第143話『冴場』
シャロンの窮地を救った冴場伊織は、ミドル級トロール種レイパーに視線を固定したまま、シャロンに駆け寄る。
「遅くなってすまねーっす。さっきおねーさんのお友達から連絡受けて、ここに来たってーか……無事で良かったっす」
「儂のお友達? なるほど、シノダからじゃな。すまん、助かった!」
伊織の砕けた話し方は気になったが、それはともかく、彼女を呼んでくれた愛理に心の中で礼を言うシャロン。
と同時に、「心配するでない!」等と勇ましいことを言った十分前の自分を大いに情けなくも思ったが。
「取り敢えずあちこち騒がしいんで、早いとここいつを倒して次に行くっすよ。おねーさん、まだ戦えるっすか?」
「無論じゃ……! ところでお主、それはアーツか?」
シャロンが伊織の右腕に装着された金属の塊に目を向け、そう尋ねる。
「はいっす。ランチャー型アーツ『バースト・エデン』。かっこいいっしょ?」
「ほ、ほぉ……」
金属の塊はランチャーの発射台だ。二十発の小型ミサイルが入っており、一発で岩を砕く程の威力がある。
ただし全弾使いきってしまうと、次のミサイルを生成するために指輪の中に格納し、二十分待つ必要があるのが欠点だが。
今シャロンを助けるのに六発使ったため、残りは十四発。他の現場にも行くことを考えれば、あまり無駄撃ちは出来ない。
「『らんちゃー』というのは初めて聞いたが、とにかく凄そうなのは分かった。サエバ、何とか奴の隙を作ってくれんかの。――そしたら、後は儂が仕留める」
「っ。分かったっす」
言葉の最後で、シャロンの体から溢れた殺気が、伊織を震わせる。
そしてバースト・エデンの発射口をレイパーに向けた、その瞬間。
それまで、新たにやって来た伊織を観察していたレイパーが、口を大きく開く。
「っ! サエバ! 耳を――」
シャロンが伊織に警告するより早く、レイパーの口からまたしても黒板を引っ搔いたような、身の毛がよだつ音が発せられる。
だが、
「こ、この――うるせーっっすねっ!」
嫌な音に身を竦ませながらも、伊織はレイパーの喉目掛けて二発のミサイルを飛ばす。
音を鳴らすことに集中していたレイパーは、その攻撃に気がつくのが少し遅れた。それにより、勢いよく飛んでいったミサイルが見事レイパーの喉へと命中する。
途端、それまでの音が嘘のように消えた。レイパーの喉が潰れたのだ。
苦しそうに咳き込むレイパーに、シャロンは一気に近づくと、尻尾を横に振り、強烈な一撃を叩きこんで海の方まで吹っ飛ばす。
今度はレイパーの方が、水飛沫を盛大に撒き上げ海の中に落ちる。
しかし、
「あいつ、まだ生きてるっすよ! 気をつけて!」
低く唸りながら立ち上がるレイパーを見て、伊織が警告の声を上げる。
レイパーの顔からは、今までのニタニタした笑いが嘘のように消えていた。代わりに怒り狂ったと言わんばかりに目を血走らせて、シャロンと伊織を睨む。
そして手に持っていたハンマーを大きく振りかぶり、伊織の方へと投げつける。
だが敵の動作で何をするつもりか察していたシャロンが素早く伊織の前に出ると、飛んでくるハンマーをその身で受け止める。
「ぐぅっ!」
「竜のおねーさんっ?」
くぐもった声を漏らし、顎門から血を溢れさせるシャロン。
それでも、彼女は「へ、平気じゃ!」と叫ぶ。
元より、先程不意打ちでハンマーの一撃を受けていたのだ。襲ってくる威力を知っているから、痛みさえ覚悟すれば、止められない攻撃ではなかった。
そしてこうやって体でハンマーの動きを止めてしまえば、ハンマーがブーメランのように戻ってくる性質を持っていようが関係ない。
シャロンは全身で大きく息をしながらも、ハンマーを放り投げ、レイパーの方へと飛んでいく。
レイパーは両腕に力を込め、迎え撃とうとする体勢をとるが――そこに、二発のミサイルが飛んできた。
伊織が、シャロンがレイパーの方へと向かっていった瞬間に、ミサイルを放っていたのだ。
左右、横に弧を描くように飛んでいったミサイルを、レイパーは腕を振って叩き落とす。
だがレイパーがミサイルを撃破した瞬間を狙い、シャロンはレイパーへと素早く腕を伸ばし、鋭い鉤爪で喉を掴む。
「お主……覚悟はよいか……!」
レイパーを持ったまま、シャロンは空を飛ぶと――手に力を込め、ジタバタともがくレイパーの首を圧し折った。
それでもまだ息があるのか、抵抗するように体を痙攣させるレイパーを空高く放り投げると、シャロンは顎門を大きく開き、エネルギーを集中させる。
勢いよく放たれた雷のブレスが、ミドル級トロール種レイパーの体を包みこむ。
濡れた体に高圧の電流が流れ、レイパーの体はあっという間に爆発四散するのだった。
***
無事にレイパーを倒せたことを確認すると、シャロンは砂浜まで戻ってきて、人間態に変化する。
「助太刀、感謝する。……む? どうした?」
「あ、いや……なんか、イメージと違うなと思いまして……。思ったよりもちんちくりんだったというか……」
愛理も急いでいたため、情報はちゃんと伝えきれていなかった。伊織が知っていたのは、シャロンが竜に変身することと、関屋方面に向かったということだけだったのだ。
よもや、こんな子供が先程まで勇敢に戦っていた竜だとは、見た今でさえ信じられなかった。
「まぁ、儂は竜の中ではまだ子供じゃしのぉ。さて、他の皆のところへ向かいたいのじゃが……」
と、ここまで言ったところで、シャロンの体がぐらりと傾き、伊織が慌ててその体を支える。
「大丈夫っすかっ?」
「す、すまぬ……。流石にちと疲れた……」
重いハンマーの直撃を二度も受けたシャロンの体は、あちこち悲鳴を上げていた。いかに竜の体が丈夫と言えど、少し休まなければ動けそうになかった。
「ほ、本当はお主を背中に乗せて、一直線に皆のところに向かいたいのじゃが……ちょっと厳しそうじゃ。送ってくれると助かるのぉ……」
「いや、うちバイクっすから、二人乗りってわけには……あー、でも仕方ねーっすね……」
この事態の中、四の五の言っている場合ではない。
伊織はシャロンを担ぎ、自分の乗ってきたバイクのところまで向かうのであった。
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