18 超常現象扱い
ジョンの副官と護衛、カイエターナの侍女と護衛が見守る中、バルコニーで第四王女と向き合ったローディンの王弟は、事実を明確にすることにした。まず、正式な挨拶で距離をる。
「自己紹介が遅れました。ローディン王国プランタジネット伯爵、ジョン・ウィンストンです」
王女は淑女の礼で彼に答えた。
「アグロセン王国第四王女、カイエターナ・テレサと申します。王弟殿下」
まともな話が出来そうだと安堵しかけたジョンは、ずい、と距離を詰められのけぞった。
「どうかカイエターナとお呼びになって、ジョン様」
「……いや、先ほどもお話ししたとおり、私は王女殿下とお会いしたのはこれが初めてでして…」
「信じられないのも無理ありませんわ。私だって今夜お会いできなければ、あの夜のことは夢だったと思っていたかも知れませんもの」
そのまま夢にしてくれていたら何の問題も無かったのにと、ジョンは物哀しげに思った。だが、まずは彼女の説得が優先事項だと思い直した。
「王女殿下は運命の人だとおっしゃるが、出会ったばかりでそのような決断をされるのは早計かと」
「でも出会ってしまったのですよ。もう一度会いたいと願っていたお方に」
「それは私ではなく……」
「貴方以外にあり得ません」
説得相手の手強さに、ジョンは作戦を変えることにした。王女がどうやら自分を特別な人のように思い込んでいることだけは、ひしひしと伝わってくる。ならば自分がその他大勢に過ぎないことを納得させればいい。
「王女殿下は誤解されている。私は平凡でつまらない人間ですよ。母国では貴族たちにさえ『真昼のランプ』と呼ばれる始末で」
カイエターナは目を瞠った。ある可能性に気付いたためだ。
――確か、これまでのおイモたちは私に聞き飽きた言葉を並べ立てるうちにおイモ化してしまったのだわ。
じっと彼を見上げ、王女は非常に真剣に告げた。
「ジョン様、私、幼い頃より美しいと言われて育ちましたの」
反射的にローディンの王弟は頷いた。それ以外のリアクションが何故か取れなかった。尚も顔を接近させ、カイエターナが続ける。
「それはもう、子守唄のように。社交界に出てからは数え切れない殿方に薔薇のようだとか妖精だの女神だの散々言われてきました。あなたは私を美しいとお思いになって?」
まじまじと、ジョンは目の前の王女を凝視した。目を奪う見事な黒髪、対照的な白磁の肌、情熱を秘めた黒い瞳。生命力に溢れた彼女を賛美する者が絶えないのも納得できる美貌だ。
「…それは、事実ですし」
カイエターナは数度瞬きし、更に王弟に密接し彼の顔を見つめた。これと言って特徴の無い顔が変化してしまわないかと息を呑む思いで時を待つ。だが、表情に乏しいものの彼の顔に異変は起こらなかった。感極まった溜め息が朱唇から漏れた。
「何てことかしら、人のお顔だわ! ああ、これこそが聖レティシア様がもたらした奇跡でなくて何なのでしょう!」
まるで聖女が顕現したかのような興奮ぶりに、自分の顔の何が奇跡なのか分からないジョンはぼんやり考えた。
――これまで存在感の薄さを人間離れしていると散々言われてきたが、とうとう超常現象扱いされたか……。
思考回路が怪しくなってくるのを強引に引き戻し、ジョンはこちらを伺う貴公子たちへと彼女の興味を移そうとした。
「私などよりよほど王女殿下にお似合いの方々が揃っていますよ。ほら」
やきもきしながら第四王女とローディン王弟の成り行きを見守るしかない一段を指さされ、カイエターナは小首をかしげた。
――やっぱりおイモだわ。
「あの方々は皆同じに見えます」
「い、いや、あちらのキラキラ公子とか、ピカピカ令息とか、ツヤツヤ御曹司とか…」
動揺のあまり固有名詞が吹っ飛んだ状態で、ジョンは貴公子たちをプッシュした。
「キラキラ、ピカピカ、ツヤツヤ……」
彼の言葉を復唱しながらイモ貴公子たちを眺めるうち、わずかな変化が起きた。
――あら。確かにあちらのおイモは金色にキラキラしてて、こちらは褐色がピカピカ、向こうは赤くてツヤツヤ……。おイモも少しずつ違うのね。
カイエターナははっとした。
――そうよ。たとえ私の目にはイモにしか見えなくても、あの方たちはれっきとした人間。違っていて当たり前だわ。それをイモの群れだなんて、何て傲慢な扱いをしてきたのかしら。
それを気付かせてくれたのが目の前の彼なのだと、王女は崇敬に満ちた目を王弟に向けた。嫌な予感にジョンは身構えた。
悲しげに後ずさりしながら、カイエターナは先ほどまでの勢いが嘘のように俯いた。
「…私、これで失礼いたします」
言うなり身を翻す王女を、侍女と護衛が慌てて追った。取り残されたローディンの王弟は、心配そうに近寄ってきた副官と護衛の前で大きく息をついた。
「……何だったんだ…」
王宮での歓迎レセプションは、ちょっとした波乱がありつつも盛況に終わった。
翌朝、オテル・エクセルサス最上階でローディン王弟の部屋に入ったスタッフは、広げられた書類に埋もれかけたプランタジネット伯爵の姿に驚くこととなった。
「どうしたのですか、殿下」
副官ジェフリー・クーパーが床に落ちた書類を拾い上げた。それはローディンを始めとした西方大陸主要国の王家の家系図だった。
「何故、家系図に興味を?」
「アグロセンの王女が僕の認識阻害をすり抜けて僕の顔を記憶した。何らかの特殊能力の可能性を探っている」
「それで、何か発見があったのですか」
一枚一枚を几帳面に拾い集めながら護衛のロイド・スコットが尋ねた。ジョンは疲れたように椅子に腰を下ろし、ローディン王家の家系図を手にした。
「長年、個有者の流出を恐れ、王家は他国との縁組みを最低限にしてきた。テューダー朝は多産家系でなかったことも要因の一つだが。それが例外的に子沢山だったのが曾祖母、ディアナ女王の治世下だ」
確かに、家系図はその時代に一気に広がっている。
「曾祖母の娘たちはほとんど天賦を持たず、そのために国外の王家、有力貴族に嫁いだ者が多い」
「では、アグロセンは」
「その中の一つだ」
彼はアグロセン王家の家系図を取り上げ、数代前を指さした。
「ロドルフォ二世妃フランシスカ。曾祖母の長女フランセスだ」
「その姫君から受け継がれた天賦の資質が、今のアグロセン王室に残っていると?」
ジェフリーの声は懐疑的だった。苦笑気味にジョンは答えた。
「可能性の一つだな。正直、他のアグロセン王族に天賦の気配もないことを考えればかなり蓋然性は低いが」
無駄とも思える研究をしてしまったのは、あの第四王女カイエターナの奇妙な行動の説明が全く付かないせいだ。
四隅まできちんと揃えた書類を差し出し、ロイドが言った。
「祭りという非日常的な状況で無頼漢から助けられたという劇的な出来事が美化しているのでは?」
若い娘ならありそうなことに思えるが、どうにもそれだけでは無いような気がする。
「それなら、実物を見て美化したイメージとの落差にがっかりしないか?」
我ながら情けない推論だが、これまで恋愛沙汰とは無縁で生きてきたのだ。女心など想像も付かない。
部屋の扉前で派手な笑い声がした。継いでドアを開けて入ってきた者に、ジョンは眉を顰めた。
「ごめーん、聞いてたらつい笑えちゃって」
オテル・エクセルサスのメイドの制服を着たローディン情報部員、アシュリー・カニンガムだった。いつもの茶色の二つ結びの髪が可笑しそうに揺れていた。




