12 支援基地
古い骨董展の抜け穴は、首都エスペランサの地下に張り巡らされた水路に繋がっていた。
店主として情報部員の接触を待っていた老人はランプを手に先行した。濡れて滑る足下も立ちこめる悪臭もものともせず、彼は迷うこと無く進んだ。
店主とジョンが辿り着いたのは水路脇の古びたドアだった。しかしそこは二重ロックになっており、奥には更に頑丈な扉があった。
鉄扉を開けた先には地下と思えない空間が広がっていた。店主が笑い、彼を招き入れた。
「さて、ようこそ殿下。いや、ミスター・サイアーズ」
しょぼくれた骨董展の主の姿をかなぐり捨てたように、老人は背を伸ばし懐から煙草を取り出した。
「何を隠そう、ここはローディン大使館の地下だよ」
目を瞠った後でジョンは笑い出した。
「そうか、大回りをして足元に辿り着いた訳だ」
「ご存じないのも無理からぬ事。大使館を建てる時に地下室まで偽装して作った施設ですからな」
老人は表情を改めて自己紹介した。
「私はアグロセンの支援基地主任、アイザック・メリル。ここでは主にちょっとした小物を色々作っております」
彼が示すテーブルには、その小物がずらりと並んでいた。細く巻かれた傘を手にするジョンにメリルが説明する。
「それは柄の所のボタンを押すと一発だけ弾丸を発射できます。ああ、取扱は慎重に」
続いて並ぶ一見何の変哲も無いパイプは、主任自ら使い方を見せてくれた。
「この吸い口を引いて手を離すと元に戻る衝撃で火花が起こり、発火します」
説明通りに彼が吸い口を操作すると、パイプの口から天井に届くほどの炎が吹き出した。煙にむせながら、主任はしれっと言い訳した。
「失礼、火加減の調節がなかなか難しくて」
そして、彼はテーブル上の拳銃を手にした。
「最新式です。分解可能で消音装置も付けられる」
細くスマートな拳銃を手にし、装填を確認したジョンは試射コーナーで的に向けて構えた。慣れた動作で連射すると、人形の頭部と胸部を全弾が打ち抜いた。
「見事な腕前ですな、感触はどうですか?」
「半ミルほど右にずれる感じだ。反動は少ないな。弾丸はD22か?」
「その通りです。すぐに調整させましょう」
その他、開発中の細々したものを紹介し、メリル主任はついでのように言った。
「アンドルー・イーデンの消息は未だ不明です」
姿を消した情報部員に関する情報だった。
「背後関係は?」
「私生活は問題なし。外部との接触も無し。ただ、出世のチャンスを掴むことに貪欲だったようで」
「功を焦った結果か」
華々しい結果ほしさに独断行動に出た挙げ句の失敗は、情報部員にありがちなことだ。溜め息を堪えながらジョンは確認した。
「最後の定時報告で何か残していたか?」
「特に変わった事は。ただ、傍聴券が取れたという一文がメモにありました」
消えた情報部員の最後の目撃場所が裁判所だったとジョンは思い出した。
「今、話題になっている訴訟は?」
「派手な殺人事件などはありませんな。新聞を賑わせているのは自動車の特許戦争くらいですか」
――ここでも自動車か。
どうやらこの国にいる限り、自動車に関わることから逃げられないらしい。
「蒸気自動車推進派の急先鋒がアコスタ社で、石油燃料派がエルマン社だったな」
「そうです。こちらも私的に注目しておりますよ。はたして馬車に取って代わるのは外燃機関か内燃機関か」
どちらにしても敗者は下手をすれば破滅する。負けた方を後押ししてきた者も。
「どこの戦場も命がけということか」
呟きながら、ジョン――ビル・サイアーズは頭の中で次の段取りを目まぐるしく立てていた。
首都エスペランサの下町、市民の台所と呼ばれる市場は夕刻を控え歩くのも苦労するほどの人混みだった。
そんな中、二つ結びにした茶色の髪を楽しげに揺らせながらゴードン邸のメイド、アリサは買い物を楽しんでいた。
小柄なメイドは覚えのある顔を見つけ、手を振った。
「ノエミ! 久しぶり!」
「アリサじゃない、元気だった?」
「うん、ちょっと買い物頼まれてね」
メイドは後方を指さした。そこには両手で荷物を抱える下働きの男がいた。
「ボク、この子と少し話があるから先行ってて」
うんざりした様子で下働きの男はメイドから離れようとした。
「あ、これもお願いね」
更に雑貨で満杯の籠を押しつけられ、男――下働きに変装中の王弟ジョンは小声で罵った。
「覚えてろよ」
それを聞こえないふりをして、アリサはノエミと木陰のベンチに座った。
「そっちのお屋敷はどう?」
「変わんないわよ。旦那様は仕事仕事でロクに帰ってこないし、奥様は当てつけがましく派手に遊び回るし。使用人はなーんかギスギスしてさ」
アコスタ社社長の屋敷でメイドをしているノエミは、ここぞとばかりに不満をぶちまけた。アリサは同意を込めて頷いた。
「どこも同じかあ。あーあ、せめて若い男前の客でも来ればいいんだけど、下品な成金ばっかで」
「いいじゃない、景気よさそうで」
「え? ノエミのとこだって社長様のお屋敷なんだから、金持ちはわんさか来るでしょ」
「それがね…」
ノエミは声を潜めた。
「親戚縁者がしょっちゅう呼びつけられてんの。みんな難しい顔してさ」
「アコスタ家って、みんな商売してて儲かってるんでしょ?」
「よく分かんないけど、使用人仲間で次を探そうかって話もしてるし」
「えー、そっち移ろうかと思ってたのに」
メイド同士の他愛ない噂話を、三等理事官ビル・サイアーズから下働きに扮したジョンはアシュリーからの遠話で把握した。
――一族に総動員令をかけるほど切羽詰まっているのか? 蒸気自動車が開発に行き詰まっている話は聞かないが。
開発に苦労しているのはむしろ内燃機関の方だろうとジョンは考えた。燃料となる石油は大きな油田をザハリアス帝国に押さえられ、帝国の意に染まない者には供給を断たれる可能性がある。
――ザハリアスの油田にしても、埋蔵量すら明らかにされていないからな。
無数のポンプが油層の原油を地表に汲み上げる写真をジョンは思い出した。ローディンの植民地省はザハリアスに対抗するため南方大陸に調査隊を送り込んでいるが、今のところ有望な油田発見の報告はない。
――蒸気車が石油燃料車に劣るのはエンジンスタートに時間がかかることか。
水を沸騰させ蒸気を発生させるのが前提であるため、どうしても時間をロスしてしまうのが現状だ。
――ボイラーは小型化を要求され、しかも火力は落とせない。となると、例のイピロス産石炭の出番か、別の燃料を開発するか……。
一区画離れた場所でジョンが推論を組み立てる間、メイドたちはお互いの鬱憤を吐き出した。ややすっきりした顔でノエミが立ち上がった。
「そろそろ帰らなきゃ。またね、アリサ」
彼女に手を振り姿が見えなくなると、メイドのアリサことアシュリーは後輩を待たせていた箇所に向かった。
「お待たせー、どう思う?」
感想を聞かれ、ジョンは首を振った。
「社長は家にも帰れないほど忙しく、親族を結集させているのは分かったが…。理由は推察するしかないな」
「親族の方も探り入れとくから。あ、ついでにそれ屋敷まで持ってきてね」
王弟を顎で使いながら、ゴードン邸のメイドは帰途についた。




