第133話『樹海』
魔王種レイパーがコートマル鉱石を狙っていると推測した雅達。
ミカエルの記憶を頼りに、彼女の故郷オートザギアにてコートマル鉱石がありそうな場所を探しはじめてから、五日が過ぎた。
そんな七月二十七日金曜日、午前九時十一分。
雅達がやってきたのは、フォルトギアから東にある森、『ハプトギア大森林』。
面積約二百五十万平方キロメートル。東京ドーム約五十三個分だ。上から見ると、背の高い木と低い木が交互に並んでおり、まるで波のように見えることから、別名『ウェーブ・フォレスト』と呼ばれている。エスティカ大陸では二番目に大きな森であり、森の一角は観光地としても有名な場所として、度々本等で紹介されることもあるのだとか。
そんなハプトギア大森林の入り口にて、ファムが首を傾げて口を開く。
「ねぇねぇミカエル先生、ここまで来ておいて難だけど、こんなところに本当にコートマル鉱石なんてあるの? 観光地なんでしょ?」
「一応、大気中の魔力濃度は高い場所よ。それに、一般開放されているのは一部だけ。奥は危険な生物が生息しているから、立ち入り禁止になっているの。なら、可能性はあるわ」
「大体ファム、それについては昨日ちゃんと話し合ったじゃん。なんで忘れてるの?」
「いや、忘れていたわけじゃなくて、実際に来てみると、あー大きな森だなって感想しか出ないわけで……。『え? 本当にここにあるの?』って思ったっていうか……」
ノルンに半眼を向けられ、タジタジになるファム。
コートマル鉱石には、魔力が大量に含まれている。だから大きな塊があれば、コートマル鉱石から溢れた魔力が、その一帯の空気に混じるのだ。
ミカエル達は、ヴェーリエ――ミカエルの母親だ――が見つけてくれた文献を元に、大気中の魔力濃度の高いところをあちこち調べていた。この『ハプトギア大森林』もその一つだ。
もしここにコートマル鉱石があるとすれば、森の中心部に近いところだろうと一行は推測している。
「ところでミカエルさん。どうやってコートマル鉱石を探しますか?」
「うーん、確かに。皆で手分けしてーってわけにもいかないだろうし……」
雅と優が難しい顔をして、唸るように尋ねる。
どこを探すかについては昨日の打ち合わせで決まったのだが、どうやって探すのかということに関しては、あまり良い案が浮かばなかったのだ。
「打ち合わせの後もずっと考えていたんだけど、いい案が浮かばなかったのよね……。地道に歩き回るしかないかも」
「それは、随分と根気のいる作業になりそうですわね……」
ミカエルの言葉に、希羅々が顔を引き攣らせた。想像するだけで、気の遠くなりそうな作業だ。
森の面積を考えれば、一日では終わらないだろう。だからミカエルは、今は収納魔法でしまっており表には出ていないものの、テント等の野外生活用具を一式持ってきてある。
隣にいるライナも、言葉には出さずとも苦い顔だ。ファムに至っては、「えー」と文句を言って露骨に嫌そうな顔をして、ノルンに窘められていた。
なお、「歩き回って探すしかない」と言った本人も、中々うんざりしたような顔である。体力には自信が無く、皆の足を引っ張ってしまうのは想像に難くないからだ。
「てかさー。思ったんだけど……」と呟くファム。注意中のノルンの睨みは華麗にスルーだ。
「先生、昔コートマル鉱石の塊を見たって言っていたよね? ここまで調べて、なんで思い出せないのさ」
「うーん……。見たのは間違いないの。でも、その場所の詳細が全然記憶に無いのよね、洞窟の中だったような、滝の裏側だったような、森の中だったような……」
真っ暗な背景の中で輝くコートマル鉱石をボーッと見つめていた、という記憶はあるのだ。だから、あるのは間違いないだろう。
「妙ですわね。見た、という記憶だけあって、周りの風景を覚えていないなんて……。記憶を消されたような感じではありませんか」
「記憶を消された……。確かに、皆と敵の目的について話し合っている最中、突然『あぁ、昔見た!』って思い出したのよね。それまで、見たことすら忘れていたわ」
記憶を消された、という表現はとてもしっくり来た。だが、人の記憶を消すような魔法等はミカエルも知らない。
「ボケが始まっているんじゃないの?」
「ファム!」
からかうように言ったファムの頭に、ノルンが思いっきり拳骨を落とすのだった。
***
あのまま森の入り口で悩んでいるのも時間が勿体無いため、早速足を踏み入れた一行。
全長十メートル以上もある大木の群れに圧倒されながらも、同時に生い茂る緑の葉っぱは透き通るように美しく輝いており、なるほど確かにこれなら人が見に来ると思わせるほどだった。
そんな景色を楽しみつつ、雅達は林道を外れ、足場の悪い中、どんどんと森の奥へと向かって行く。
コートマル鉱石は赤い水晶のような形をしており、地面や壁に生えるよう出るとのことなので、地表に注意深く視線を走らせる。
ちなみにファムはすぐに歩くのがだるくなったようで、翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』で、パタパタと空中を浮遊し、気だるげな顔でコートマル鉱石を探していた。
すると、
「きゃっ!」
「あぁっ、師匠! 大丈夫ですかっ?」
ミカエルが地面に浮き出ていた木の根っこに足を引っかけ、転んでしまった。
「ノ、ノルン……ごめんなさい」
「気をつけて進みましょう。あ、どうせなら手を繋ぎましょうか?」
「そうね。それがいいかも」
そう言ってノルンの手を取るミカエル。
それを見て、ファムが何か言いたそうに口をモゴモゴとさせるが、結局は何も言わないことにしたようで、そっぽを向いた。
と、ノルンとミカエルの会話を聞いた雅の目が、キラリと光る。
「……さがみん、ライナさん! 私達も危ないので手を繋ぎましょう!」
「いや、みーちゃん。それはちょっと恥ずかしい――」
「じゃ、じゃあ私は遠慮なく……」
ライナがおずおずと、しかしどこか積極的に雅の左手を握る。
ファムが優に向けて、フッと笑った。
「ユウが握らないなら、私がミヤビの手を握ろうか?」
「……ほら、みーちゃん。とっとと手を出せ」
「え? さがみん何を怒って――いだだだだ!」
スッと差し出された雅の右手を、優は思いっきり握り締める。
そんな雅と優を見て、希羅々はぼそりと、
「あ、あなた方……もっと真面目に探してくださいまし」
そう呟くのだった。
そして、歩くこと数十分後。
「……あれ? 何か焦げ臭くないですか?」
ライナが眉を潜めて、そんなことを言う。
「確かに、僅かではありますが何か嫌な臭いがしますわね」
さらに、よくよく耳を澄ませば、不規則に何かがぶつかり合うような音や、爆発音も聞こえてきて、一行は互いに目を合わせた。
一瞬の硬直の後、すぐに音のする方へと向かう雅達。
少し歩き、飛び込んできた光景を見て、一行は目を丸くする。
そこは今までのような美しい景観が嘘のように壊されていた。
辺りの木は大きく傷つき、折れているものも多い。何かでねじ切られたような跡が残っており、一部分が黒く焼け焦げている。太い枝も、地面に散らばっていた。
小さなクレーターもあちこち見受けられる。
そして飛び交う怒号のような雄叫びと、空を斬り裂くような音。そんな中、素早く動き回る金髪の女性。
二体の化け物――レイパーが、女性を襲っていた。
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