第149話『防具』
七月三十一日、火曜日。午前八時二十六分。
新潟市中央区の海岸……日和山浜海水浴場。
そこの海岸から、日本海のど真ん中にそびえ立つ、全長十五キロ以上もある巨大な塔を見つめる十三人の人影があった。
セリスティア・ファルト、篠田愛理、相模原優香、ファム・パトリオーラ、ノルン・アプリカッツァ、ミカエル・アストラム、権志愛、シャロン・ガルディアル、橘真衣華、桔梗院希羅々、ライナ・システィア、相模原優。
そして束音雅である。
「船の中からも見えましたけど、大きな塔ですねぇ……。あそこに、あいつがいるんですよね。あの、魔王みたいなレイパーが」
先日から、世界各地に巨大な魔法陣が出現し、そこからレイパーが大量発生する事件が起きている。
魔王種レイパーの、人類への総攻撃が始まったのだ。
はっきりとした目的は分からないが、魔王種レイパーと過去に戦ったことのある雅達は、何となくだが、これはあのレイパーの『ただの余興』でしかないのではと思っている。
初日より頻度は減ったものの、今でも定期的に魔法陣が出現していた。
さらに悪いことに、女性が何人もどこかへ消え去るという現象すら起きている。
消えた全員が魔王種レイパーのいるところへと強制転移させられ、殺されているのだ。
今やどこもかしこも大変な騒ぎだ。警察やバスター達が総出で事態の対応に追われているものの、未だ集束の兆しは見えない。
正確な死者数は不明だが、全世界合わせて二百万人は下らないだろう。日本だけでも十八万人を超える死者が確認されている。
この事件を終わらせるため、雅達はこれからあの塔に乗り込み、魔王種レイパーと決着をつける気でいた。
他の誰かに任せる、という考えは不思議と浮かばない。
敵の強さは身を持って体験しており、それ故に『誰かに任せる』という行為が怖かったのだ。
「天空島、何で形が変わったんでしょう? 今まであいつらがずっとエネルギーを溜めていたのは、これが目的なんですかね?」
この事件の中で、一番不可解な現象。それは、天空島が、今雅達が見ているあの塔に姿を変えたことだ。
雅の言葉の通り、魔王種レイパーは世界が融合してからずっと、世界各地のパワースポットを巡り、エネルギーをたくさんもっていそうな物を集めていた。
オートザギアにあるコートマル鉱石を狙っていたが、それは阻止。
その後は行方を晦まし、再び現れたと思ったらこの事件だ。
「束音が持ちかえったあの鏡……あれから出てきた黒い光を、奴は回収していた。それが無関係だとは思えない。あれで何かしようとしているんじゃないか?」
「その『黒い光』の実物を見ていないから何とも言えないけど、もしアイリちゃんの考えが正しいのなら、天空島が塔に変わったのは『ただの過程』に過ぎないかもしれないわね。もしかすると、このたくさんのレイパーを出現させている事態は、本来の目的から目を逸らさせるためのものなのかも……」
「だとするト、やっぱり早く何とかしなけれバ……。もっと悲惨な事態になル……」
愛理、ミカエル、志愛がそんなことを話していると、雅達の近くにバイクがやって来た。
乗っているのは、冴場伊織。
そしてサイドカーに乗っているのは、レーゼ・マーガロイスだ。
「待たせたわね、皆!」
「遅くなってすまねーっす!」
「おうおうレーゼにイオリ。随分かっこいい登場だな」
セリスティアが明るくそう言いながら、片手を上げる。
チラチラと、彼女の目は伊織のバイクに向けられていた。
「なんすか? もしかしてバイク、興味あるっすか?」
そんなセリスティアの様子に、まるで仲間を発見したように、わくわくとした声で尋ねる伊織。
「まぁ、ちっとな」
そう軽く言いながらも、実は内心は凄く惹かれていたセリスティア。
バイクは外を歩いている時にも偶に見かけていたのだが、その時から気になっていたのだ。
間近で見ると、改めて『こういうの、欲しいな』と思ってしまった。
そこで、レーゼが自分に意識を向けさせるようにコホンと咳払いをすると、サイドカーの足元から小さなアタッシュケースを取り出す。
皆が集まっている中、レーゼだけが遅くなったのはこれが理由だ。
アタッシュケースの中には、十五個のアンクレット。
見た目は、唯のチェーンリングだ。
「……これが、お父様達が作っていた新しいアーツですのね?」
早速身に着けた後、希羅々は片足を浮かせてぶらぶらさせながら呟く。
新しいアーツの存在は、レーゼから全員に既に通達されていた。故に希羅々だけでなく、他の皆も知っている。
アンクレットは足に着けると自動でチェーンが収縮してフィットするようになり、動きの邪魔にはならなさそうだ。
「ええ。さっき最終調整が終わったばかりよ。説明は……ユウカさん。お願いします」
「了解。これは防護服型アーツ『命の護り手』。世界初の、『誰でも他のアーツと一緒に使えるアーツ』よ」
一般的に、二つ以上のアーツを同時に使うためには、相当厳しい訓練を積まなければならない。しかしこのアーツは、そういったことをしなくても、誰でも使えるアーツなのだと優香は言う。
理由は、このアーツは攻撃のためのアーツでは無いからである。
世の中には数多の盾型のアーツが存在するが、一応その盾でレイパーを殴りつけてもダメージを与えられる。しかし、この『命の護り手』にはそれが無い。
一切の攻撃性能を捨て去った代わりに、他のアーツとの容易な同時併用が可能となったのである。
「発動させる時は、『使いたい』って念じて頂戴。それだけでコンマ一秒以内にシールドが体を覆って、敵の攻撃を防いでくれるから。注意点が二つ。一つは、シールドは十秒で消えてしまうこと。もう一つは、再使用には三十分かかること。いいわね?」
「これに、私達が手に入れたコートマル鉱石が使われたのね。でも、あの特徴的な赤い色が無いわ」
「いえ師匠。よく見ると、ちょっと赤みが掛かってます」
「コートマル鉱石を粉末状になるまで砕いて、それを特殊な金属に混ぜて固めてあるの。今まではコートマル鉱石以外の、他の物を混ぜていたらしいけど、どれも上手くいかなかったみたいよ」
少し前に真衣華の父親の蓮が、大いに頭を悩ませていた姿を思い出しながら優香は言う。
ただ、手に入れたコートマル鉱石の量からして、作れたのは十五人分……つまり、ここにいる人数分が限界だった。
「これ普通に使うだけでも、私の『衣服強化』と同じくらいの防御力が得られるわ。私の場合、命の護り手にさらに『衣服強化』の効果を重ねることも出来た。性能は保障する」
先日、実戦テストで実際に使ったレーゼが胸を張って断言する。
それだけで、相当な安心感があった。
「因みにこのチェーン、金属だけど、結構伸び縮みする特殊なものなの。シャロンさんが足に着けたまま竜に変身しても、壊れることはないわ」
「なるほど、それなら儂も安心じゃな」
「新しいアーツも手に入った。後は、あの魔王みたいなレイパーを倒すだけよ」
レーゼが言いながら、塔の方へと鋭い視線を向ける。
「とにかくあの中に入らなきゃ始まらないですよね。どうやって入りましょう?」
「ドローンは用意していますが、無事に入れるかは分かりませんわよね……。あの魔法陣の中に飛び込むのはいかがですの? きっと、あいつの所まで直通ですわ」
「いや、それ怖くない?」
ライナの言葉に希羅々がそう提案し、ファムが心底嫌そうな顔をする。
確かに、五体満足で魔王種レイパーのところに行けるかは不明で、そもそもあの魔法陣が本当に魔王種レイパーのところに通じているのかも確信が無い。
余りにも危険な作戦だ。
「時間は掛かるかもだけど、予定通り警察のドローンで向かうべきでしょ。それが一番安全だと思うよ」
「さがみんの意見に賛成です。あいつの元に辿り着くまで、余計なトラブルで体力は消耗したく無いですし」
かつての戦いを思い出し、嫌な汗が雅の背中を伝う。
と、その時だ。
後方から、騒ぎが聞こえてきた。
「何だっ?」
愛理がいち早く振り向き――目を見開く。
「レイパーの大群……!」
そこにいたのは、十数体のレイパー。
遠くには、下から紫色の光が湧き上がっているのが見える。また魔法陣が出現し、そこからたくさんのレイパーが出現したのだと分かった。
「ちぃ! こんな時に……!」
「まずいよ! あの塔の方もだけど、あっちのレイパーも放って置けない!」
セリスティアが眉を寄せ、真衣華が切羽詰った声を上げる。
そんな中、
「最優先すべきは、あの魔王みたいなレイパーを倒すことよ! こっちは私達で何とかするから、あなた達は先に行って!」
「師匠! 私も残ります!」
「二人とも、乗るっす!」
優香とノルンがバイクのサイドカーに飛び乗る。
ミカエルがノルンを制止しようと声を掛けるが、彼女は止まらない。
あっという間に、バイクは遠くへと行ってしまった。
「先生、行こう! ユウのお母さんの言う通り、あいつを倒さなきゃ戦いは終わらない!」
「くぅ……分かったわ!」
一瞬悩んだミカエルだが、結局、何をしなければならないのか、と考えたのだろう。
渋々という様子で、ドローンの方へ向かうのだった。
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