第128話『葉隠』
「そこでコソコソしておる奴、出て来い」
背後に向けて、威嚇するような声を掛けるシャロンだが、答えるものは誰もいない。
固唾を呑んでしばらく成行を見守っていた真衣華だが、何も起こらないのが分かると、思わず笑みを零す。
「や、やだなぁシャロンさん。脅かさないでよぉ――」
と、そこまで言った刹那、シャロンの視線が横の林の方へと動く。
シャロンが両腕を山吹色の鱗と爪のある腕に変化させ、背中から小さな翼、尻から尻尾を生やすと、林の方へと勢い良く突っ込んでいった。
迷うことなく、真っ直ぐに茂みに向かい、爪の一撃を放つ。
その時、真衣華も確かに見た。
そこにいた緑色の何かが動き、シャロンの攻撃を躱したことを。
「タチバナ! 気を付けるのじゃ! そっちへ向かったぞ!」
「――っ!」
真衣華の右手の薬指に嵌った指輪が光を放ち、紅色を基調とした、半円のような形状の片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』が出現する。
咄嗟に出したアーツを体の前に持ってくるやいなや、強い衝撃がアーツ越しに真衣華を襲い、彼女は思わず吹っ飛ばされてしまった。
「大丈夫かっ?」
「う、うん! でも何こいつっ?」
シャロンが真衣華の側にやってくる。
真衣華は起き上がりながら、突如現れた敵の姿に驚きの目を向けていた。
二人の目の前にいたのは、全身緑色の、人型の怪物だ。
体長は約百八十センチ程。体や頭は葉っぱのような模様をしており、まるでコノハムシを人型にしたらこんな感じだろうと思われる。このせいで、一見しただけでは存在が分からなかったのだ。
頭部はあちこち凹んだ形状で、真ん中にある黒い球体は、恐らく目玉だろう。
「レイパー……にしては、妙な雰囲気じゃのう。こいつが噂の人工レイパーという奴か?」
「多分ね!」
人工レイパーは全員、頭部が歪な形になっている。直接人間が変身したところ見たわけでは無いが、見た目からほぼ間違いないと真衣華は思った。
分類は『人工種コノハムシ科』といったところか。
「でもシャロンさん! よく気がついたね!」
「自然の物とは違う、変な臭いがした。儂は人間よりも鼻が利くでの! じゃが、ここまで近づかれるまで儂も気が付かんかった!」
レイパーはシャロンと真衣華を少しの間見つめると、すぐに林の中へと逃げていく。
再び身を隠すつもりだろう。
「待て!」
慌てて後を追うシャロン。真衣華も彼女に続く。
林の中を進んでいく二人。
すると、シャロンの眉がピクリと動き、翼を広げる。
瞬間、彼女の左側から人工レイパーが飛び掛ってくるが、飛び上がることで躱した。
辺りの風景に紛れ込み、奇襲を仕掛けてきたのだろうが、シャロンには通用しない。
人工レイパーもそれを理解したのか、狙いを真衣華に定める。
だが、
「させん!」
人工レイパーの方へと急降下し、勢いまかせに腕の一撃を叩きつけ、相手を吹っ飛ばすシャロン。
このまま止めを刺す……そう思い、シャロンが倒れた人工レイパーへと近づいた、その刹那。
人工レイパーがムクリと上半身を起こすと同時に、全身から煙を撒き散らした。
「なっ? ゲホッ、ゲホッ……!」
「臭っ!」
まるでカメムシの放つ悪臭に、遠くにいた真衣華は勿論、接近していたシャロンは盛大に顔を顰めて咳き込む。
人工レイパーは、思わず足を止めてしまったシャロンの腹部に蹴りを入れて吹っ飛ばすと、再び辺りに姿をくらましてしまう。
「シャロンさん! 大丈夫っ?」
「う、うむ……。じゃが、鼻が……」
思いっきり煙を吸い込んでしまったせいで、嗅覚が完全に麻痺してしまったシャロン。
これでは、敵の気配を察知出来ない。
立ち上がったシャロンは、辺りを見回す。
しかし、見つかるはずも無い。
全神経を集中させ、敵の気配を探るが……。
「きゃっ?」
「タチバナっ?」
隣にいた真衣華が急に吹っ飛ばされ、咄嗟に声を掛けた瞬間、シャロンも背中を強打されて吹っ飛ばされてしまう。
起き上がり、攻撃された方を見るが、そこには誰もいない。
再び辺りを見回していると、右方向から殺気を感じたシャロン。
そちらに目を向けたが、時既に遅し。
人工レイパーは既に彼女に飛び掛っており、防御する間も無くシャロンの体を蹴り飛ばす。
「お、おのれぇ……!」
もうシャロンの視界に、人工レイパーの姿は無い。否、いないように見えるだけで、実はいるのかもしれない。
忙しなく顔を動かして敵の姿を探すシャロン。
そんな彼女の背後から、人工レイパーは三度飛び掛かる。
シャロンがそれに気が付き、振り返るが防御は間に合わない。
襲ってくるであろう衝撃を覚悟していた、その時。
「えぇぇぇいっ!」
真衣華が、シャロンに飛び掛かる人工レイパーに、フォートラクス・ヴァーミリアの刃を叩きつけた。
敵は見つからなくとも、シャロンの死角から襲うのでは無いかと当たりをつけていた真衣華。
狙い通りの動きを見せた人工レイパーの隙をついて、攻撃したのである。
自身のスキル『腕力強化』で威力を上げたその一撃は、人工レイパーの体に大きな傷を付けて遠くまで吹っ飛ばす。
しかし遠くまで飛ばしたせいで、シャロンと真衣華は再び敵の姿を見失ってしまった。
「すまぬタチバナ! 助かった!」
「気にしないで! ……背中合わせようよ! 取り敢えず、死角を減らさなきゃ!」
「う、うむ!」
ぴったりと背中をくっつけにくる真衣華。どっしりとシャロンの体にかかる彼女の体重が、不思議とシャロンを落ち着かせる。
真衣華は自身のスキル『鏡映し』を発動。アーツを複製する効果を持つこのスキルで、フォートラクス・ヴァーミリアを二挺に増やし、構える。
レイパーの気配は微塵も感じられない中、サーっと、そよ風が彼女達の頬を撫でた。
刹那、いつの間にか木の上に登っていたレイパーが、彼女達の頭上から飛び掛かる。
だが――レイパーが二人の体に触れるより早く、彼女達はスルリとその場から離れてしまう。
真衣華は、このように背中を合わせて背後の死角を消せば、敵が上からやってくると読んでいたのだ。
実はこっそり、背中を合わせる際にシャロンにジェスチャーを送っていた真衣華。シャロンに伝わったか不安だったが、彼女はちゃんと理解してくれていた。
完璧に決まったと思った奇襲を躱され、隙だらけになった人工レイパー。
そんな相手の腹部に、シャロンが尻尾で強烈な一撃を叩きこむ。
さらに同時に、真衣華が人工レイパーの背中へと、二挺のフォートラクス・ヴァーミリアでXの字を書くように斬りつけた。
前後からキツい攻撃を受けた人工レイパーの体は、一瞬硬直。
止めにシャロンが人工レイパーの体を爪で貫き、そのまま空高く投げ飛ばし――
そのまま空中で、人工種コノハムシ科レイパーは爆発四散するのであった。
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