船酔いをするので航行は……」
怯む彼女に立候補したのは第四王女だった。
「それなら、私が船に乗ります」
「そうしてくれるの、カイエターナ」
「はい、船なら幼い頃に爺が色々と乗せてくれましたから」
王妃は安堵したように微笑んだ。
「そうだったわね。ならお願いするわ」
「お任せください、お母様」
彼女の目的が船などでないことを知っている父と兄は多少複雑そうだったが、カイエターナの嬉しそうな笑顔を前にしては何も言えなかった。




