表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第2章 セントラベルグ
19/639

第2章幕間

 雅がセリスティアと別れた頃。雅が元いた世界にて。暦の上では五月も下旬に差しかかった、とある休日の昼下がり。


 新潟市中央区の、白山神社の近くにある芸術文化会館。


 その建物の中にあるカフェで、三つ編みの女子高生が、珈琲を片手に、空中に映し出した小さなウィンドウ――2221年にはこういう技術がある――と睨めっこしていた。


 彼女は篠田(しのだ)愛理(あいり)。束音雅の友人である。


 彼女の視線の先には、何やらごちゃごちゃとした文字の羅列。時折指をウィンドウに滑らせ、その羅列に何かを書き加えていく。


 彼女が何をしているのかと言えば、動画のネタを考えているのだ。


 実は彼女、『Waytube』というサイトに動画を投稿することで収入を得ている。世間一般では、『Waytuber』なんて呼ばれていた。


 動画のネタはゲーム実況やカラオケ動画、最近買った化粧品の紹介や料理講座等多岐に渡る。


 だが、毎日投稿を続けて早五年。それだけ続ければ、どうしたってネタに困る日もある。そういった時は、彼女は決まってこのカフェで珈琲を飲みながらアイディアを捻り出していた。この芸術文化会館は彼女の自宅からも近いところにあり、足を運びやすく、かつ程よく室内の空気が厳かだ。気分転換に作業環境を変えるにはぴったりの場所だった。


「むー……最近似たような内容の動画ばかりだな。一風変わった内容にしたいとなればこれとこれを……いや、この企画は攻め過ぎか? 絶対に炎上する」


 思わず一人言を呟きつつ眉間に皺を寄せる。ネタ出しは随分と苦労している様子だ。


 それでもそれから四十分後、珈琲を二杯と、糖分補給として珈琲ぜんざいを追加注文し、それらを完食し終わる頃には、二週間分の動画投稿内容が決まっていた。


 大きく伸びをしたいところだが、こんなところでやったら目立ってしまう。だから軽く首を回し、肩を揉む愛理。そんな時だ。


「あら、篠田さんではありませんの。ごきげんよう」


 突如後ろから声が掛けられ、愛理は飛び上がらんばかりに驚いた。


「き、桔梗院(ききょういん)か。奇遇だな」


 振り向けば、そこにいたのはパーマっ気のある、ゆるふわ茶髪ロングの女性。愛理と同じクラスの桔梗院希羅々(きらら)だった。良い所――実は愛理も詳しいことは知らない――のお嬢様で、黒塗りのお高そうな車や、人が乗れるサイズのドローンで登下校する姿を、愛理は度々見たことがあった。


 よもやそんな彼女が、一般庶民が利用するようなカフェにやってくるとは夢にも思わない。突然声が掛けられたこともあり、愛理は二重に驚いていた。


「ふむ……相模原さんは御一緒ではないようですわね」


 希羅々は犬猿の仲であるクラスメイトを探すように辺りを見渡してから、そう呟く。彼女と相模原優は何かと互いが互いに突っかかり、軽いトラブルを起こすのだ。基本的には突っかかる側が一方的な言いがかりをつけているのでそっちに非があるのだが、突っかかられた方も突っかかれた方で対応が大人気無いので、傍から見ればどっちもどっちである。


 難なら、喧嘩するほど仲が良いと思えなくも無い。


「今日は一緒では無いが……もしかして、寂しいか?」

「あんな小娘がいないくらいでどうして(わたくし)が寂しがらねばならないんですのっ?」

「う、うむ」


 驚かされた仕返しにそんなことを言えば、希羅々はムキになったように言い返す。何となく予想していた反応だったが、本当に予想通りの態度を取られるとそれはそれで困惑してしまう愛理だ。


「ふん! あの小娘がいないのなら落ち着いて過ごせますわね。全く彼女ときたら、毎度毎度私に突っかかって……この間だって、箸の持ち方がおかしいから注意すれば『希羅々ちゃんは私の母親ですかぁ?』とかほざくわ、歩き方に気品が無いから所作をお教えしようとすれば『希羅々ちゃんと違って私は庶民だから気品なんていりませーん』などと意味の分からないことを言って逃げるわ……!」

「君は本当に相模原が大好きだな……」

「どこをどう解釈したらそうなるんですのっ?」


 額に手をやり、困ったように目を閉じてそう呟く愛理。希羅々が目を吊り上げるが、出会って真っ先に優の存在を確認した挙句、世間話なぞすっ飛ばして愚痴が始まれば、そうも言いたくなる。


 ちなみにその場には愛理もいたが、彼女の記憶する限り、確かに優の箸の持ち方は若干行儀が悪いと思ったが目くじらを立てる程でも無く、歩き方の気品うんぬんに関しては「そんなもん、いらん」と思った。


 ただ優の希羅々への返答は、横で聞いていた愛理もちょっとイラっときたので、当の本人からしてみればムカつくことこの上なかっただろうとも思う。


 まぁそれは一旦置いておいて、愛理が常日頃から二人に対して思うことは一つだ。


「声を掛ければ喧嘩になるのは、君ももう分かっているはずだろう? 嫌なら話かけなければ良いだけの話だ」

「気になるのですから仕方ないではありませんの」

「やっぱり大好きなんじゃ――いやすまない。今のは失言だ」


 言いかけたところで希羅々に睨まれ、愛理は慌てて発言を撤回する。腕時計を確認すると、コホンとワザとらしく咳払いをしてから、口を開いた。


「私はこれで失礼するよ。それじゃあ、また学校で」

「あら、もう帰られるんですの? 折角ですから(わたくし)の話にもう少しお付き合い頂いてもよろしくてよ?」

「いや、それは丁重にお断りさせて頂こう。これから用事がある」


 どうせ話は優への愚痴だろうが、それをどんな顔で聞けば良いか分からないので、愛理はそう言って逃げるように席を立つ。


「むぅ……つれませんわね」


 そんな彼女に、少し不満そうな顔を向ける希羅々。


 しかし付き合うわけにはいかない愛理。先の言葉に嘘は無い。この後予定があるのは本当だった。


「すまない。だが、友人を探さねばならなくてね」

「友人……というと、もしかして相模原さんが毎日のように探し回っている方のことですか?」

「よく知っているな。誰かから聞いたのか?」

「ええ。偶然耳に入りまして……確か、タバネミヤビ、という方でしたっけ? 相模原さんの古くからの親友なのでしょう?」


 偶然聞いたことをよく記憶しているものだと愛理は感心する。と同時に、やはり希羅々は優のことが好きなんじゃないかとも勘ぐってしまったが、それを言えば次は睨まれるだけでは済まない気がしたため黙っている事にした。


「ああ。彼女の親友であると同時に、私の友人でもあるんだ」


 雅の捜索を積極的に行っているのは優だけではない。勿論優が一番真剣に彼女を探しているのだが、愛理だって雅のことは大事な友だと思っている。


 愛理は一人暮らし。生活費を稼がないといけないので動画投稿の時間を大幅に減らすことは出来ないが、それでも空いた時間は彼女も雅を探すための活動を行っていた。


 なお、雅を大事に思っている人間は他にも多くおり、その人達も同様に、可能な限り雅の捜索活動を行っていることは言うまでも無い。


「なら、仕方ありませんわね。それではまた学校で。ごきげんよう」

「ああ、また学校で」


 素直に解放してくれたことにホッとして、愛理は会計を済ませ、店を出た。



 ***



 雅を探すとは言っても、愛理は優のようにレイパーを倒して回るようなことはしていない。以前、人型種螻蛄科レイパーを倒した際に優に言った通り、レイパーが謎の光を放ちどこかへ消えるためには、何か特殊な条件が必要だと愛理は考えている。


 故に愛理は、似たような失踪事件はないか考えSNS等を利用して情報を集めた。このようなケースは他にも数件あり、新潟県内に絞れば二件の情報が寄せられた。ここ最近はその現場を見て回ったり、事件当時近くに居合わせた人から話を聞いて回っていたのだ。


 雅の失踪と何か共通点があれば、それをヒントにして彼女を見つけることが出来るのではと愛理は考えたのだが、結果としては芳しくない。


 結論から言えば、愛理が入手した情報はガセネタだったのだ。川岸でレイパーと戦っていた女性がもみ合いになって転落し、遺体が未だ見つかっていないだけだったり、レイパーに丸呑みにされ遺体が残っていなかっただけ……という具合である。


 県外に目を向ければ、手掛かりとなりそうな事件の情報は寄せられており、その県在住の雅の友人とコンタクトをとって調べてもらっているものの、やはり真相は似たようなものだった。


 そして今日、愛理は改めて雅が消え去った現場であるビルの屋上へと足を運んでいた。何か見落としていることが無いかと一縷の望みをかけて、今一度現場をよく見てみようと思ったのである。


 雅と優が人型種蜘蛛科レイパーと戦ってから、かなりの時間が経過しているが、その時の戦闘痕はまだ薄らと残っていた。


 だが、目を皿のようにしてあちこち探していた、そんな時だ。


 ビルの下から、耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。


「――っ?」


 慌てて屋上から下を覗いてみれば、人が頭から血を流して倒れている。近くには剣型アーツと、人型の黒い『何か』。遠くからではちゃんと見えないが、人間では無さそうだった。恐らくレイパーだと直感する愛理。


 その黒い『何か』はどこかへと立ち去っていく。


 愛理が急いでビルから出た時には、その『何か』は姿を消していた。


 倒れた女性の首元には深い傷があり、血が地面に染みを作っていた。完全に絶命している。愛理は舌打ちをすると、警察に連絡しつつ、逃げた『何か』を探し回る。


 すると、別の方で再び悲鳴が聞こえてきて、そちらへと向かう愛理。そちらにあるのは住宅街だ。



 ***



 現場に駆けつけると、既に女性が一人倒れていた。首を噛み千切られたような跡があり、死んでいるのは一目瞭然だ。他にも現在進行形で襲われている人が五人。全員アーツを構え、黒い人型のレイパーと交戦している。


 細く引き締まった足に、黒い毛皮。指には肉球のようなものと、鋭い爪。口元は赤く染まっており、鋭い歯が妖しく光を放っている。そして細い尻尾。黒豹を思わせるような姿のレイパーだ。分類は『人型種黒豹科』だろう。


 愛理の右手の薬指に嵌った指輪が輝きを放ち、手に刀型アーツ『(おぼろ)月下(げっか)』が握られる。刀身が一メートル程もある、愛理の武器だ。


 レイパーは、死に抗う女性の首を捕まえ、喰い殺そうと口を開いていた。


 愛理は刀を振り上げながら地面を蹴り、声を上げてレイパーとの距離を詰める。


 向かってくる愛理に気がついたレイパーは、捕まえていた女性を突き飛ばし、自身もその場を飛び退いて愛理の攻撃を躱す。


 だがそれこそが愛理の狙いだった。元より今の攻撃を当てるつもりは無かった。わざと声を上げて近づき、自身へと注意を向けたのである。捕まえた女性を解放してくれれば……と思っていたが、期待通りに事が進んでくれた。


「――大丈夫かいっ?」

「は、はい!」


 レイパーに突き飛ばされ、尻餅をついた女性に愛理は声を掛ける。


「皆を連れて、早く逃げるんだ! 警察への連絡を頼む!」


 本当は他の人の手も借りたいが、愛理以外の五人は全員満身創痍といった様子で、これ以上戦わせるのはあまりにも危険だ。


「あ、あなたはっ?」

「私は――」


 愛理は女性から、レイパーへと目を向ける。


「あのレイパーを倒す!」


 この場で、愛理に手を貸す余裕のある者は他にはいない。故に愛理は覚悟を決める。


「ご、ごめんなさいっ!」


 助け出された女性は歯噛みをしてから、愛理に言われた通り、他の人を連れてその場を離れる。


 レイパーの目は、もう彼女達には無い。奴の標的は、既に殺人を邪魔した愛理へと移っている。低く唸り声を上げており、怒っているのは何となく愛理にも分かった。


 しかし、だ。


「かかってくるがいい。友を連れ去られて、怒り心頭なのが相模原だけだと思うなよ」


 怒りを覚えているのは愛理も同じだ。刀を中段に構え、油断無くレイパーを睨む。


 互いに睨み合うこと、ほんの数秒。


 先に動いたのはレイパー。突然、奴の姿がぶれる。


 咄嗟にその場を飛び退く愛理。刹那、今まで彼女がいた場所を、黒い影がもの凄い勢いで通り過ぎていく。猛スピードで突撃してきたのだと、攻撃された後で理解する愛理。


 攻撃を外したレイパーは止まると、体の向きを変え、再び愛理へと突撃してくる。


 しかしそれは一度見た攻撃であり、愛理もレイパーが止まった時に次の行動を予測していたので、今度は先程よりも余裕を持ってその攻撃を躱す。


 そして攻撃が空振りした隙を狙い、愛理はレイパーの背中を斬りつけようと飛びかかる。


 レイパーは愛理の攻撃を、僅かに体を反らして躱すと、彼女を捕らえようと腕を振り上げ――そこには既に彼女の姿が無いことに気がついた。


 愛理を探そうと視線を動かした瞬間、レイパーの背中に痛みが入る。そこには愛理の姿が。


 続けざまに愛理は首を刎ねようと横に刀を振るが、レイパーは咄嗟に身をかがめてそれを避ける。


 攻撃を外し、隙が出来たところで腹に一撃食らわそうと目論み振り向くレイパーだったが、またしても彼女の姿が無くなったことに気がついた。


 そして背後に気配。再度振り向けばそこには愛理がおり、今まさに朧月下を振り下ろそうとしていたところだった。


 すんでのところでレイパーはバックステップでそれを躱す。するとまた愛理の姿が消え、レイパーの背後に移動する。まるで瞬間移動しているような移動速度だが、比喩でもなんでもなく愛理は瞬間移動をしていた。


 愛理が朧月下から貰ったスキル『空切(くうせつ)()(まい)』を使っているからだ。このスキルは、当てるつもりの攻撃を躱された時、相手の死角へと瞬間移動出来る効果がある。


 以前優と一緒に戦った人型種螻蛄科レイパーは、二人に攻撃する時以外地面に潜っていた。故に愛理から攻撃を仕掛けることが困難で、このスキルを使うタイミングが無かったのだが、今は違う。敵が常に地上にいるのなら、愛理も自分から攻撃を仕掛けることが可能だ。


 勝てる――


 攻撃を躱されれば敵の死角へと移動し、再び攻撃が出来、これを止めるためには刀の一撃を受けるしかない。それを分かっているから、愛理はそう確信した。


 だが、これは油断だ。


 何度目かも分からないスキルの発動の後、愛理はレイパーの首目掛けて朧月下を振る。


 しかし、レイパーも同じ事を繰り返されれば、どこから攻撃が来るのか察してしまう。


 それを理解したのは、愛理が移動し、攻撃した時には既にレイパーがこちらを振り向いていたのが見えた時だった。動きを先読みされたのだ。


「しま――ぐっ?」


 レイパーは愛理の両腕を掴み、攻撃を止める。そして彼女の腹に膝を打ち込んだ。


 重い衝撃と痛み、それと肺の空気が全て吐き出されたことによる苦痛が愛理を襲うが、腕を掴むレイパーの手の力は緩まない。


 二発、三発……何度も愛理の腹に打ち込まれるレイパーの膝。


 怒っていたレイパーは、愛理を簡単に殺すつもりは無かった。本気でやれば一撃で愛理の骨を砕くことも出来るが、わざと手加減し、苦しみに悶える彼女の姿を見て溜飲を下げるつもりなのだ。


 ついには吐血してしまう愛理。しかし目はまだ死んでいない。そんな彼女の姿は、レイパーの怒りの炎に油を注ぐ。故に、自然と打ち込まれる膝の威力も上がっていく。


 愛理の脳裏に、『死』の文字が過ぎる。


 だが、その時だ。


 空気が、震えた。


 愛理ばかりに意識が集中していたレイパーは、何かを察知したかのように横を見て、体を強張らせる。


 全長十メートルはあろうかという巨大なレイピアが、その切っ先をレイパーに向けて飛んできていたのだ。


 そのレイピアが命中する三十センチ手前ところで、レイパーは愛理の腕から手を離し、後方へと飛び退き、飛んでくるそれを避ける。


 巨大なレイピアは切っ先が地面を抉る前に光の粒子となって消滅した。


 ずっと打ち込まれていた腹を押さえ蹲る愛理は、突如攻撃が飛んできた方を見る。


 そこには、金色のレイピアを構え、優雅に立つゆるふわ茶髪ロングの女性。桔梗院希羅々がいた。


 今の攻撃は希羅々が放ったものである。彼女が持つレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』から貰ったスキル『グラシューク・エクラ』は、全長十メートルもある巨大なレイピアを召喚し、敵に向かって放つことが出来るスキルだ。連発することは出来ず、一時間に一発しか撃てない欠点はあるが、その分強力な威力がある。


 そんな攻撃を躱されたことにも眉一つ動かさず、希羅々はレイパーを注視しながら、愛理の方へと駆け寄ってくる。


「篠田さん、ご無事でして?」

「き、桔梗院……何故ここに?」

「騒ぎが聞こえたものでして……駆けつけてみればあなたが襲われておりましたのよ?」


 口の周りについた血を手の甲で拭いながら、愛理は立ち上がり掠れた声で聞くと、希羅々はそう答える。


「格好悪いところを見られてしまったな……」

「ちょっと、その怪我で戦うおつもりで?」


 険しい顔で聞く希羅々に、愛理は首を縦に振る。


「へ、平気だ。まだ戦える……!」


 そう言うと、今までずっと離さず持っていた朧月下を握る手に力を込めた。


 大きく息を吸うと、刀を鞘に納め、方膝立ちになって刀の柄に手をかける。


 居合いの構えだ。


「全く……大した根性ですわね」


 フンっと鼻を鳴らす希羅々だが、それ以上愛理を止めるつもりは無い。それが愛理にはありがたかった。


 レイパーは二人を交互に見る。腰を低くして、グッと足に力を込めた。


 刹那、希羅々が愛理の前に出る。


 レイパーが地面を蹴るのと、希羅々のレイピアのブレイドがしなるのは同時。


 そして二人目掛けて突進してきたレイパーの背中に、希羅々の『シュヴァリカ・フルーレ』の切っ先が深々と突き刺さる。


 痛みで急激に失速したレイパーを、希羅々は愛理の方へと放り投げた。


 瞬間、愛理の鞘から勢い良く刀身が抜き出る。


 円弧を描き創り出されたアーツの軌跡が、レイパーの顔面へと吸い込まれていき、そしてその眼を斬り裂いた。


 飛び散る鮮血。


 悲鳴のような金切り声を上げ、レイパーは斬られたところを抑えながら地面へと体を打ちつける。夥しい量の血が、指と指の隙間から流れ落ちていた。


 希羅々は愛理を抱え、レイパーから離れるように飛び退き、地面に伏せる。


 間もなく二人の耳に飛び込んでくる、爆発音。


 音が止んで数秒後、愛理と希羅々はホゥっと深く息を吐く。


「……やったか?」

「……ええ。間違いなく」


 希羅々はよろよろと起き上がる。同じように立とうとした愛理だが、膝に上手く力が入らず、よろめいてしまった。


 その体を、希羅々が支える。


「無理しないで下さいまし。酷い怪我ですわ。今病院に――」

「いや、私は大丈夫だ。それよりも桔梗院――」


 レイパーを倒したというのに、愛理の顔は険しい。


 その表情に、何故か希羅々は少し不安になった。


 そしてその不安は当たる。


「この近くに、別のレイパーはいなかったか? 真っ黒い、人型の奴だ」

「……はぃ? 今倒したのが、それではなくて?」


 愛理は首を振る。


 彼女がビルの屋上で見た黒い『何か』を見た時は遠くからだったため、ちゃんと姿を確認したわけではない。精々人型だと分かった位だ。


 しかしそれでも一つだけ、間違いなく言える事があった。


「今の奴には尻尾があった。だが……そいつには無かったんだ」

「ということは、まだこの近くにっ?」

「ああ。探さなければ……うっ!」


 愛理は、腹部の痛みに顔を顰める。


「その怪我では探すのは無理ですわ。後は警察に任せましょう」

「仕方ない、か……」


 希羅々の言う通り、今のコンディションでその『何か』を探すのは無謀だ。愛理は溜息を吐いて頷く。


 その後、希羅々が呼んだ救急車がやってきて、愛理は病院へと運ばれた。全治二週間ということだ。




 そして愛理は後日、衝撃の事実を警察から告げられる。



 愛理が通報した場所に駆けつけたのだが、そこに遺体は無かったというのだ。血液が地面に染みを作っていたのは間違い無いはずだが、それすらも消え去っていたらしい。


 争ったような痕跡は残っており、警察は愛理が嘘を言っているとは思っておらず、現在、被害者は誰なのか捜査中らしい。


 ――束音の失踪と、何か関係があるのか?


 報告を聞きながら、愛理は友人の安否を不安に思うのだった。

評価・感想・ブックマーク頂けると大変喜びます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 希羅々ちゃんが愛理ちゃんのピンチに駆けつけてくれて、胸熱でした!!٩(* ゜Д゜)و 希羅々ちゃんの武器ってどんなだろうと気になっていたのでレイピアタイプと知れて嬉しいです!カッコよく華麗…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ