第137話『鼯鼠』
ミカエル達がミドル級火男種レイパーに襲われている最中。
人型種モモンガ科レイパーの奇襲を受けた雅達は、森の中を逃げ回っていた。
「ミヤビさん! まずいです! 迷っちゃいました!」
「なんとかさがみん達と合流したいんですけど……! 困りましたねぇ……!」
ライナと雅の会話。
近くにレイパーの姿はもう無いが、それでも逃げる足は止めない。
先程、安心して立ち止まった瞬間、どこからともなくレイパーの奇襲を受けた。撒けたように見えても、どこかに身を潜めているのだ。
「お二人とも! お喋りしている暇はありませんわよ!」
「くっ! 皆さんこっちです!」
希羅々の厳しい声が響いた瞬間、先頭を走るノルンは自身のスキル『未来視』が発動したことを感じ取る。
頭に、自分がレイパーの奇襲を受けて首を圧し折られるイメージが浮かび、血相を変えて逃げる先を変更した。このまま進めば、浮かんだ未来が現実のものとなるからだ。
「しつこいですね……!」
ライナが眉を寄せたところで、再度ノルンのスキルが発動。
ノルンがすぐさま全員に目配せし、警告が飛ぶより先にその意味を理解したライナ達は咄嗟にその場を飛び退く。
刹那、上からレイパーが勢いよく落下してきた。
丁度、先程までライナがいたところだ。
奇襲を躱されたレイパーは、視線をノルンへと向ける。
どうやら、彼女がいることで自身の奇襲は通じないと悟ったのだろう。
しかし、そんなレイパーに八方からライナが同時に飛び掛る。
全てライナのスキル『影絵』で創り出した分身ライナだ。
全方位から同時にかかれば逃げ場は無い。ライナはそう判断し、たくさんの分身を創って襲わせたのである。
だが――
「えっ?」
一人残らず霧散する分身ライナ達。レイパーが素早く、鋭い蹴りを全ての分身に直撃させ、消し飛ばしたのだ。
「えいっ!」
そんなレイパーに、掛け声と共にノルンは緑風で作られた球体を放つ……が、直撃する前に、レイパーの姿が消えた。
「くっ?」
どこに消えたと思った瞬間、希羅々の背中に強い衝撃が走る。
レイパーの蹴りが、彼女の背中に炸裂したのだ。
ギリギリのところでレイパーの気配に気がついた希羅々が僅かに体を反らしたことで致命傷は免れたが、それでも吹っ飛ばされて地面に倒れた希羅々は痛みに激しく咳き込む。
「はっ!」
雅がレイパーに飛び掛かる。両手には一本ずつ、剣銃両用アーツ『百花繚乱』が握られていた。片方は自身のスキル『共感』で真衣華の『鏡映し』を発動させ、コピーしたものである。
素早く二連撃を叩きこもうと思っていた雅だが、攻撃を放つより先に、敵が皮膜を広げて空を飛び、逃げてしまった。
木の多いこの場所では、敵が身を隠せるところは多い。
腰を落とし、辺りに忙しなく視線を滑らす雅。
そんな彼女の背後から飛び掛かるレイパー。
頭に生えている鹿のような大きな角を雅に向けており、このまま彼女を突き飛ばすつもりだろう。
だが強烈な一撃が雅にヒットするより先に、分身ライナが雅とレイパーの間に割り込んだ。
少し離れたところで消えたレイパーを探していたライナは、雅よりも先にレイパーの存在に気が付いたのだ。
レイパーの巨大な角を、分身ライナは両腕を広げて全身で受ける。
分身はすぐに消えてしまったは、分身ライナが盾になっている隙に雅がその場を離れたため、直撃は免れた。
すると、
「ミヤビさん! どいて!」
ノルンの声が轟くやいなや、レイパーへと緑風で作られた巨大なリングが鋭い音を立てながら飛んでくる。
切断性に富んだ緑のリング。ノルンの最大魔法だ。放つまで時間がかかるが、今の雅達の攻防の間に作り、隙を見せたレイパーへと向かって放ったのである。
円弧を描きながら勢いよく斬りかかるリングだが、命中する直前でレイパーが高く跳躍したことで空振りし、奥の木を何本も斬り倒し、最終的に地面に大きな斬り傷をつけて消滅した。
木が自分達の方へと倒れてきて、慌てて雅達はその場を離れる。
轟音と共に、地面に叩きつけられた木が土煙を舞わせ、辺りの視界が悪くなったその時、レイパーが雅の背後から飛び掛かった。
しかし、
「見えておりましてよ!」
レイパーの横から希羅々がレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を構えて突っ込んできて、突きを放つ。
レイパーがノルンの攻撃を躱した時から、希羅々はしっかりと敵の姿を目で追っていたのだ。
シュヴァリカ・フルーレのポイントがレイパーの腹部へと吸い込まれ、体の肉を抉る。
確かな手応えを感じると共に、聞こえてくるレイパーの悲鳴。
このまま押し切らんと、二発、三発と希羅々はさらなる突きを繰り出すも、レイパーとて痛みに怯んでばかりでは無い。腹部から血を流しながらも、レイピアの側面を腕で弾くようにして軌道を反らし、攻撃を防いでいく。
最初は希羅々が押していたように見えた攻防も、徐々に希羅々の攻撃をレイパーの防御が上回る。
そして中々突きがクリーンヒットしないことに焦った希羅々が思わず大股で踏み込んだ瞬間、レイパーの拳がカウンター気味に希羅々の腹部に入り込み、彼女を吹っ飛ばしてしまった。
殴り飛ばした希羅々へと近づこうとしたところで、レイパーは背後から二つの殺気を感じ取り振り向く。
ライナと雅が、アーツを振りかざして接近していた。
鎌と二本の剣が、同時にレイパーへと叩きつけられる。
ガキン、という重い音。レイパーの角が、雅達の攻撃を受け止めたのだ。
そのまま思いっきり頭を振り、二人を吹き飛ばす。
「きゃっ!」
思わず上がったライナの悲鳴。地面に叩きつけられるライナへと、レイパーが飛び掛る……が、敵がライナに攻撃をする刹那、雅がライナとレイパーの間に割り込む。
レイパーは角を振り回し、アーツでそれを受ける雅。一発だけでは終わらず、何度も何度もレイパーは角を雅へと叩きつけてきた。
数発は二本の百花繚乱で防いでいた雅だが、ついに敵の角を振り回す強さに、左手に持っていた百花繚乱――『鏡写し』で複製していた方だ――が遠くへと吹っ飛ばされてしまう。
止めと言わんばかりに角を大きく振りかぶるレイパー。
その瞬間。
雅は素早く百花繚乱の柄を曲げ、ライフルモードへと切り替えると、至近距離から桃色のエネルギー弾を放つ。
さらに雅の後ろからは緑風の球体も飛んできた。ノルンの魔法攻撃だ。
雅のエネルギー弾がレイパーの腹部に命中。吹っ飛ばされるレイパーにノルンの魔法が直撃し、さらに敵を遠くへと吹き飛ばす。
「き……希羅々ちゃん!」
息を切らしながらそう叫び、雅は百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードへと変形させる。
それを見た希羅々は、彼女の意図を悟り、雅へと駆け寄った。
百花繚乱の刃が真ん中から左右にスライドし、希羅々はそこにシュヴァリカ・フルーレのグリップを挟みこんだ。
百花繚乱の合体機能。
出来上がるは、全長三メートルもの巨大なランスだ。
雅と希羅々が一緒にアーツを持つと、ランスのシャフトが白く発光する。
それを見たレイパーが、焦ったように姿を消した。
「どこだっ?」
「落ち着きなさい束音さん! 辺りを無茶苦茶に飛び回っているだけですわ!」
それでも、希羅々の顔は険しい。
敵が近くを高速で移動しているのは分かっても、正確な位置までは掴めなかった。
このままでは、自分達が攻撃する前にやられる……そう頭を悩ませていた、その時。
四方八方に、風の球体が大量に放たれる。
ノルンが無限の明日を掲げ、魔法を連打していた。
「ラ、ライナさん!」
「うん!」
ノルンの声に反応したライナ。すると、無数の分身ライナが辺りから飛び出してきて、それぞれがヴァイオラス・デスサイズを振り回し始める。
敵の居場所は分からなくても、移動するコースなら限定出来ると判断しての二人の行為。
「――っ! そこだ!」
お陰で雅と希羅々も敵の気配を掴むことが出来、横から迫っていたレイパーにタイミングを合わせ、勢いよくランスを突き出す。
瞬間、手にかかる重い衝撃と、飛び散る鮮血。
レイパーの頭の角は、雅達の顔面寸前に迫っていた。
対して、ランスはレイパーの腹部――先程、希羅々が肉を抉ったところだ――に突き刺さっている。
間一髪、雅と希羅々の攻撃が先に相手に届いた。
二人が思いっきりランスを振り回し、上空にレイパーを放り投げると……人型種モモンガ科レイパーは爆発四散するのであった。
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