季節イベント『結婚』
遅くなりましたが、季節イベントです!
これは、雅が異世界に転移するよりも、もっと前の時期。
2219年、六月二十日、日曜日。午後一時三十分。
この時、中学二年生だった桔梗院希羅々は、父親の光輝と共に、新潟市内のとある結婚式場にいた。
別に、誰かの結婚式に参加しているというわけでは無い。むしろ今、会場はガラガラだ。
そんな閑散とした結婚式場の受付にて。
「何? それはまた、運の悪い……」
「大変申し訳ございません……」
「いや、あなた方のせいでは無い。しかし、一体どうしたら……」
一人の女性が、光輝に頭を下げていた。光輝の隣にいる希羅々は、やや居心地が悪そうにそっぽを向いている。
実は今日、『StylishArts』の仕事の一環で、ウエディングドレスとタキシードの写真撮影を行う予定となっていた。
この結婚式場は『StylishArts』と古くから付き合いがあり、毎年出す広告パンフレットのモデルに『StylishArts』の社員を起用している。今年は光輝と、希羅々の母親がモデルの役をすることになっていたのだ。因みに今希羅々の母親はここにいないが、もう少ししたら来ることになっている。
希羅々は光輝に誘われ、「まぁどうせ暇ですし」と言いながら付いてきた。……ウエディングドレス見たさで来た訳ではない。無論、希羅々も年頃なので、こういった物に興味が無いと言われれば嘘になるが。
しかし、だ。
何と二人が到着するより少し前に、この結婚式場で働く女性を狙ったレイパーが現れ、その戦闘で今日光輝が着る予定だったタキシードがボロボロになってしまったのだ。
そして今に至るという訳である。今光輝と話している女性は、そのパンフレットを作る担当の人だった。
今日撮影を行わなければ、パンフレットを出す時期に間に合わない。
ギリギリのスケジュールで動いている結婚式場が悪い……と第三者はそう思うかもしれないが、こんなスケジュールになったのは光輝が多忙であり、時間がとれなかったことも原因の一つだった。
「幸い、ウエディングドレスは何着か無事なのですが……。タキシードでの撮影は諦めるしか無さそうです」
「だが、パンフレットにウエディングドレスを着た女性が一人ポツンと映っているのは余りにも寂しい。縁起も悪いだろう。……最悪、私もウエディングドレスを着て、妻と一緒に――」
「気持ちが悪いから却下ですわ!」
とんでもないことを言い出した光輝に、青筋を立てながら希羅々が口を挟む。
担当の女性も苦笑いだ。
「全く、お父様が変なことを言うから想像してしまったではありませんか……! ええい、ちょっとお待ちなさい!」
「お、おい希羅々……?」
「あー、もしもし真衣華? あなた、今暇ですの? ええ、ええ、ちょっと事情がありまして……」
困惑する光輝達を余所に、希羅々はULフォンの通話機能を起動させ、橘真衣華と電話し始める。
「……そういう訳で、ちょっと来てくださいまし。勿論お礼はしますわ。大至急、カモン!」
いきなりの呼び出しを喰らった真衣華の抗議の声を無視し、希羅々は勢いよく通話を切った。
「と、いうことで、今から真衣華がここにやってきますわ。私と真衣華がウエディングドレスを着て、ツーショット。これでどうですの? 少なくとも、お父様がウエディングドレスを着るより余程見栄えはよろしくてよ?」
「いや希羅々お前……真衣華ちゃんを呼び出さなくても、お母さんと一緒に撮れば……」
「嫌ですわよ、この歳になって親と一緒に写真を撮るなんて! 恥ずかしいですわ!」
「あ、はい……」
ギロリと睨まれ、引き下がる光輝。彼はよく知っているのだ。こうなった時の希羅々に口を挟んだところで、彼女が止まらないことを。
いかに『StylishArts』の社長とて、娘の前には無力だった。
***
そして、二十分後。
「ほら、真衣華! 早くなさい! ――って、あなた汗だくではありませんか!」
「急いで来たんだから仕方ないじゃん!」
呼び出された真衣華は片方の頬を膨らませながらジト目になる。
真衣華の自宅から近めであり、両親は今出かけていた。そのため、ここまで自転車を飛ばして来たのだ。汗まみれになるのも仕方が無かった。
「全く、しょうがない娘ですわね! お父様、タオル! 真衣華、こっちへ!」
テキパキと指示を飛ばし、真衣華を更衣室へと連れて行く希羅々。
そして――
「ふむ、こっちの方が真衣華にはよく似合うのではありませんの?」
「ね、ねぇねぇ希羅々。さっきから私のウエディングドレスばっかり選んでいるけどさ、希羅々はいいの?」
試着室にあるウエディングドレスを片っ端から自分にあてがう希羅々に、真衣華はそう尋ねるが、希羅々は首を横に振る。
「私はもう決めてますし、後はあなたが決まれば撮影出来ますわ。うーん……こっちも捨てがたいですわね……。しかし真衣華、あなたはやはり白系より水色系が似合いますわ」
「そう?」
「私が言うのですから間違いありませんわよ。華奢なフォルムだから思わず守ってあげたく……あ、いえ。何でもありません」
言いながら、途中で恥ずかしくなってきた希羅々が口篭る。
最も、そこまで言われかけた真衣華も、ちょっと恥ずかしそうに視線を明後日の方へと向けたのだが。
すると、
「……あれ? あれってもしかして、希羅々が選んだドレス?」
「え? ええ、そうですけど?」
試着室の隅に除けられた一着の白いウエディングドレスが目に入ってきた……が、それを見た真衣華が眉を八の字にする。
「ちょっと地味じゃない?」
「……いえ、決してそんなことはないと思いますわよ?」
「何か色も希羅々には合わなさそう……。え? 希羅々、本当にちゃんと選んだ?」
「そ、それは勿論――」
「うっそだー! 絶対適当に選んだでしょ! 私のが終わったら、もう一回希羅々のドレス選び直すよ!」
結局、二人のウエディングドレスが決まったのは、それから一時間後のことだった。
***
そして、2221年、六月二十日水曜日。
朝六時、アラームの音で目覚めた希羅々の目に飛び込んできたのは、机の上に飾られた写真立て。
「不思議ですわね……。毎年この日になると、不思議とこれが目に入る……」
柔らかくそう呟きながら、希羅々はその写真立てを手に取った。
あの日、パンフレット用とは別に、記念に一枚撮ってもらった写真。
そこに写っているのは、おそろいのウエディングドレスを着た、希羅々と真衣華だった。
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