第159話『獣魔』
雅達に追い詰められ、巨大な怪物……ラージ級魔獣種レイパーへと変身したレイパー。
姿を変えたことで余裕が戻ったのか、口元を歪め、不気味な笑みを浮かべていた。
胸元には傷。
魔王種レイパーだった頃に雅がつけ、その後二度にわたって皆から強烈な攻撃を受けていた部分だ。
雅達は知っている。この化け物に生半可な攻撃は効かないが、あの傷に攻撃を当てられれば、明確にダメージを受けることを。
傷は大きい。敵に近づけさえすれば、弱所に攻撃を当てるのは容易だろう。
しかし雅達の顔の険しさが、『敵に近づく』という行為の困難さを表していた。
「皆! 止まらないで! 止まっていては攻撃の的になる!」
ミカエルはそう叫びながら自身のスキル『マナ・イマージェンス』を発動して魔力を回復させ、杖型アーツ『限界無き夢』を振って空中に無数の赤い板を出現させる。
これは足場だ。かつて天空島でこのレイパーと戦った時にも使った魔法である。
レイパーの四本ある内の一本の腕が大きく後ろにひかれ、一瞬の間をおいてから、ミカエルへと一気に拳が放たれる。
空気を裂く様な音と、赤い足場を砕く音と共に迫る、レイパーの強力な正拳突き。
「先生!」
だがあわや拳が直撃するといったその刹那、間一髪のところでファムの救出が間に合う。
「真衣華ちゃん! これ!」
「ありがと!」
雅がスキル『鏡映し』を発動して百花繚乱をコピーすると、今増やした方の百花繚乱を真衣華に投げつける。
何を意図しているのか、真衣華にはすぐに分かった。
真衣華の手には、二本の斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』。片方は自身のスキルで複製したものだ。
投げられたコピー百花繚乱が空中で二つに割れ、翼となるようにコピーフォートラクス・ヴァーミリアの左右にくっつき、舞い上がった。
レイパーは四つの手の平を天井に向けると、そこに巨大な黒い弾が出現し――それが破裂し、小さな球体となって雅達へと襲いかかる。
球体を避けようと焦る雅達へと、レイパーは腕を振り回してきた。ラリアットだ。
「あの野郎! あんな技も出来たのかよ!」
「ファルトさん! 来ますわよ!」
「っ! キララ! 背中乗れ!」
やって来るラリアット。セリスティアは希羅々を背負うと、スキル『跳躍強化』を発動させて高く跳ぶ。
しかし空中の足場に着地した瞬間、二人に向かって黒い球体が飛んでくる。
防御は間に合わない。襲ってくるであろう衝撃に、二人が歯を食いしばった、その瞬間。
桃色のエネルギー弾と、白い矢型のエネルギー弾がそれぞれ三発黒い球体に直撃し、相殺される。
雅と優の狙撃だ。二人が板の上に乗り、セリスティアと希羅々を助けたのだ。
だが――
「ミヤビ! ユウ! 後ろだ!」
そんな二人の背後から、ラリアットが迫る。
セリスティアの警告で身の危険を悟った二人は、慌てて板から飛び降りる。
落下していく二人を途中で竜の姿になったシャロンが空中で広い、無数の黒い球体とラリアットを躱していく。
「シャロンさん、ありがとうございます!」
「礼には及ばん! ……まだ来るぞ!」
飛び回るシャロンの逃げ場を塞ぐようにやって来る、黒い球体。
雅と優がアーツを構えるが、その数の多さに顔を強張らせる。
しかしその時、十人以上のライナが現れ、球体の盾となる。
黒い球体を相殺しながら消えていく、分身ライナ。
遠くには、雅と真衣華の合体アーツに掴まり、縦横無尽に空を飛び回るライナが三人に視線を向けていた。
雅はライナの視線に気がついたようで、シャロンの背に乗りながらサムズアップをしてみせる。
そんな彼女に、ライナは一瞬笑みを浮かべ――すぐに真剣な顔で魔獣種レイパーの方を見た。
隙あらば傷口に分身ライナを向かわせているが、無数のエネルギー弾の前に次々と分身を破壊され、傷に近づくこと叶わず。
このままでは先に力尽きるのはこちらだ。
どこかで反撃に転じなければ……と、そんなことを考えていたからだろう。
気が付けば、ライナの横からレイパーのラリアットが迫っていた。
慌てて三十人もの分身ライナを出して、彼女達を盾にして少しでも逃げる時間を稼ごうとしたが、一向に攻撃の勢いが弱まる気配が無い。
ヤバい……とライナの顔が青褪めた、その瞬間。
襲いかかる腕の側面に、レーゼ、志愛、愛理の三人が同時にアーツを叩きつけ、軌道を逸らす。
かち上げられた腕は、ライナと合体アーツの頭上を通過。
その際の風圧でライナは合体アーツから手を離してしまうが、そんな彼女を空中でファムがキャッチする。
さらに彼女達に迫る、七発の黒い球体。
どこからともなくやって来た、ミカエルの火球がそれらに命中し、爆音と共に相殺させた。
「ライナ! 怪我ない?」
「う、うん! ありがとうファムちゃん!」
「っ! あいつ、今度はまた何かやる気よ!」
ミカエルが杖をレイパーに向けたまま、険しい顔を崩さず叫ぶ。
見れば、レイパーの手の平には黒いエネルギーが集まっていた。
そのエネルギーが変形し、武器へと変わる。以前『StylishArts』で戦った時に見せた、武器生成能力だ。
その際は全長二十メートルの剣だけだったが、今回は刃渡り五メートル程もある両刃斧も創り出す。
二本の大剣と、二本の両刃斧を手に、咆哮を上げるレイパー。
さらにレイパーの頭上に、黒いエネルギーで出来た、直径二メートル程のリングが二十個出現する。大木すら容易に切り倒してしまう程の切断性を持ったリングだ。
それらを雅達へと放ちながら、剣と斧を振り回してくるレイパー。
我武者羅に振り回される斧に、雅と真衣華の合体アーツが命中し――粉々に砕けて消えてしまう。
コピーアーツとはいえ、あっさりアーツが破壊されたことに顔を強張らせる雅達。真衣華だけは、ギリっと奥歯を鳴らす。
シャロンは剣と斧の嵐を搔い潜りながら顎門を広げ、エネルギーを集中させる。
そして一気に雷のブレスを放ち、リングの大半を消滅させた。
そんなシャロンの前から、レイパーの剣が迫る。
「タバネ! サガミハラ! 降りよ!」
「え、ちょ?」
「シャロンさんっ?」
この一撃は避けられない。そう悟ったシャロンは半ば背中から振り落とすように二人を逃がし、刃を食いしばってその剣の一撃を体で受ける。
シャロンの口から溢れ出す血。それでもシャロンの強靭な肉体は、今の攻撃に耐えていた。
しかしそんなシャロンに、残りのリングが襲いかかってくる。
いかに竜の鱗が頑丈とはいえ、このままではシャロンの体がバラバラに切り刻まれてしまうだろう。
だが、そうはならなかった。
突如巨大な剣――百花繚乱の形をしていた――が出現し、リングを全て破壊したのだ。
先程落下した雅が、空中の板に着地し、百花繚乱をシャロンの方へと突き出していた。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』を発動させたのである。巨大な剣を召喚し、敵にぶつける攻撃的なスキルだ。
「シャロン! 人間に戻れ!」
どこからともなく聞こえてくるその声のままに、シャロンは人間態に戻った刹那、下方向からセリスティアが跳んできて、彼女を捕まえる。
そんなセリスティア目掛け、レイパーは斧を振り下ろしたその瞬間。
轟音と共に巨大なレイピアと炎のレーザーが飛んできて、レイパーの持っている武器を全て破壊した。
今度は希羅々がスキルを、ミカエルが魔法を放ったのだ。
そして、レイパーの放っていた黒いリングも、武器も全て無くなったこのタイミング。
ここが好機だ。
ファムに抱えられた志愛が、棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』を構えてレイパーの死角から胸の傷口へと向かっていた。
同じく、愛理もレイパーの攻撃を潜り抜け、巨体を駆け上り傷口へと到達する。
希羅々もミカエルも三人のその動きに気が付いていたので、敵の気を逸らす意味でも敢えてこのタイミングで大技を使ったのだ。
だが、実はレイパーも三人の存在には気が付いている。
気が付いた上で、三人が一ヶ所に集まる瞬間を待っていたのだ。
ファム達が、レイパーが自分達の動きに気が付いていると分かった時には、もう遅い。
レイパーの拳が、彼女達に迫る。
ヤバい……と思った、その時。
三十人近くの分身ライナが壁となり、拳を真正面から受け止め消滅する。
それでも僅かに攻撃速度が鈍り、それにより三人の回避が間に合ったが、拳圧に耐えられず、吹っ飛ばされてしまう。
「うぉぉおっ? ぐっ?」
地面へと落下していく愛理。しかし途中で空中に赤い円盤が出現し、彼女を受け止める。
「アイリちゃん! 大丈夫っ?」
「だ、大丈夫です、アストラムさん! ……っ! 皆、危ない!」
円盤から床を見下ろす愛理が、血相を変える。
地面には無数の小さな魔法陣が描かれていた。
それが何かを理解するより早く、魔法陣の中心から天井へとレーザーが吹き上がる。
必死で逃げ回る雅達。
何度もレーザーを直撃しそうになりながらも、互いが互いの動きを助けながら、誰一人欠けることなくその攻撃を凌ぎ切る。
だが、回避に集中していた雅達は、攻撃が止んだところで敵の狙いにようやく気が付いた。
先程の攻撃は自分達を殺すためでは無く、自分達を誘導するためのものだった、と。
気が付けば、雅達は一ヶ所に固まっていた。
さらに彼女達の逃げ場を無くすように、周りを囲むように魔法陣が出現。
レーザーが発射されると共に、雅達へと目掛けてレイパーは拳を放つ。
「みんな、私の周りに!」
「こんのぉ!」
ミカエルが指示を飛ばすと共に、空中に五枚の星型の板を展開。それを回転させてエネルギーを集中させ、レーザーを放って拳を迎え撃つが、敵の攻撃の勢いは衰えず。
優が我武者羅に矢型エネルギー弾を連発するが、効果は薄い。
ファムと雅が羽根とエネルギー弾を拳に叩きつけるが無駄だ。
分身ライナを大量に創り出し、壁にするが結果は変わらず。
攻撃が命中する直前にミカエルが分厚い炎の壁を創り出し、それと拳が衝突してようやく僅かに威力が殺された。
魔法陣のレーザーが消えるのと、拳が全員に衝突するのは同時。
その衝撃の前に、全員が悲鳴を上げながら吹っ飛ばされる。
地面に転がる雅達を見て、レイパーはニヤリと笑い、口を開く。
「ラコリノネテ、サヤナルタデバムユケヒニンアル」
そう言った瞬間、ラージ級魔獣種レイパーの体が光り輝くのだった。
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