第262話『早急』
フライスコーピオ。
シャロンが軽く説明していた通り、エスティカ大陸全域の森に生息する蠍である。背中に翅が生えており、空を飛ぶことも可能だ。木の上で、葉っぱを集めて巣を作り、太陽が出ている時はそこで過ごす。
そんなフライスコーピオであるが、蠍である以上、当然毒を持っている。人を死に至らしめる程では無いが、全身が麻痺して動けなくなる程度には強力だ。
最も、今シャロン達と戦うフライスコーピオ種レイパーが持つ毒は、それとは比較にならない程強力なのは明白だろう。そうで無くとも、尻尾の針は太く、長く、貫かれればショック死は免れない。
シャロンは顎門を開き、エネルギーを集中させると、フラフラと空中を飛び回るレイパーへと雷のブレスを放つが、レイパーはくるりと横に一回転して攻撃を回避してしまう。
そしてお返しと言わんばかりに、シャロンの方へと尻尾を勢いよく伸ばしてくる。
尻尾の先の針がギラリと光り、シャロンの喉元へと迫るが、シャロンは身を反らしてその攻撃を躱し、直後、一気に敵へと接近。
そのまま爪でレイパーに攻撃しようとするが、
「――っ?」
シャロンが腕を振り上げた隙を狙い、レイパーの鋏が彼女の腹部へと叩きつけられてしまう。
吹っ飛ばされるシャロン。
だがそんな中、シャロンの左足のアンクレットが光を放ち、両腕の周りに全部で十二湖の雷球が出現する。
シャロンのアーツ、『誘引迅雷』だ。
雷球から電流が迸り繋がると、一本の太い鞭のようになり、レイパーへと飛ばして巻き付ける。
レイパーの体は雨で濡れている。誘引迅雷は補助用のアーツのため、電流はそこまで強くないものの、この状況なら話は別。
「ッ!」
激しいスパークを発生させながら、レイパーは感電。
体を震わせるレイパーに、このまま倒せるかもしれないと期待するシャロン。
だが、
「何っ?」
レイパーは体を震わせながらも尻尾を振り回す。
感電していては、針でシャロンを突き刺すようなことは難しい。
それでもテールスマッシュを放つことくらいは出来る。
しかし、だ。
「ふんっ!」
一瞬面食らったものの、所詮は闇雲に放たれた一撃だ。受け止めるのは容易。
敵の体に巻き付けていた電流の鞭を解くと、シャロンは尻尾を掴み――振り回して、地面に向けて投げ飛ばす。
仰向けに地面に叩きつけられるレイパー。
轟音と共にクレーターが出来上がり、その中心で痙攣する。
それでもレイパーが何とか体を起こした、その瞬間。
「はぁァッ!」
レイパーへと、志愛が飛び掛かる。
手に持っているのは、棍。先端が虎の頭の形状になっており、紫色の水晶を咥えている。
志愛のアーツ『跳烙印・躍櫛』だ。
スキル『脚腕変換』も使い、ジャンプした時に足に加わった衝撃を、腕力へと変換。
そのまま敵の体に強烈な一撃を叩き込もう……そのつもりだったのだが、
「何ッ?」
レイパーは鋏を振り上げ、志愛の棍を受け止めると、あっという間に圧し折ってしまった。
さらにもう片方の鋏を志愛に叩きつけてくる。志愛は折れた棍でそれを防ごうとするが、敵のパワーに負け、吹っ飛ばされてしまった。
しかし。
「マ……負けなイッ!」
志愛はすぐに立ちあがると、近くに落ちていた木の枝を拾い、跳烙印・躍櫛へと変化させる。
そして、レイパーの尻尾の一撃を躱しつつ、一気に接近。
再び放たれた鋏の攻撃も潜り抜け、敵の頭部に、スキルも乗っけた強烈な一撃を、今度こそ叩き込んだ。
浮かび上がる、紫色の刻印。
だが、
「グッ……こノ……!」
レイパーが気合を入れるように鋏と尻尾を振り上げると、その刻印が消えてしまう。
その刹那、
「クォン! そこから離れよ!」
その声が届いた直後、レイパーの尻尾に雷が落ちる。
シャロンの体の周りには、雷のリング。落雷は、彼女の能力によるものだ。
志愛に気を取られている隙に雷雲を創り出し、攻撃をしたのである。
そのまま感電させて倒そうとするシャロン。
しかし――レイパーも、何度も電流を浴びせられれば、学習する。
「何じゃとっ?」
レイパーが尻尾を地面に突き刺し、地面に電流を逃がしたのを見て、シャロンは驚愕の声を上げる。
雨に濡れた状態にも拘わらず感電死しないところを見ても、どうにもこのレイパーは電気に強いようだ。
すると、愛理が小さく唸ってから、口を開く。
「あの尻尾が厄介だな……! 権! あの尻尾は、私が何とかする!」
「愛理ッ? いヤ、だけド……!」
志愛が、愛理とレイパーを交互に見て、どもる。
どうするつもりか分からないが、どうするにせよ、非常に危険だ。
それでも、愛理は首を横に振る。
誰かが何とかしなければならないのだ。
「奴が尻尾で攻撃してきた時がチャンスだ! 権は巻き添えにならないように、奴の側に行け!」
「グッ……いヤ、でモ……」
「早くしろ! ――っ! 来るぞ!」
電流を全て地面に流し、レイパーは尻尾を抜く。
そして、愛理へと狙いを定め、尻尾を伸ばしてきた。
もう、悩んでいる時間は無い。志愛は「すまなイ!」と言いながら、愛理の言う通りに走り出す。
尻尾は志愛を無視し、そのまま愛理へ。
志愛とシャロンが、息を呑む。
愛理は刀型アーツ『朧月下』を振りかざし、意識を集中させていた。
(すぐに避けては駄目だ! 引き付けて、引き付けて……よし!)
愛理が僅かに自分の位置をずらしたのは、尻尾の先の針が、眼前まで迫っていた時。
最小限の動きで敵の攻撃を躱し、そして――
「ここだっ!」
針の付け根の部分目掛け、勢いよく刀を振り下ろす。
しっかりと意識を高めていたからだろう。
刀は、僅かな抵抗も感じさせず、レイパーの尻尾の針を、スッパリと斬り裂いた。
(先端の針が無ければ、突き刺すことも出来ないだろう!)
斬られた部分から緑色の血を撒き散らし、もがき苦しむレイパーに、愛理は心の中でそう叫ぶ。
すると、
「うぉっトッ!」
「権!」
志愛が、大きくバックステップして、愛理の近くへと着地した。
もがいた時に鋏を振り回しており、それを躱したのだ。
尻尾は何とかしたが、これでは敵に近づけない。
どうする……二人がそう思った、その時だ。
突如、空から電流の網が降って来て、レイパーを捕らえる。
そしてその直後、シャロンがレイパーに圧し掛かり、敵の鋏や翅を腕や腹で押さえつけた。
尻尾が無ければ、刺されることは無い。こいつがどれだけ強力な毒を持っていようが、関係無い。
誘引迅雷で創った電流の網と、シャロン自身の拘束。
これで、多少は動きを封じられる。
「今じゃ、二人とも!」
「愛理ッ! 一緒ニ!」
「ああっ!」
シャロンが押さえつけている、ここが最大のチャンスだ。
志愛と愛理が、棍と刀を構え、シャロンに押さえつけられているレイパーへと、同時に飛び掛かる。
狙うは、一度志愛が突きを入れた頭部。
「はぁぁぁあっ!」
「ハァッ!」
二人が声を合わせ、同時にレイパーへと、斬撃と突きを放つ。
尻尾を斬られて血を失い、電流の網やシャロンの体重で体力を消耗しているレイパー。
先程は効かなかった攻撃も、今なら効果がある。
愛理の斬撃が敵の皮膚に傷を付け、志愛の突きがさかさずそこに直撃。
紫色の線で描かれた虎の刻印は、さっきよりもずっとくっきり、はっきりと浮かび上がっている。
その刻印が一層光を強めるのと、シャロンがレイパーから離れるのは同時。
その直後、フライスコーピオ種レイパーは、爆発四散するのだった。
「よシ! 倒しタ! ――愛理?」
何とか敵を倒したことに、ホッと胸を撫で下ろした志愛だが、愛理の顔が険しいままなことに気が付き、怪訝な顔をする。
愛理はチラリと街の中心――ラージ級人工種ドラゴン科レイパーがいる方だ――に目を向けると、口を開く。
「ガルディアルさん。奴から漂う、サルモコカイアの香りはやはり……」
「……うむ。奴の体に注入される度に、僅かではあるが強まっておる。特に注入された直後は、広範囲に匂いが広がる感じがするの」
「…………」
シャロンの言葉に、愛理は目を閉じて唸る。
頭に浮かぶのは、別の敵……人工種ドラゴン科レイパーがラージ級へと肥大し、その場を離れた時に見た、あの人工レイパーの姿。
(奴か葛城か……どちらを優先させるにしても、苦しい戦いになる。だが、それでも――)
迷っている暇は無い。
ULフォンを起動させ、優に電話を掛ける愛理。
ワンコールで、彼女は出る。
『愛理っ? どうしたのっ?』
「相模原! 君に頼みがある! 急いで、あのカバのような人工レイパーを探して倒してくれ! 君の力が必要だ!」
『そりゃいいけど、でもこっちだって――』
「すまないが早急で頼む! 奴はまだ、サルモコカイアの廃液を持っていた! それが注入された注射器を持っているんだ! それが原因で、別のレイパーが寄ってきている! 今、新手を一体倒したところだ!」
ラージ級人工種ドラゴン科レイパーが暴れていて、そちらに対処しなければいけないのは分かる。
だが、レイパーを誘き寄せるものを持っている奴を放置するわけにはいかない。
この状況で、次々と現れる新手に対処していたら、間違いなく全滅するのだ。
「奴はパワーがある! 顎の力は、人間の体を噛み砕く程だ! 近接戦は不利だ! 遠距離から奴を狙撃してくれっ!」
切羽詰まった愛理の言葉。
電話の向こうで、優は頷くのだった。
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