第136話『煙幕』
「気をつけて! レイパーだ!」
夥しい量の黒煙の中、カリッサの警告が轟く。
ほんのりと感じる、邪悪な熱。近くに、ミドル級火男種レイパーがいるのだろう。
ノルンが風魔法で煙を払おうと、杖型アーツ『無限の明日』を掲げた。
だが、
「――っ!」
突如何者かがノルンの首を掴み、そのまま彼女を持ち上げる。
首を掴む手の力が強まり、痛みと息苦しさでジタバタともがくノルン。
あわや首が圧し折られてしまうと思った、その時だ。
ノルンの首を掴む腕に、星型のエネルギー弾が直撃する。
その衝撃でノルンの首を掴む手が緩み、彼女の体が地面に崩れ落ちた。
カリッサの光魔法だ。煙で視界を覆っても、何かが動き回る音までは誤魔化せない。エルフの聴覚は人間よりも優れている。ノルンが上げたくぐもった声のする方を頼りに、咄嗟に攻撃したのだ。
さらに、
「はぁっ!」
鋭い声が響き、ノルンを襲った何者かにレイピアの一撃が襲いかかる。
希羅々だ。
敵の気配がする方に、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』で攻撃をしたのだ。
レイピアのポイントに、何かが引っかかったような手応え。敵の体のどこかに掠ったのだろうと判断する希羅々だが、瞬間、彼女の腹部に強烈な一撃が入る。
「ぁがっ?」
肺の中の空気を全て吐き出しながら希羅々が見たのは、鹿のような長い角。
これには見覚えがあった。人型種ムササビ科レイパーの頭部についていた物だ。
遠くに吹っ飛ばされながら、希羅々はここでようやく、敵の正体を知る。
「希羅々ちゃんっ? くっ?」
「ミヤビさんっ? きゃっ!」
「皆さんっ! うっ!」
続いて聞こえる、雅とライナ、ノルンの悲鳴。
希羅々を吹っ飛ばした人型種ムササビ科レイパーが、三人に襲いかかったのだ。
煙で視界が封じられていても正確に雅達に攻撃出来たのは、煙が発生する前にあらかじめ彼女達の居場所を確認していたためだろうか。森の中では、敵も身を隠す場所は多い。
ノルンは敵の攻撃をその身に受けながらも、今度こそアーツを振るい、辺りに風を巻き起こして煙を全て吹き飛ばす。
強い風にしばらくその場を動けず、腕で顔を隠すようにしてしゃがみこむミカエル達。
ようやく風が止んだ頃には、雅、希羅々、ライナ、ノルン、そしてレイパーの姿はどこにもなくなっていた。
「ノルンっ? 皆っ?」
「後を追わなきゃ! こっちよ!」
カリッサがミカエルの手を引き、走り出す。
すると、
「私達も――って、ファム? どうしたのっ?」
「いや、皆ってそっちに行ったのかなって思ったんだけど――ううん。ごめん! 今行くよ!」
ファムは何となくだが、カリッサが向かった方とは別の方向に雅達がいるような気がしたのだ。困惑の顔でカリッサの背中と、別の方向を交互に見るが、きっと気のせいだろうと思い直し、優と一緒にカリッサの後を追う。
***
そして数分後。
カリッサを先頭に、消えた雅達の行方を探すミカエル達。
だがその途中で、思わぬ物を見つけてしまう。
辺り一面木々に覆われる中、突然広い場所に出ると……
「っ! これは……っ?」
そこは、明らかにこれまでとは雰囲気の違う、異質な場所だった。
その空間の真ん中に直径ニメートル程の大きな赤い水晶があり、そこを中心に円形状に地肌が見えている。その大きさたるや、半径五十メートルもあった。
しかし、空は枝葉で覆われている。円の外側に生えている木が、まるで水晶の回りだけ木が無いことを隠すかのように枝を極端に伸ばしているからだ。
魔法使いであるミカエルは、その水晶から溢れ出す強大な魔力に、鳥肌を立てていた。
「こ、これは……間違いない! コートマル鉱石よ!」
叫んだ瞬間、ふとミカエルの脳裏に、これまで全く思い出すことの出来なかった記憶――昔、コートマル鉱石を見た時の記憶だ――が蘇る。
「そうだ……私は小さい時、確かにこの森でコートマル鉱石を見たのよ……! こんな場所だったわ! ……あら?」
言っている途中、ミカエルの眉がピクリと動く。
若干だが、記憶の風景と今見ている風景が一致しなかったのだ。この森で見たのは間違いないが、果たして『この場所で見た』のか、少し自信が無くなった。
しかし、何年も前の記憶だ。きっと自分の思い違いだろうと判断するミカエル。
そんな彼女を、カリッサはジッと見つめていた。
その時。
ミカエル達の背中に、鋭い殺気が突き刺さる。
「皆! 下がって!」
優が叫ぶと、弓型アーツ『霞』の弦を引き、白い矢型のエネルギー弾を充填し、すぐさま殺気のする方へと放つ。
姿を揺らめかせながら、真っ直ぐに飛んでいくエネルギー弾。
その先にいたのは――
全身が炎に覆われ、悪魔のような羽を生やした大男。
ミドル級火男種レイパーが、エネルギー弾の直撃をものともせず、炎を纏った鞭を振り上げ一行に飛び掛るのだった。
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