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幼馴染の短編

温泉旅行はカレーの後に。

作者: 田中正義

短編です。

月一くらいでたまに短編も書こうかと思います。

「さて……」

「……で、どうするのよ」


 幼馴染の彼の家のリビング、そのテーブルを挟んで彼と彼女は向かい合っていた。


 夕食の支度も済んでいない黄昏時。

 照明も灯さず影の濃くなった空間には、未だ制服を着た男女が他に家人がいない家で二人きり。

 冷房をつけたばかりの室内は、未だ夏の西日が運ぶ熱気が残っていた。


 テーブルの上には、温泉旅行のペアチケットが置かれている。


 剣呑な視線の彼女と、黙ってそれを受け入れる彼。

 一触即発の言葉が相応しい、まさに彼の言葉次第で運命が変わる分岐の瞬間。



 時間は少し遡る––––






 ガヤガヤと賑わいだした放課後の教室。

 両親は仕事で遅くなるという連絡が彼のスマホに入っていた。


 要は夕飯の工面をしなければならなくなっただけのこと。自分の分のみでなく、遅くに帰宅する両親の分も。

 メッセージに気付いたのは帰りのHRが終わった後のことで、数時間前までは特に問題もなく『了解』の二文字の返信で済んでいただろう。



 即ち、今の彼には返信を躊躇う理由があった。



「というわけで今度でいいか?」

「別にいいけど。『というわけ』の部分くらい説明してくれてもいいんじゃない?」


 幼馴染の彼女に「今日予定がなければ付き合ってくれない?」と流行りの体験型のイベントに誘われたのが昼のこと。

 放課後は部活に勤しむ友人が多く、本人も塾など用事がある彼女。ペアでの参加条件に対し、幼馴染の彼に指名が飛んでくることは自然なことだった。どうでもいい雑用はいつも彼の役割である。


 ちなみに見目麗しい彼女がさも都合のよい人間を適当に見繕ってる気配を察したクラスの野獣共が声を上げかけたが、彼はそれをひと睨みで黙らせていた。彼女はそれに気付かず、クラスメイトの女子たちは生暖かい目で見守っていたが、余談である。



 終業後、いの一番に彼の先までやってきた彼女。かくかくしかじかと経緯をそのまま告げれば、彼女の反応は別に後日で構わないということだった。

 なんなら見せられた彼のスマホからそのまま『了解』と返答までする始末。


「すまん。曜日的に冷蔵庫の中身が怪しいからスーパーのタイムセール的にな」

「分かってるわよ。用事がなければって前提。また今度行きましょう」


 流行りを抑えたい、たまたま時間があった。

 誰も気にしないのに、誘う時はそんなことを言い訳がましく語った彼女。

 後日ということは別に彼女の他の友人を誘える可能性もあるのだが、勿論そんなことに考えを巡らせられるほど器用な彼女ではない。秘めた内なる願望はちょい漏れである。



 デート(仮)は延期。

 今の彼女はその埋め合わせをどうしてくれようとしか考えていなかった。



「ちなみに、ひもじい晩御飯は何にするのかしら?」

「作る前からひもじい判定するな。簡単な、生姜焼きか、鮭でも焼くか……」

「おばさんたちも疲れて帰ってきて、待ちに待ったのが息子の手抜き料理っていうのもあんまりよね」

「言っとくがお前よりは料理出来るからな」

「女子力高いアピールやめてくれないかしら」

「お前、未だにカレーか納豆ご飯くらいしか作れないだろ」

「いいじゃない。カレー、好きでしょ?」

「好きだが」

「なら文句言わないの」


 全く一言余計なんだから、と自分のスマホで何やら打ち込んで荷物をまとめる彼女。言い出したのは彼女なのだが、そんなことは棚の上である。

 ほら早く帰るわよ、と告げる彼女の様子に彼は些細な違和感を覚えた。

 話が飛ぶのは彼女の癖だが、解読は彼の役目だ。


「なぁ」

「何よ」

「着いて来るのか?ただの買い出しだぞ」

「え?」

「え?」


 どうやら彼女の中では、今日のこれからを一緒に過ごすのは既定路線だったらしい。それよりも、さっきの台詞の仔細を噛み砕いてみれば。


「というか、もしかしてカレー作ってくれるのか?」

「……どうしてもって言うなら、私の料理練習に付き合わせてあげる」

「いいのか!?どうしても!頼む!!」


 彼は三度の飯がカレーライスでもいいくらいにはカレーライスが好きである。夏のカレーなんか最高だ。

 自分で言ったように、なんなら先に挙げた料理より余程凝った料理も作れる彼ではある。

 だがやはり、人の手で作ってもらうご飯はうれしい。カレーとなれば、尚うれしい。


「仕方ないわね。親にメッセージも送っちゃったし」


 破顔した顔にあどけなさを垣間見せた彼にお願いされてしまえば、彼女も言葉通り引き受けざるを得ない。

 ちなみにメッセージを送った親というのは、無論両家の母親に、である。

 彼の了承を得るまでもなく彼女の中で決定していたことでも、こうもストレートに喜色を伝えられると結ぼうと意識した口元もだらしなく緩んでしまう彼女だった。

 普段の少し大人びて飄々とした彼の様子からは考えられないほど満面の笑み。要するにギャップが彼女の母性をそこはかとなく刺激していた。きゅんきゅんである。



 彼からすれば、彼女が作るカレーは格別に美味しい。

 両親の都合で料理を覚えた彼だが、まだ料理が不得手な頃は見かねた彼女が代わりにカレーを作ることも稀にあった。流石の彼女もカレーで失敗するなんて余程のことを起こすほどでもないし、数をこなして腕が磨かれたのだろう。彼はそう解釈している。

 勿論、彼女が作るカレーが美味しい云々は実際には彼の主観の話。

 果たして彼が元々カレーが好きなのか、彼女が作るからカレーを好きになったのか、そして彼女がカレーしか作れない、作らないのは何故かなど、今更気にする彼らではなかった。




 閑話休題。


 二人は近所の、スーパーも含まれる馴染みの商店街に買い出しデートと洒落込んでいた。デートなんて思っても言葉には出さない幼馴染たちだが、遠目で二人に気付く知り合いの視線は生暖かい。狭い町内である。



 ついでに彼女も本を買いたい、彼もそう言えばアレが足りないなどと生活の用を済ませれば、レシートはそこそこの金額に。具体的には、正に開催されていた商店街の福引が五回引けるくらいになっていた。


「お前が二回でいいか?」

「内訳通りなら私の買い物は一回分にも満たないんだけれど」

「だが付き合わせたわけだし」


「なーにグチグチ言うか!御託はいいから二人とも早よ引け、特賞引いて彼女と一緒に4Kテレビでオリンピック見とけ!」

「おっちゃん、付き合ってないから」


 法被を着た商店街のおじさんに急かされ、慌てて弁明する彼から券を二枚押し付けられた彼女が先にガラガラを回せば、ハズレの白玉のティッシュと青玉は三等のトイレットペーパー。


「……なんだか申し訳ないわね」

「ちゃんと持って帰れよ」


 粛々と荷物を増やして戻ってきた彼女が気まずそうな顔を見せる。彼からすればカレーの礼も兼ねて譲った正当な権利だが、彼女的には恵んでもらった券である。


「ほら!彼氏も引け!」

「だから彼氏じゃねっつの」


 また軽口ついでに急かされるまま彼もガラガラを回せば、白玉が二つに、続いて一つの赤玉。

 放心する二人を他所に、おじさんがハンドベルを鳴らす。


「一等〜!一等〜!温泉旅行!温泉旅行!……特賞じゃねぇが、ほんとに引くもんかよ」

「いや、なんか……すんません」


 引かせたおじさんもドン引きである。




 帰りの会話も、すごいな、運がいいわね、と十円玉でも拾った小学生の如く中身のないもので、元々遠くない商店街から気付けばあっという間に彼の家。


 降って沸いた幸運への気疲れからか。食料を冷蔵庫に入れてしまえば他に何もせず、二人とも黙ってソファで脱力していた。


 テーブルの上には、二枚の旅行券が斜陽のスポットライトを浴びている。


 帰り道で出なかった結論。誰と誰がこのチケットを消費するか、そこで話が詰まったままの彼らであった。



「さて……」

「……で、どうするのよ」


 チケットに記載の期日では、例えば彼の両親は仕事の都合をつけるのが難しいと、カレンダーを見て知っている。共働きで、まとまった休みはおろか帰宅の時間さえ急な変動がある両親だ。

 有給を使えないこともないだろうが、仕事が好きな両親だからな、と彼は一人ごちる。そもそも休みが取れれば好きなタイミングで勝手に息子を置いて旅行に行くこともある両親だ。放っておいて問題ないだろう。


「持ってくか?」

「冗談。流石に受け取れないわよ」


 彼の家族に比べればまだ彼女の一家の方が都合は付きやすい。しかし元は彼の買い物の福引券、チケットに視線が吸い寄せられても分別は弁える彼女である。勿論期待するだけタダなので、内心は欲望まみれである。

 そんな彼女の様子にも気付かないほど、彼も彼とて誰をどう誘うかで頭の中はいっぱいである。


「一緒に連れてく恋人なんかいないのかしら」

「嫌味なら一等だな」

「私もいないんだからおあいこでしょ」

「モテる独り身と非モテの独り身じゃ違うだろ」

「せめて友達くらいいるわよね」

「流石にいるが、とは言ってもだ」


 これといって誘う誰か一人を限定するのも難しい。

 基本的には人当たりのいい彼であるが、逆に言えば特定の親友がいるという訳でもなく、当然彼女などもいるわけがない。

 どちらも原因は大抵目の前の彼女のせいなのだが、あまりに空き時間を共に過ごすパターンが多過ぎる。彼女は彼がいてもモテるが、少なくとも彼の虫避けとして彼女は有効的に機能しすぎていた。


 逆に言えば、彼にとって一番近い存在といえば彼女しか思い当たらない。

 そして先ほどからどう誘おうかと考えている存在も。


「なぁ」

「……何よ」

「行くか?一緒に」

「〜〜っ、大露天内風呂付き二泊三日各二色付ペア宿泊券……うぅ」

「足も出るから、学生でも行けるぞ」

「……そこじゃなくって。男女よ、一応」

「だが他に近しい奴もいない」

「恋人ならともかく、ただの幼馴染じゃない」

「まずいか、流石に」

「でしょ」

「そうか……」


 再び悩み込む彼。


 反射的に断ってしまった彼女だが、お互いの立場を考えれば間違った選択ではない。

 幼い頃は裸も見たことがあるくらい、なんならアルバムを開けばお互い当時の裸体くらい写ってそうなものだが、現在は難しいお年頃。大露天のある人気温泉旅館で、さらに部屋でのんびり入れる内風呂や料理も付いてるとなれば極楽この上ないだろう。しかし同室に寝る、まして薄戸の向こうで入浴している可能性があるとなれば極楽を上回る羞恥が彼女にはある。そして浅はかかな、同じだけの期待も抱いてしまう。

 そして二泊なら、最低一日は学校も一緒に休まなければならない。噂にもなるだろう。

 というかその辺何も考えとらんのかこの男は、と思わないでもないが、よく考えたらあまり考えない男かもしれない。

 だが掴みどころがないなりに、気づけばいつも自分に寄り添って大事に扱ってくれるところが……なんて、誘いは断ったくせに彼女の思考はトリップしている。


 対する彼も彼で、密かに彼女に断られたことにショックを受けていた。

 自他共に認める、明らかに最も距離感の近い彼女である。誘える相手、ではなく誘いたい相手、である。正直幼馴染の彼女に断られたら本格的に誘う相手が思いつかない。

 彼女が心配するほど節操ないと思われているのだろうかと、少し自らを省みていた。夕飯を作ってくれと自宅に連れ込んでいる。節操はないかもしれない。

 開き直る彼であった。

 そんな幼馴染として分かりやすい、男女としては分かり辛い態度だから彼女もいつまでも片想いの誤認を正せない。


「そうなると、本格的に、参った。やっぱり持ってかないか?」

「せめてあなたが誰か適当な男子でも誘いなさいよ。決まらないなら、先にカレー作っちゃうわね」


 言うが早いか、制服のまま台所に立つ彼女。その行動が、冷静になって生まれた、即答で誘いを断ってしまったことへの後悔からであることを彼は知る由もない。



 制服の彼女の手料理という、夢のように家庭的な光景をぼーっと眺める彼は、ふと、思い付くことがあった。

 幼馴染というよりかは。


「通い妻」

「なんてっ?」


 何も考えず出たぼそっと呟いた言葉。しかし状況的には正しくその通り。余程の関係でなければこんな状況は起こりえないことくらい、彼も理解している。

 咄嗟の台詞に、まな板の上の野菜も飛び跳ねた。


「何でもない。何もしてない割に、出来た幼馴染がいて果報者だと思っただけだ」

「……してないわけじゃないでしょう」

「そうか?」

「いつも付き合ってくれるじゃない」


 それもそうかと納得する部分もある。

 しかし。


「お互い様だろう」


 彼女だって彼に付き合わされることもある。

 それに加えて、こうして手料理まで。胃袋を掴まれるほど世話になっている。


「やっぱり、何かお前に労わないといけない気はするんだ」

「でも流石に幼馴染だからって温泉旅行は重いわよ」


 言いながら沈む彼女である。余計なことを言わずに乗っかればいいのに。

 そして彼も、労いたいという想いは本心。ただ、それ以上に常々思っていることもある。


「なぁ」

「何よ」

「考えたんだが、やっぱり男女の幼馴染ってのがマズいわけだ」

「……そうね」

「そして俺には他に誘う恋人も、友達もいない」

「自分で言って惨めにならない?」

「なる」

「なんだか私まで悲しいじゃない」


 玉葱を切って、涙を流すフリをする彼女。


「そこで、色々と解決する案はあるんだ」


 彼は少し格好をつけて言う。

 彼女も、そんな都合のいい話があるものかと、手を動かしながら生返事で彼の言葉に耳を傾ける。失敗を帳消しにするため、手元で愛情を込めるのに精一杯である。



「幼馴染じゃなくて、恋人として誘えばよくないか?」

「幼馴染でしょ」

「今は幼馴染だな」

「新しく作るの?」

「……それは流石に察しが悪くないか?」

「だって……え?」


 顔を上げれば、彼はリビングのソファではなく、台所の彼女の横にいた。

 何やら溜息を吐きながら、少し真面目な顔をしている。

 そこに至って彼女も、彼の意図にようやく気が付いた。何となく包丁を置き、火を止める。


「……味見はまだよ」

「お前のカレーが美味いのは味見しなくても知ってるよ」

「待ってて小腹でも空いた?」

「そうだな、そうかも」

「ちょっと待ってね……冷蔵庫に何かあったかしら」


 彼女は逃げ出したくなって、というより今の顔を見せるのが恥ずかしくて後ろを向くが、案の定お腹を空かせた彼に捕まえられる。

 彼も、彼女が抜け出さないことは分かっていた。


「お、美味しくないわよ」

「だから味見するんだろう」

「冷えてないし」

「むしろ熱いな」

「ま、まだ食べ頃じゃない!」

「何年寝かせたと思ってるんだ」

「〜〜ッ!味見だけ!味見だけね!」

「勿論。これから先、旅行もあるしな。イエスでいいのか?」


 答えることはせず、回された彼の腕にぎゅぅと手を添える彼女。離そうとはしない、むしろ抱え込もうとしている。

 普段は強気なくせにその態度がいじらしく、彼も回した腕の中の存在の愛おしさを噛み締めていた。


 そういえばお互いの指す味見がどの程度の意味かは分からない。しかし、分からないことは二人で確かめればいいだろう。



 カレーを食べる前で良かったと考えていたのは、二人とも間違いがなかった。





 その後、恋人が作るカレーライスも美味であったのは、言うまでもない。

以前書いた話のオムニバスになるのでしょうか。見てね。

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