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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第2章 セントラベルグ
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第16話『追躡』

 インプ種レイパーを倒してから、二週間後のある朝。


 ここはセントラベルグ西の住宅地にある、セリスティアの家。家とは言っても集合住宅、つまりアパートの一室だ。家賃は月一万テューロと、この世界の物価からしてもかなり安い。築五十年程で、建てられてから一度も修繕らしい修繕がされておらず、部屋の壁や天井、床はかなり古くなっている。部屋も六畳一間で決して広くない。


 まぁセリスティア平日も休日も基本は外で過ごすタイプの人間なので、住居スペースなんて新しかろうが古かろうが広かろうが狭かろうが別に何だって良いと思っている。大事なのは家賃が安いかどうかだ。


 そんな部屋の窓際にはベッドがあるのだが、セリスティアは何故か床にタオルを敷いてそこで寝ていた。


「ぅぅうん? んだよ、もう朝か……アァっ?」


 太陽の光が顔に差し込んだ事で、セリスティアは目を覚まし、そして奇声を上げる。刹那、部屋の壁を蹴りとばす音が聞こえた。壁が薄く、大きな声を上げれば隣に丸聞こえなのだ。


 しかし彼女が大きな声を出したのも無理は無い。何故ならば――


「おいこらミヤビてめぇ……まーた裸で引っ付いてんのか!」


 小声でそう怒鳴るセリスティア。彼女が寝ていた隣に、平和な寝息を立てている雅の姿があった。


「おい起きろボケ!」

「あぁい……おあよぉごらいまぁ――うごぁっ?」


 起き上がる雅だが、セリスティアに後ろから羽交い絞めにされ、変な声が出てしまう。


 そのまま雅の体を締め付けるように腕に力を入れるセリスティア。


「痛い痛い痛いですセリスティアさんっ?」

「なーんでベッド貸してやってんのに俺の隣で寝たがるんだてめぇはっ?」


 ベッドがあるのにセリスティアが床で寝ていた理由がこれだ。


 今雅はセリスティアの家に居候している。インプ種レイパーを倒した後、セリスティアは雅と色々話をし、雅がこの街にしばらく滞在するつもりであることを知ったのだ。ならば寝る場所くらい貸してやろうと、セリスティアの方から雅に「家に泊まれ」と提案したのである。


 しかしベッドは一つ。故に雅とセリスティアは交代でベッドを使うことにしたのだが……雅は毎日、こうしてセリスティアのいる方に潜りこんできていた。それも必ず裸で。


 別に嫌とかそういう訳ではないものの、心臓に悪いのでセリスティアとしては止めて欲しかった。だが何度言っても、鉄拳制裁を加えても改善しないのだ。ならば自分が慣れてしまえば良いかとも思ったのだが、これが中々難しかった。


 ギャーギャー騒ぐ二人を怒鳴るかのように、隣の住人が再び壁を蹴り飛ばした音が響いた。



 ***



 午前十時。


「……しっかしまぁ、俺の部屋もちゃんと綺麗になるんだな」


 ベッドの上で、部屋の掃除に勤しむ雅を眺めながらセリスティアは何度目かも分からない呟きが漏れる。


 そして決まって雅がドヤ顔をして少し鬱陶しいのだが、今回も例に漏れず良い表情でサムズアップをしてきて、若干イラっとするセリスティア。


「家事スキルには自信があるんです! お嫁に一人、どうですかセリスティアさんっ?」

「いや別に嫁にはいらんけども……まぁ、すげぇとは思うよ」


 このやり取りももう十回目。


 ただ感心しているのは確かだった。元々セリスティアは性格上の問題で部屋の掃除なんて殆どせず、床に脱いだ服やら生活雑貨やらが放り投げられているわ、あちこち埃が溜まっているわ、窓は汚れているわでひどい有様だったのだが、雅が「一宿一飯の恩義です」とか何とか言って張り切って掃除をしてくれたお陰で、今はちゃんと『人に見せても恥ずかしくない部屋』になっている。


 だが正直セリスティアはこう思う。「この状態を維持できる自信がねぇ……」と。雅がここを出ていったら、あっという間に元の部屋に逆戻りする予感がしていた。


 それに、だ。


「でもなぁミヤビ。俺ぁ今日からしばらくこの街を出るんだぜ? 今日なんて別に掃除なんてしなくても大して――」

「駄目ですよぅ。やれる時は毎日ちゃんとやるのが大事なんですから!」

「う……うぃっす」


 目を明後日の方に向けて言い難そうに呟くセリスティアを、雅は容赦なく嗜める。


 実はインプ種レイパーを倒してから二週間の間に、レイパーが四体出現した。そしてその内の三体を雅とセリスティアで協力して倒したのだが……三日前に出現した残り一体は逃がしてしまったのだ。


 そいつの姿形はイカともクラゲとも見えるレイパーで、女性に寄生し、体の自由を奪った挙句、用済みになったら寄生した人間の脳みそをグチャグチャに潰すという方法で殺しを行っていたレイパーだ。パラサイト種レイパーとでも言うべきか。既に十五人もの被害者が出ている。


 しかし三日前に雅とセリスティアが逃がしてしまってからは被害がぱったり止んだ。そして街のバスターにも協力してもらい総出でレイパーを探したのだが、一向に見つからない。だから、二人はもうそのパラサイト種レイパーはこの街から出ていったのでは、と思ったのだ。


 どこに行ったのかは不明だが、二人もこのまま終わりにするつもりは無かった。故に雅もセリスティアも、逃がしたレイパーを探すためにこの街を出る。雅には旅をする目的があり、それを中断するわけにはいかないので、それと同時並行でレイパーを探すことになる。


 ただ二人で同じ所を探しても効率が悪いため、二手に分かれることにした。雅はまだセントラベルグでやらなければならない事があるため数日はこの街に残るつもりだが、セリスティアは今日の昼にはノースベルグ方面へと旅立つ予定になっている。


「あ、そうだ。セリスティアさん、ノースベルグ方面へと向かうなら……」

「ああ分かってる。セラフィ達の様子も見てくるよ。元気にしてっかな、あいつら」


 インプ種レイパーを倒した後、捕まっていたホームレスの少女達は更正施設に送られる事になった。彼女らはレイパーに襲われた被害者だが、同時に生きていくためとはいえ、日常でスリを行っていたのは事実だ。どのような理由があろうと犯罪は犯罪。セリスティアとしては、それを見逃すわけにはいかなかった。


 そしてレイパーから助け出したからとはいえ、彼女らの生活が変わるわけでは無い。ここで見逃せば、これから先も、少女達は生きていくためにスリをしなければならないだろう。果たしてそれが良いことかと問われれば答えはノーだ。セラフィやエルフィもそうだったが、少女達は好きでホームレスになったわけでは無い。それぞれ理由があり、そのどれもが本人達にはどうにもならないことだった。


 何とかしてやれないものか……そう思った二人は、少女達を連れてカルアベルグ収容所にいるリアロッテの元を訪ねたのだ。雅がセクハラで捕まった時に出合った金髪ポニーテールの女性である。


 想像よりもずっと早い再開にリアロッテは随分面食らっていたが、それでも彼女は相談に乗ってくれた。そしてリアロッテが少女達を更正施設へ送る手続きをしてくれたのである。この世界の更生施設は雅の世界の施設と同じく、入所した人に対して職業訓練や生活指導を行い、社会復帰の手助けをしてくれる場所だ。今回入所するのは成人していない少女達のため、施設を出所した後は孤児院に入ることになる。最低限の教育も、その孤児院で受けることが可能だ。ここから先は少女達の頑張り次第だが、それでもホームレスを続けるよりはずっとマシである。


 そういった事があって、今セラフィ達は更生施設で社会復帰を目指して頑張っている。この更生施設はノースベルグから西に離れたところにあり、セリスティアはレイパーを探すついでに彼女達の様子も見て来ることにしたのだ。


 ちなみに余談だが、セラフィが持っていたアーツ『焔払い』について調べてみたところ、あれは元々はセントラベルグのバスターが所持していたものだった。そのバスターはインプ種レイパーに殺されており(殺害方法がインプ種レイパーの手口に酷似しており、そう結論付けられた)レイパーは殺害後、そのアーツをくすねたようだ。それが監禁されていた少女達に渡り、最終的にはセラフィが持つ事になったのである。


 このことから、焔払いがセラフィにスキルを与えたのは、元々の持ち主がレイパーに殺されたため、敵討ちをして欲しいと思ったからではないかと雅とセリスティアは推測している。そのため恐らくは、先に殺された二人の少女達も、セラフィと同じようにスキルを与えられていたと思われた。


 なお件の『焔払い』であるが、今はもうセラフィの手から離れ、セントラベルグのバスター署で保管されている。今後は他のバスターがあのアーツを使う事になるだろう。アーツを手放しても、与えられたスキルはセラフィから消えておらず、今も使用可能だ。


「セラフィちゃん達に会ったら私がよろしく言っていたって伝えてください。本当は私も会いたいんですけど……」

「気持ちは分かるが、止めとけって。馬車で三日も掛かるんだ。往復で六日だぞ。ミヤビにもやらなきゃならねぇ事があるんだろう?」

「……ええ。元の世界とこの世界を行き来する方法と、共に戦ってくれる仲間を探さなきゃなりませんしね」

「何度聞いても信じがたいんだがなぁ……。まさかこことは別の世界があるなんてよ」


 セリスティアは既に、雅が別の世界から来た人間だということを本人の口から聞かされていた。


 最初は何の冗談かと思ったセリスティアだが、よく考えてみれば『タバネ・ミヤビ』という名前やメカメカしい見た目のアーツ、見た事の無い服装と違和感は多く、この世界の人間では無いと言われれば「まぁ確かにそうかも」と納得出来てしまった。


「行ってみてぇな、ミヤビの世界。何度か話は聞いたけど、めちゃくちゃ凄そうって事以外に想像がつかねぇ」

「必ず連れて行きますよ。なんたって、もうセリスティアさんは『仲間』ですからね!」

「おぅ。俺様に出来ることがあれば何でも言ってくれ。協力すっからよ」


 二人はそう言葉を交わし、拳をぶつけ合った。



 ***



「うっし。んじゃ、ここで一旦お別れだな」


 午後十二時半。雅とセリスティアは馬車停にいた。雅がセントラベルグに最初に降り立った時の、あの場所だ。セリスティアはここから馬車で、ノースベルグへと向かう。既にユニコーンが引く馬車は来ており、後数分で発車時刻となる。


 セリスティアの荷物は少ない。小さな鞄に必要最小限の物だけ詰めており、一見すると長期の旅に出るとはとても思えなかった。必要な物があれば現地で調達すればいいや、という考え故である。


「体には気をつけて下さいね! 後、ノースベルグに着いたらレーゼさんにお手紙を忘れずに渡しておいて下さい」

「レーゼ・マーガロイス……だったよな。青髪のバスター。剣使いなんだっけ?」

「はい。ノースベルグのバスター署に行って、私の名前を出せば会わせてくれると思いますよ。レーゼさんに私の手紙を見せれば、きっと色々協力してくれるはずです」


 セリスティアの鞄の中には、雅から渡された手紙が入っている。内容は、雅の近況報告と、セリスティアのサポートの依頼だ。セリスティアはフリーの仕事師で、パラサイト種レイパーを追っかけてばかりでは生活に必要なお金が得られない。そこで、雅はレーゼを頼る事にした。ノースベルグでセリスティアに何か仕事を斡旋してもらおうと思ったのだ。


 まぁセリスティアならサポートなんかなくても自力で仕事を見つけられないわけではない。一応レーゼに一声掛けておけばセリスティアが仕事を探す負担も軽くなるかもしれない、くらいの考えだ。


 手紙を渡す一番の理由は、雅の近況報告である。特に危険なレイパーがノースベルグ方面に逃げたかもしれないことは、彼女にも伝えておきたかった。情報を知っているのと知らないのとでは、とれる対応が違う。


「色々あったけど、ミヤビに会えて良かった。お前も体に気をつけろよ! じゃなっ!」

「はいっ! お元気で、セリスティアさんっ!」


 別れを告げ、セリスティアは客車に乗り込む。


 そしてユニコーンが嘶き、馬車が走り出した。



 雅もセリスティアも、互いの姿が見えなくなるまで、互いに手を振っていたのだった。

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