19 三輪の薔薇
若いメイドにしか見えないアシュリーは当たり前のようにワゴンを押した。ジョンは情報部の上官に尋ねた。
「いつの間にこのホテルに?」
「ここの制服、結構気に入ってるんだ」
憮然とする乳兄弟に目配せし、メイド姿の情報部員はワゴンに乗せたティーセットを使って後輩たちにお茶をサーブした。ちゃっかり自分のカップを手にしてソファに座ると、アシュリーは楽しげに語り始めた。
「朝から首都は凄い噂だよ。どんな高貴な求婚者にも決してなびかなかった第四王女様が、一目惚れした相手に袖にされて泣きながら退場したって。いやあ、罪作りだねえ」
「誰の話だ」
「ボクの目の前にいる色男」
「勘弁してくれ」
うんざりした表情を隠そうともしないジョンを指さし、一見可憐なメイドは遠慮なく笑った。そして、ワゴンに隠していた書類を取り出した。
「で、キミたちが使い物にならなかった間に情報収集した招待客のリストと注意点がこれ。おかげで楽な仕事だったよ、みんなキミと王女様に釘付けで脇がガラ空きだったからね」
王弟と同じ物を渡されたジェフリーとロイドも慌てて書類をめくり始めた。ジョンは素早く中身に目を通した。招待客の顔ぶれは自分が視認したものとほぼ同じ。要注意人物に付けられた印を辿ると、意外な名があった。
「ウーゴ・マルケスと妻ロシータ……マルケス社の社長夫妻か」
繁殖期の熱帯鳥並みに着飾っていた夫婦を思い出しながら、彼は確認した。
「なぜ彼らに印を?」
「うーん、何て言うか…、あまりにもステロタイプな成金過ぎてさ」
先輩の意見にジェフリーが同意した。
「王宮のドレスコードくらい調べれば簡単に分かりそうなのに悪目立ちしてましたね」
「周囲が避けていたな」
ロイドが重々しく頷き、ジョンもその光景を思い出した。
「あれが成金を演じているのだとしたら目的は?」
「周囲を油断させることでしょうか」
「何者かの指示の可能性は?」
情報部員たちが熱く議論する中、扉がノックされた。瞬時にメイドに戻ったアシュリーが扉を開き、恭しくトレーを受けとる。
ジョンの元に運ばれたのは一通の封筒だった。紋章は剣と竜。アグロセン王室のものだ。ジェフリーが異常がないことを確認し、開封して王弟に渡す。一読し、ジョンは仲間に内容を明かした。
「王太子殿下から私的なガーデンパーティーへのお誘いだ」
「どうするの?」
好奇心丸出しで身を乗り出すアシュリーに苦い顔をし、ジョンはすぐに結論を出した。
「断る訳にはいかないだろう。誤解は早めに解いておくべきだ」
「では、スケジュールを調整します」
ジェフリーが立ち上がり、警護プランを策定しなければならないロイドも続いた。残されたジョンの手から空のカップを取り上げ、新興ホテルのメイドがからかいの声をかけた。
「これを睨んでも答えは出ないよ。ま、頑張ってねー」
無責任な応援の言葉を投げかけて、アシュリーはワゴンを運び出した。
ロッサフエンテ宮殿にはきらびやかな嵐が襲来していた。
「どういうことですの、お兄様!」
まなじりを釣り上げて王太子に迫るのはウィルタード公爵夫人ビアンカだった。ジョレンテ侯爵夫人レオノールとエスピノサ伯爵夫人コンスタンサも、それぞれ新聞を手にして兄を問い詰めている。
「私たちの愛しい妹に不埒な真似を働いたというのはローディンの王弟で間違いありませんの?」
「護衛は何をしていたのです!」
フェルナンド王太子は辛抱強く妹たちを宥めようとした。
「落ち着きなさい。そんなゴシップ紙を真に受けるなどはしたない」
「でも、カイエターナが落ち込んで部屋で泣いていたとパロマから聞きましたのよ」
食い下がるビアンカにどうしたものかと思案に暮れていると、背後から思いがけない声がした。
「お兄様、お姉様方がいらしたの?」
話題の人物が彼らの前に現れたのだ。
「カイエターナ!」
「ああ、可哀想に」
「姉様たちが着いてますからね」
さっきまで兄を吊し上げていた王女たちは、あっさりと彼を放置した。競うように姉たちに抱擁され、訳も分からず第四王女は頷いた。
「あ、ありがとうございます。何かご用でも?」
「重大な事よ、あなたの顔を見に来たの」
「レセプションで何があったの?」
直截な質問に、カイエターナは目を閉じた。
「奇跡です。あのお方を見つけてしまいました」
「……それは、聖レティシア祭の時の運命の人のこと?」
半信半疑でビアンカが確認する。他二人も固唾を呑む中、カイエターナは世にも幸福そうに微笑んだ。
「そうです! 最初は私も信じられませんでしたわ。でも間違いありません。あの方はおイモの中でただ一人、人間の顔をしていましたもの」
「まさに奇跡だわ」
「聖女様のご恩寵なのね」
感動の渦に姉たちも次々と飛び込む有様だった。第四王女はそれだけではないのだと彼女たちに訴えた。
「あの方、おイモにも違いがあるのだと教えてくださいました。私、そんなことにも気付かなかった自分がとても恥ずかしくなってしまって……」
涙ぐむ妹を、姉たちはひしと抱きしめた。
「それで逃げ出してしまったのね」
「ああ、泣かなくていいのよ、可愛い子」
「その方もきっと分かってくださるわ」
もらい泣きする姉たちと感動を分かち合い、ようやくカイエターナは落ち着いた。そして好奇心にかられた姉たちは矢継ぎ早に質問した。
「ローディンの王弟殿下はどんな方なの? 新聞の写真は何故かみんなぼやけていて」
「素敵な方です!」
「お顔立ちはどんなタイプかしら?」
「素敵な方です!」
「例えるなら誰かに似ているとか…」
「素敵な方です!」
正直な回答なのに要領を得ないという事態に、姉たちは困惑した。カイエターナは申し訳なさそうに呟いた。
「ご本人を見てもらえれば、きっと分かっていただけるのに……」
悲しげな言葉に咳払いしたのは、すっかり存在を忘れられていた王太子だった。
「あー、プランタジネット伯爵には私の名で内輪のみのガーデンパーティーに招待したよ。そろそろ返事が来る頃だ」
カイエターナの顔がぱっと輝いた。
「お兄様、大好きです!」
抱きついてくる妹に相好を崩すフェルナンドを見て、上の王女たちは囁き合った。
「お兄様ったら、こんな重要なことを隠してたなんて」
「最後に美味しい所を持っていくためよ」
「こういうところはしっかりしてるんだから」
意外な事態に冷静になった彼女らは、疑問点に気づいた。
「王弟殿下の帆船は先日到着したばかりでしょう? どうして聖レティシア祭に出会えたのかしら」
「お母様は聖女様のお導きだと浮かれてらしたわ」
「……まあ、お母様ですものね」
時に娘よりロマンチストな王妃を思い、王女たちは溜め息をついた。そして同時に呟いた。
「…これは、確認しなければならないわね」
三人は視線を交わして意思統一した。やに下がる王太子に、白薔薇と呼ばれた第一王女ビアンカが近寄った。
「内輪というなら、当然私たちも招待していただけますわね、お兄様」
次いで、黄薔薇と言われた第二王女レオノールも魅惑的な微笑を浮かべた。
「ええ、何と言っても家族ですもの」
紅薔薇こと第三王女コンスタンサも同調した。
「楽しみですわ」
ほとんど脅迫に等しい懇願に、王太子は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「……も、勿論。ただ、くれぐれも殿下に失礼の無いように」
兄の警告も姉妹は意に介さなかった。
「分かっております」
「じっくり見届けさせてもらいますわ」
「カイエターナの運命の人に相応しいかどうかをね」
笑顔で不穏な空気を作り出す三輪の薔薇は、既に臨戦状態だった。




