第16章閑話
七月二十七日、金曜日。午後八時四十六分。
フォルトギアの、アストラム家にて。
「……うん。そういうことだから、今から送るわ。コウキさんに渡しておいて」
ハプトギア大森林から戻ってきた雅達は、ミカエルの部屋に集まっていた。
ミカエルが通話魔法でレーゼに今日の報告をしつつ、配達魔法でコートマル鉱石の欠片を送る。
希羅々が、僅かではあるがコートマル鉱石を入手したと聞かされた光輝が「すぐにでも送ってもらえないか」と言われたのだ。父親のがっつき様には、希羅々も目を丸くしていた。
と、その後は軽い世間話をしてから、通信を終える。
「ふぅ。これで良し、と」
ミカエルが、緊張の糸を緩めるようにほぅっと息を吐く。
天空島もオートザギアから姿を消したこともあり、これにてここでの任務は一旦終わったと見て良いだろう。
後は日本に帰還するだけ……なのだが、ここで雅が口を開く。
「あの、帰りってまた船ですよね? 今から日本を出ると、到着って……」
「うーん、多分明後日の朝になるかもしれないわね」
「え? じゃあ明日って一日フリー?」
身を乗り出すように聞いてきたファムに、ミカエルは苦笑しながらも頷く。
それを見た雅とライナが、こっそりと目を合わせた。
今こそ、約束――以前、天空島で交わしたデートの約束だ――を果たす時が来たのだ。
***
そして次の日、朝七時十分。
目覚ましが鳴るより早く目が覚めたライナは、上機嫌で身支度を整えていた。
屋敷の近くに馬車停がある。雅とはそこで、九時に待ち合わせすることになっていた。
そこから九時五分に来る馬車に乗り、フォルトギア市街の方に向かう予定だ。
「寝癖良し。持って行く物は準備したし、後は着ていく服だけだけど……」
ここが最大の問題だった。昨日の夜から何を着ていこうか悩んでいたのだが、未だ結論が出ていないのだ。
服に合わせて、メイクも変わる。顔を洗ったりしている間にも考えていたのだが、そろそろ決めないといけない頃合だ。
赤色が好きなライナは、服も必然的に赤系統の物が殆ど。
服の種類もワンピースかブラウスに偏っている。
「ミヤビさんと初めて会った時の赤いワンピースにしようかな? でもこっちのワンピースはフリフリが可愛いし……。こっちはお父さんに買って貰ったブラウスだし、捨てがたいなぁ」
と、それから十分くらいあーでも無い、こーでも無いと唸りながらも、結局ライナは雅と初めて会った時に着ていたワンピースに決める。
明確な理由があるわけでは無い。ただ最初に何を着ていこうか考えた時、最初に思いついたのがこれだったのだ。きっと本能的に『これが着たい』と思っていたのだろうとライナは解釈することにしたのである。
服が決まれば、後はすんなりと準備が整っていく。
薄くメイクをして、サコッシュを肩からぶら下げ、最後に鏡の前で最終チェックをすれば万端だ。
時刻も、今から出れば全然時間には余裕がある。
ふんふふーんと鼻歌を歌いながら靴を履き、歩き出したその瞬間。
「……え?」
今までの浮かれぶりが嘘のように、サーッと顔が青褪める。
サコッシュの紐が切れてしまったのだ。
子供の頃から使っていたお気に入りの物だったのだが、どうやら気がつかない内に紐の部分が弱っていたらしい。さして重い物を入れているわけではないのだが……。
こんな状態ではデートなんて行けないが、持ってきている鞄の類はこれだけだ。
この時間では鞄屋は開いていない。
まさか、これからデートなのに縛って応急処置なんてわけにはいかないが、切れてしまったところを修復するのは、時間が掛かる。今から直して待ち合わせに間に合うかは微妙だ。
しかしあれこれ考えるより先に、大慌てでライナはサコッシュを修理し始めるのだった。
***
九時五分。
「はぁ……はぁ……はぁ!」
息を切らしながら、ライナは待ち合わせの場所まで走る。
修理したばかりのサコッシュを担いで激しい運動をするのは少しまずいが、既に約束の時間が過ぎていればそうも言っていられない。
だが、
「はぁ、はぁ……あぁっ?」
無情にも、ライナの目の前の道を、馬車が走っていく。
あれが、今日乗っていく予定の馬車だった。
「待って待って!」
思わずそう叫んでしまうが、馬車が止まってくれるはずも無い。
愕然としながら、ライナは馬車停までやって来て、力無く近くのベンチに座りこむ。
「ミヤビさん、いないな……。さっきの馬車に乗っていったのかな……」
きっと怒っているに違いない。自分は一体何をやっているんだろうかと落ち込むライナ。
すると、
「……あれ?」
背後から、誰かの気配を感じる。
相手に気が付かれないようにこっそりそちらを伺い――ライナは目を丸くする。
そこにいたのは、雅だった。
完全に悪戯を企んでいる顔で、ライナにこっそりと近づいてきていたのである。
きっと目隠ししながら「だーれだ?」ってしようと思っているのだろう。
気が付かない振りをすべきか、声を掛けるべきか……ちょっと悩んだが、大人しく雅の悪戯に乗ることにしたライナは、そのまま彼女を待つ。
ほどなくして、
「だーれだ?」
「きゃぁっ?」
目隠ししてくるかと思いきや、背中から思いっきり抱きつかれ、耳元でそう囁く雅。
ふわりと、ライラックの良い香りがした。雅がつけている香水だ。
完全に想定外のことにライナは真っ赤な顔で素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ミ、ミヤビさんっ?」
「あはは、正解ですぅ!」
悪戯成功! と言わんばかりの良い笑顔でサムズアップを決める雅。
「も、もぅ!」
「ふふふ、ごめんなさいライナさん。でも、良かった。何かあったのかなって心配していたんですけど……」
「あぁ、ごめんなさい! 待ち合わせに遅れちゃって……」
言い訳もせず、平謝りするライナ。
最も、雅は特に気にしていないのだが。
「てっきり、ミヤビさんはもう馬車で先に行っているのかなって思ってました」
「ふふふ、ライナさんを置いて先に行くわけないじゃないですか」
「本当にごめんなさい。でも、どうしよう。次の馬車が来るの、一時間後ですよね……」
馬車停の時刻表を見ながら、ライナは言う。
すると、
「まぁ、のんびり歩きましょう。あっちの方が良さ気です」
雅が指差したのは、フォルトギア市街とは反対方向の道だ。
今日の目的地とは異なり困惑するライナだが、雅はそんな彼女の腕に自分の腕を絡ませると、「ささっ! 行きましょう行きましょう!」とぐいぐいライナを引っ張っていく。
「あ、そうだ。ライナさんのその服って、前にセントラベルグの図書館で着ていたものですよね?」
「あ、分かりました? ふふ、流石ミヤビさんです」
「よく似合っていて、可愛いなーって思ってましたから」
「も、もうミヤビさん。お世辞が過ぎますよ!」
「お世辞じゃないですよー!」
あれよあれよと雅に流されながら、ライナは昔、セントラベルグで同じように、雅にぐいぐいと食事に連れていかれた時のことを思い出すのだった。
***
雅に導かれるように道を進みながら、ライナは彼女と談笑していると、やがて運河が見えてきた。
パルマギア運河。オートザギアの各地域にある水路と海を繋ぐ運河だ。
水路上を魔力船――名前の通り、魔力を動力とする船である――が何隻も走っており、中には全長三百五十メートルを超える大きな船もあり、思わず雅とライナは感嘆の声を上げた。
「大きな船ですねぇ!」
「あ、見て下さいミヤビさん! あの船の積荷のマーク、あれってアランベルグの国章じゃないですか?」
さらによく目を凝らせば、アランベルグの国章が刻まれた積荷に混ざって、大きな水槽も見える。
ふと、雅はアランベルグの北の方は漁業が盛んだったと思い出した。
「異国の地で、アランベルグの国章を見るなんて思わなかったなぁ」
「ええ。私もビックリです。……あ、ライナさん! こっちこっち!」
腕を引かれるまま雅に着いていくと、小さな小屋があり、その前に人が並んでいる。
さらに見れば、大きなシャボン玉のようなものが運河に浮かんでいた。中には人が入っている。
「『シャボンバス』?」
「これ、乗りませんか? フォルトギア市街の方に向かうみたいですし!」
シャボンバス。
魔法で作られたシャボン玉に乗り、パルマギア運河を走って様々なところに行ける乗り物だ。
要は、雅の世界で言うところの水上バスである。
シャボンバスに乗り、一時間後。
「すっごい素敵な乗り物でしたね!」
「とっても綺麗でした!」
フォルトギア市街の東側で下りた二人は、興奮していた。
三百六十度水に囲まれ、周りには見たことも無い綺麗な魚がたくさん泳いでいた。魔力船は特殊な魔法で船をコーティングしており、水を汚さない作りになっている。それ故に、住んでいる魚達になるべく悪影響が出ないよう配慮されているのだ。
シャボン玉の中はそんなに広くないが、二人で入ると程よい密着感が生まれ、まさにデートにはうってつけの乗り物だったのである。
「でも、ビックリしました。まさか、あんなものがあるなんて……」
「地元の人しか知らないデートスポットみたいですよ?」
「あれ? ミヤビさん、知っていたんですか?」
「ええ。メイドの人から教えてもらったんです。でも、あんなに綺麗な光景が見られるなんて……。ふふ、想像以上でした」
いつの間にそんな情報を仕入れていたのか、内心で舌を巻くライナ。
「さて、ちょっと遅くなっちゃいましたけど、早速行きましょう」
***
二人が向かった先は、スカイプロップ。
空を支える柱をイメージして造られた塔で、フォルトギアで最も有名な建造物だ。
フォルトギアの観光地として、まず真っ先に行き先の候補に上がるくらいである。
とは言っても、
「何か有名だからって理由でやって来ましたけど、ここって中に何があるんですかね?」
「さぁ?」
雅もライナも、全くの予備知識無しでここにやって来た。
「それにしても、遠目で見た時も大きな塔だなーって思いましたけど、近くに来ると尚更圧倒されちゃいますね」
「ですねー。あ、ライナさん。あっちが入り口みたいですよ。……ぇっ? 一時間待ちっ?」
今日は休みであり、スカイプロップの入り口には長い行列が出来ている。他のところから来た観光客もいるが、フォルトギアに住む人でも、ちょっとしたお出掛けでここに来る人は多いのだ。
それでも行楽シーズンに比べればマシなのだが。
「あ、ミヤビさん。あっちに出店がありますよ。『コットン・クラッカー』……? 何でしょう?」
「お菓子っぽいですよ。ちょっと買ってきますから、ライナさんは先に並んでいて下さい!」
「えぇっ? でもミヤビさん、お金は?」
「だいじょぶです!」
バッチンとウインクしながら、出店へと走っていく雅。
そして十分後。
「これ、綿飴でした。はい、ライナさん」
と言って渡されたのは、カラフルな綿飴だ。周りを見れば、同じものを食べている人は結構多い。
「ありがとうございますミヤビさん。あ、いくらでした?」
「いいですよ。私の奢りです」
「でも、ミヤビさんあまり持ち合わせが無いんじゃ……?」
雅が天空島で日本に強制的に転移させられた時、お金の類は持っていなかったはずとライナは記憶している。
実際、旅の途中で暇をみて稼いでいた路銀は、雅はシェスタリアの宿に他の荷物と一緒に置き去りにしていた。
そしてそれは未だ回収していない。大量のレイパーに襲撃され、その際に宿も倒壊し、恐らくその時に荷物もろとも無くなってしまったのだ。
故に、今の雅はほぼ無一文……と思っていた。なおシャボンバスの運賃も、実はライナが「遅刻のお詫びです!」と二人分支払っていた。
しかし、雅はフルフルと首を横に振る。
「実は、アストラム家でちょっとしたバイトをしてまして……。だからここは私が持ちますよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……ありがとうございます。それにしても、何時の間に……?」
一切そんな姿を見ていないライナは驚愕。
雅はこっちでライナとデートするかもしれないと思っていたので、実はヴェーリエに頼んでメイドの仕事の手伝いをさせてもらっていたのだ。
他にも、メイド達にマッサージしたり、休憩時間にお茶を用意しておいたり……アルバイト、という程ちゃんと働いていたわけでは無いが、それでも雅の懐はそれなりに温かい。
「まぁ、いいじゃないですか。それより、早く食べましょう。作っているところを見たんですけど、何か光がばばーんって出て、結構派手だったんですよ。本当に食べ物を作っているのかってぐらいで」
「へぇ。じゃあ、早速」
二人は綿飴の赤い部分を千切り、口の中に入れる。優しい甘味と共にほのかな苺の風味が広がり、二人は目を見合わせた。
「おいしい……」
「黄色い部分は……あ、これパイナップルっぽい」
「えっと、この青いところは……あ、ブルーベリーだ」
と、二人はパクパクと色々な色の部分を食べ進めていく。
緑の綿はメロン味で、ピンク色のところは桃だった。
さらに赤い部分と黄色い部分を一緒に食べると、ミカン味がする。実に面白い食べ物だった。
「凄いですよミヤビさん。赤いところとピンクのところを一緒に食べると、イチジクっぽい味がします」
「赤い部分と緑の部分を一緒に食べると、レモンになるみたいですね。どうなってるんだろう、これ?」
「……そう言えば、これ『コットン・クラッカー』って名前でしたけど、どこら辺に『クラッカー』の要素があるんでしょう?」
「うーん?」
これにはまだ秘密があるような気がする……そう思いながら、綿飴を口に入れた、その時。
「――っ!」
「いっ……っ?」
突如、二人の口の中に電流が流れたと錯覚するような痛みが走る。
「ク、クラッカー要素、これ……?」
「バチバチってきましたぁ……」
実はコットン・クラッカーは、異なる色の綿を一緒に食べると、魔法で味が変わるように作られているのだが、偶にこのように口の中で人体に影響が無い程度に電流を発生させることがあるのだ。
しかしこの電流がフォルトギアの若者に受け、今ではお祭りやこのような出店で売られる定番のお菓子になっている。
最も、そんなことは二人は知らないのだが……
「……プっ!」
「ふふふふふ……!」
思わぬ出来事に咽た雅とライナだが、何となく笑いが込み上げてくるのだった。
***
スカイ・プロップの中に入った二人。
入り口で貰ったパンフレットを見ながら足を運んだのは……美術館エリア。
「お、おぉ……」
「ほぇー」
二人揃ってちょっと間抜けな声が上がる。
エリアに入るやいなや、大きな額縁で飾られた絵画を見た反応がこれだ。
何が書かれているのかはさっぱり分からない。第一印象は、「渦巻きっぽい」といったところか。
とにかくダークな色合いで書かれたそれから、何を感じ取れば良いかは不明だが、ただ漠然と凄いことだけは分かった。
「何か見てると、心がざわつきますねぇ」
「タイトルは……『怒りの災厄』? あー、なんかそれっぽい印象です」
「題名を聞くと、それっぽく思えますねぇ。うん、怒りに災厄、うん、そんな感じです」
実に頭の悪い会話。何一つこの絵画を理解出来ていない人間の言葉であると二人も内心分かってはいるのだが、まぁこんな会話をするのも楽しいので良しとした。
「作者は『ドルエディック・マルコゥ』さんって人らしいです。フォルトギア出身の人みたいですね。このエリア、フォルトギア出身の美術家の作品を飾っているんですって。最近はこの人の作品が展示されているそうですよ」
「この先も、こんな感じの作品ばっかりなんでしょうか?」
「さ、さぁ? とりあえず、見ていきましょう」
そう言って先へ進む雅とライナ。
ほどなく作品を一通り見て、このエリアを抜けたのだが……あったのは、木から人間の腕や足が生え、幹に絡みついたオブジェクトや、怒り狂ったマンドラゴをデフォルメ化させたような絵等であった。
どう感想を持てばよいか甚だ困惑するしかない展示物に言えるのは一つ。このマルコゥという人の作品を理解するには、自分達には美術への理解が果てしなく足りないということだった。
気を取り直し、二階に上がり、入ったのは……
「わぁ!」
ライナが小さく歓声を上げ、目を輝かせる。
遥か昔にフォルトギアのある地域から発掘された、土器等の展示エリアだった。
「見て見てミヤビさん! これ、凄いですよ!」
興奮気味に雅を呼び、飾られていた埴輪のような展示物を指差すライナ。
「ずっと地中に埋まっていたはずなのに、状態がすっごく良い……。どうやって保管されていたんだろう?」
「あー……こういうのって、どこか罅が入っていたり、下手すると一部が欠けたりしていますよね」
「そうなんですよ! でも、これはそんな感じじゃない……。まるで、ついさっき作られたみたいに綺麗……」
と、ここまで言ったところで、ライナはハッと我に返る。
「な、何かごめんなさいミヤビさん。私ばっかり楽しんじゃって……」
「いえいえ。そう言えば、ライナさんとこういうのを一緒に見るのって、ガルティカ遺跡依頼でしたよね? そんなに昔の話じゃないはずなんですけど、あれから結構な時が経ったように思います」
言いながらも、内心実は、ライナがこんなに興奮するとは思っておらず、雅は少し驚いていた。
ミカエルやファム、ノルンと一緒にガルティカ遺跡に行った時は、もっと落ち着いた感じだったからだ。
最も、あの時ライナは雅を監視する任務の真っ最中であり、それが無ければこんな感じだったのだろうと思い直す。
と、雅がこんな話をしたからか、ライナも自分が雅の前でこんな振る舞いをしたことが無かったと思い出したのだろう。
みるみる内に顔が赤くなり、そっぽを向いて「そ、そうですね。あ、早く次に行きましょう!」と言って足早に進んでいく。
「……ふふっ」
可愛いなぁと思いながら、雅はその後を着いていくのだった。
***
その後、スカイプロップの三階、四階と上がりながら、色々なエリアを見学していく雅とライナ。
シャボン玉を作る魔法――フォルトギアで最初に使われた魔法らしい――を使ったショーや、フォルトギアでよく見られる植物や昆虫の展示等を見ている内にお昼になった。
塔の途中にあるカフェでお昼ご飯を食べ、また一緒に上へと登っていったのだが……
「ミヤビさん大変! 私達、まだ半分も回っていませんよ!」
「こ、これは何回かに分けて来ないと、とてもじゃないけど見きれませんねぇ……」
パンフレットを見ながら、思わず苦笑いを浮かべる雅。
今二人がいるのは十三階。この階には、もう何千年も前にフォルトギアに生息し、今は絶滅してしまった生き物の化石の展示があり、雅達は丁度、それを見終わって出てきたところだった。
なお、スカイ・プロップは地上から四十階までと最上階が、一般客が見学可能なエリアである。
何となくデートコースにスカイ・プロップを選んだが、ここは一日で見て回りきれるようなボリュームでは無い。
帰りの時間を考えると、ここで遊べるのは後三十分といったところか。どこかのエリアを一つ見て回るのが限界だ。
そういう訳で、二人はスカイ・プロップ一番の見所、最上階の展望台まで行くことにした。
スカイ・プロップの職員による浮遊魔法で、フワフワと最上階まで飛んでいった雅とライナ。
一見すると柵も何も無い、塔の天辺に剥き出しになっている床が広がるエリアだ。
最初はちゃんと壁や窓で囲まれていたらしいのだが、五十年程前にレイパーの襲撃で破壊されてしまった。
しかし全方位障害物が無くなり見晴らしが良くなったため、直さずこのままにし、スカイ・プロップ一番の目玉としてアピールすることにしたのだとか。
勿論、落下防止用の魔法や吹き荒ぶ風を一定の風力に抑える魔法が掛けられており、見た目とは裏腹に安全な場所となっている。
「は、ははは……流石にちょっと怖いですねぇ!」
下を覗きこみ、その高さにブルリと震える雅。
そんな彼女の隣で、ライナは割と平気そうな顔をしていた。
「でもミヤビさん。天空島も、似たような高さじゃありませんでした?」
「あの時は戦闘で無我夢中だったというか……今思えば、ゾッとしますよ」
改めてライナに言われ、よく普通に戦えていたと自分を褒めたくなる雅。
なお、天空島は地上から五五〇メートルで、ここは六○○メートル。こっちの方が高い位置にある。
「でも……綺麗ですねぇ」
「えぇ。……本当に」
遠くに見える森は、ハプトギア大森林。別の方向を見れば、アストラム家や、雅達がオートザギアに来た時に降りた港街『アルタギア』も見える。
さらに遠くには、ごく薄らとではあるが、ヨーロッパ大陸もあった。
他にも、まだ雅達が行ったことのない国も見える。
下を見るのが怖くても。
それでも確かに、ここから見える景色に、二人は圧倒された。
二人はしばらく無言でその場に立ち尽くす。
しかし、やがて雅が静かに口を開いた。
「ライナさん。一緒に写真、撮りましょう」
「ええ。喜んで」
雅がULフォンのカメラ機能を呼び起こし、二人は互いに寄り添い合う。
「ミヤビさん。ポーズ、どうしましょう? どうせなら同じにしません?」
「いいですねー。オーソドックスにピースとか……あ、そうだ。折角だし、こんなのとか……」
そう言って雅が作ったポーズを見て、ライナの頬に赤みが差す。
それでも、はにかみながらもライナは指を折り曲げ……二人の手を合わせ、『ハート』の模様を作った。
何だか恋人同士がやるようなポーズで、ちょっと緊張して上手く笑えているか分からなくなったライナ。
見れば、雅もうっすら笑顔がぎこちない。
彼女も自分で提案しておいて難だが、いざ実際にやってみたら少し恥ずかしくなってしまったのだ。
でも、悪くない気持ちだった。
カシャリという乾いた音が、空で響く。
二人揃って笑みが固いものの、ちゃんと幸せを噛み締めているような、不思議な雰囲気の写真が撮れたのだった。
***
その後。帰り道にて。
「ミヤビさん、何を買ったんですか?」
折角スカイ・プロップに来たのだから、皆にもお土産を買った二人だが、それとは別に雅が何か買っていたのを見ていたライナが、何気無くそう尋ねる。
しかし、
「んー、内緒です」
「えー、教えて下さいよー」
唇に人差し指を当て、綺麗にウインクしながら雅が微笑んだのを見て、ライナは冗談めかしながら雅の肩をツンツンと叩いた。
「あ、そうだ。さっき撮った写真、日本に帰ったらライナさんにもお渡ししますね。もしかすると、ちょっと日が開いてしまうかもしれませんけど……」
「ありがとうございます。……あ。じゃあ先に、私からミヤビさんに、これを……」
そう言って、ライナが綺麗に梱包された小さな箱を渡してくる。
「え? いいんですか?」
「ええ。今日のお礼に……」
「ありがとうございます。開けてみても?」
「うーん……それは恥ずかしいのでダメです」
「ふふふ、ざんねーん。じゃあ、家に戻ったら見てみます。楽しみにしていますね!」
こうして、二人はこの後、他愛も無いガールズトークに花を咲かせる。
ライナにとって、初めてのデート。
とても楽しい一日だった。
***
因みに、
「ぐぬぬぬぬ……!」
「ユウ、顔が怖いって」
実は優とファムがこっそり雅達の後を付けていたのだが、これは秘密の話だ。
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