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第153話『幻魔』

 一方、最初に転移させられた雅と優は――


「わっ?」

「きゃっ!」


 どこかに飛ばされたと思ったら、突然目の前にアスファルトが映り、何が何やらと考える間もなく、体に強い衝撃が走る。


 痛む体を擦りながら起き上がり、そこでようやく、自分達が地面に叩き付けられたのだと分かった。


 そして辺りを見回し……眉を寄せる。


「あれ? ここは……新潟かな?」

「何か、見覚えがありますね……」


 ビルやマンションがいくらか建っているものの、閑散とした通り。


 馴染みのある風景に、少なくとも新潟県内のどこかであるのは間違いない。


 想像もしていなかった転移先に、雅も優も呆気に取られる。


 そしてそう遠くない過去に、雅はこの風景を見た記憶があった。


 どこだったか……と頭を悩ませていた、その時だ。




「あわわわわ! 走ると危ないですよぉ!」




 呆れるほどに、聞き覚えのある声。


 何となく背筋がぞわりとして、雅も優も顔を見合わせる。


 恐る恐る声のする方向に近づき、物影からこっそり様子を伺って――息を呑んだ。


 そこにいたのは、桃色の髪の少女と、黒髪サイドテールの少女。近くには男性が二人いる。


 桃色の髪の少女は、小さな女の子を追いかけていた。




 間違いなく束音雅と相模原優だった。




「……そうだ、ここ、女の子を助けて職質された時の場所!」


 異世界に転移する直前。雅が高校の入学式に向かっていた時、迷子の女の子を見つけた場所がここだったのだ。


 先の声は、女の子が父親を見つけて走り出し、それを雅が追いかけた時に発せられたものである。


「ちょ、みーちゃん! これってどういうことよ? 私達、タイムスリップでもしたわけ? 何で私達がもう一人いるの?」

「わ、分かりません……! あっ!」


 困惑している最中、雅は目撃する。


 雅が追いかけていた少女が、首を吊られて空中に浮いたところを。


 直後、もう一人の自分達の首に、何やら白い糸が巻き付いた。


 ここで人型種蜘蛛科レイパーの襲撃に遭ったのだ。


 雅達の記憶通りなら、ここで二人が首に巻きついた糸に気が付き、抵抗するはずだった……のだが。


「……えっ?」


 驚いたことに、三人は腕をだらんとさせたまま、無抵抗に宙に吊り上げられる。


 さらに――


「うっ!」

「ひっ!」


 吊り上げられたもう一人の自分達の首が、糸でギリギリ締め上げられ……ついに、ブチブチと肉の切れる音と共に、鮮血を撒き散らしながら切断されてしまう。


 乱暴に地面に落ちた三人の頭と体。


 愕然としていると、頭がゴロゴロと、不自然にこちらにやって来る。


 青い顔で、まだ生きている雅と優が一歩後ずさった、その時だ。


「っ!」


 雅の脳裏に、白黒の映像が流れ込んでくる。


 自分達が、背後から黒い手に貫かれる、そんな映像。


 雅の『共感(シンパシー)』により、ノルンのスキル『未来視』が発動したのだ。


「さがみん危ない!」

「みーちゃんっ?」


 雅が咄嗟に優の体を抱いて横っ飛びする。


 さらに、呆気に取られている優に視線で合図を送った。


 混乱する頭の中、優も雅の意図を読み取り、メカメカしい弓――優のアーツ『霞』だ――を出すと、不安定な体勢のまま、今まで自分達がいた場所に、我武者羅に二発、三発と白い矢型のエネルギー弾を放つ。


 直後、エネルギー弾が何かに直撃し、弾ける音が響き、辺りの光景が一気に消えていった。




 新たに現れたのは、周りを茶色い壁で囲まれた、二十畳程の広さの部屋と――人型の、真っ黒い化け物。




 レイパーだ。


 そいつは腹部を押さえて片膝をついており、手の隙間からは緑色の血が流れている。


 先のエネルギー弾はこのレイパーに命中したのだと知る二人。


「何こいつっ? ここはっ?」

「きっと、今までのは全部こいつが見せていた幻です!」


 蹲っていたレイパーは立ち上がると、気合を入れるような声を上げた。


 すると、傷がみるみる内に塞がっていく。


「ライタビヤリレユングウナソノレヘノンヌオゾ! ラカヘアレ! ロレニテトッニンウ!」


 レイパーはそう言って、ニヤリと笑った。


 身長二メートル程であり、頭には小さな角。背中からは黒い羽根が生えている。まるで悪魔のような見た目だ。


 分類は『ディアボロス種レイパー』と言ったところか。


 レイパーは雅達へと手を向けると、そこから直径一メートル程の黒い球体を放つ。


 実はこの球体はドローンを襲った技。最も、それを直接見ていなかった雅達は知る由も無いが。


 雅は百花繚乱を出して柄を曲げ、ライフルモードにすると、優と一緒に球体へとエネルギー弾を放って相殺する。


「さがみん! 援護お願いします!」

「任せて!」


 雅は剣銃両用アーツ『百花繚乱』を出すと、レイパーへと向かって地面を蹴り、一気に近づく。


 レイパーはバックステップで雅から離れつつ、手の平を彼女に向けて十発の黒い球体を放った。


 三発は優が狙撃し、軌道を逸らす。残りは雅が躱しつつ、敵に近づいていく。


 だが、


「くっ!」


 躱したはずの球体の後ろからレイパーが姿を見せ、雅へと殴りかかってきたのだ。


 大量の球体で身を隠し、雅の隙を突いたというわけである。


 咄嗟に百花繚乱で防御したものの、雅は吹っ飛ばされ、地面に転がった。


 レイパーは次に優の方へ六発の黒い球体を放ちながら、彼女の方へと接近していく。


 優はすぅーっと息を吸いながら、球体の攻撃の軌道を読み、上手く白い矢型のエネルギー弾を当てて球体の軌道を逸らし、最小限の動きで全ての球体を捌ききる。


 さらに、


「はっ!」


 球体を囮にして上手く優の背後に近づいていたレイパーの存在にもきちんと気が付いていた優は、敵が攻撃するより早く振り向き、がら空きの腹部にエネルギー弾を叩きこんだ。


 優のスキル『死角強打』の効果も乗り、威力の上がったその一撃は、レイパーを大きく吹っ飛ばす。


 ヨロリと起き上がったレイパーだが、その視界に映ったのは、雅が百花繚乱を振り上げていた姿。


 先程の優とレイパーとの攻防の間に、彼女はレイパーへと近づいてきていたのだ。


 横に力一杯に放たれた一閃を、レイパーは辛うじて状態を後ろに反らして回避するが、直後、脇腹に衝撃が走る。優の放った、エネルギー弾だ。


 怯んだレイパーのボディに、雅はアッパーのように下から上に剣を振り上げ、強烈な斬撃を叩きこんで敵を大きく吹っ飛ばした。


「さがみん! いきますよ!」

「分かってるわ! みーちゃん!」


 雅の提案は予想していた優は、既に彼女の元へと駆け寄っていた。


 優が霞を構え、雅が百花繚乱を矢のように番える。


 弦を引くと同時に、白く輝く雅の百花繚乱。


 そして起き上がろうとしているレイパー目掛けて、百花繚乱を放った。


 真っ直ぐ飛んでいった百花繚乱は、正確にレイパーの胸のど真ん中を貫き――悲鳴を上げる前に、ディアボロス種レイパーは爆発四散するのだった。




 ***




 戦闘が終わり、ホッとするのも束の間――優が、雅を抱きしめる。


「さ、さがみん? ……まぁ、あの光景はショッキングでしたしね……」

「あー、いや。そうじゃ無いのよ」

「あれ?」


 てっきりレイパーの見せてきた光景の、自分達が殺されたシーンで負った心の傷を癒すための行為だと思っていた雅は、拍子抜けしたような声を出す。


「……あれ見たら、何か思い出しちゃって。みーちゃんがいなくなった時のこと。でも、今回はここにいる。今度はみーちゃんを、私の手の届かないところになんか連れていかせなかった。そう思ったら……なんか、さ」


 無償に親友の温もりを感じたくなった……そう言おうとした優だが、言おうとした瞬間に恥ずかしくなって、そこで言葉を止める。


「……大丈夫。私はもう、勝手にどこかへ行ったりしません。ずっと、さがみんの側にいますから……」

「うん。そうしろ。――っと、はい。もうオーケー! ごめんねみーちゃん」


 そろそろ抱きついたままの状態すらも恥ずかしくなってきた優は、雅を突き飛ばすように解放する。


「もう。もっと抱きついていても良かったんですよー?」

「うっさい。そんなことより、ここ、やっぱり塔の中なんだよね?」

「ええ。確証は無いけど、そんな気がします」


 二人は辺りを見回す。茶色の壁だらけで、右手の壁には通路があった。


「あのレイパー。なんであんな幻影を見せてきたんだろう?」

「多分、私達が幻影に気を取られている間に殺すつもりだったんだと思います。でも危なかった……ノルンちゃんのスキルが無かったら、殺されていましたよ、私達」

「無事に戻ったらノルンにお礼言わないとだね」


 もしノルンのスキルが発動していなかったらと思うと、二人の背筋が寒くなる。


 しかし一方で、


「あのスキル、本当は魔王みたいな奴と戦う時まで温存しておきたかったんですけどね……」

「贅沢言わない。まぁ、気持ちは分かるけどさ」


 同じスキルは一日に一回しか使えないのが、雅の『共感(シンパシー)』の欠点だ。


 自分の意思で発動出来るスキルでは無いが、敵の奇襲を回避するのに非常に役立つスキルなので、ここで消費してしまったのは非常に痛かった。


「……行きましょう。きっとレーゼさん達、私達がいなくなって慌てているはずです」

「何とかして外に出ないと、だね。ULフォンは……まぁ、使えないか」


 ウィンドウは出せても、通信環境が悪く、誰かにメッセージを送ることが出来ないことを知った優は、少しだけ落胆する。


「……みーちゃん、行こう。ここでジッとしていても始まらないし」

「ええ。何としてでも、皆と合流しなきゃ!」


 二人は頷き合うと、手を繋ぎ、通路の奥へと進んでいくのだった。

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