第123話『力付』
時は少し前に戻り、ミカエルが屋敷を飛び出した後のこと。時刻にして、午後五時二十一分。
屋敷の裏手から北東へと伸びる道を進み、斜面に沿って作られた雑木林を抜けると、高台がある。
ミカエルは、高台の隅っこにある小さな岩に腰掛けていた。
ここは夜になると、魔法で出来た光でライトアップされたフォルトギアの街並みを見ることが出来る。木々の隙間から薄らではあるが、これが中々にロマンチックであり、隠れたデートスポットとしても有名だ。
しかし、ミカエルは柔らかな夕日が差し込む、この時間帯こそが、ここから見える景色の中で最も美しいものだと思っている。
昔から、ヴェーリエと喧嘩して家出すると、ミカエルは決まってここを訪れていた。この景色を見ると、荒んだ自らの心が自然と癒えていくのだ。
「何をやっているのかしら……ノルンの前で……はぁ」
色々頭に来て、勢いで家出してしまった自分が情けなく、頭を抱えるミカエル。皆に合わせる顔が無い。
いっそ、このまま消えてしまいたい衝動に駆られていた時。
「ししょー!」
「……えっ? 嘘っ?」
遠くからノルンがやってくるのが見え、ミカエルは思わずそう声を上げてしまった。まさかこの場所に辿り着くとは思いもしていなかったのである。
ノルンの後ろには、希羅々やライナ、優の姿もあった。
「師匠! 見つけました!」
「ノルン……何でここに?」
「ライナさんが分身で探してくれて」
「私のスキル、こういったことにも使えるので……」
照れくさそうな顔を浮かべるライナ。なんという人海戦術だろうか。呆れと感嘆の入り混じった溜息が、ミカエルの口から漏れた。
しかし、すぐに申し訳無さそうな顔になると、ミカエルは希羅々に頭を下げる。
「キララちゃん……さっきは止めてくれてありがとう」
「礼には及びませんわ。頭をお上げになって下さいまし」
「なーに偉そうにしてんのよ。殴ったんだから、他に言うことないわけ?」
内心グッジョブと思わなくも無い優だが、同時に、年上に拳骨かましておいて謝罪の一言も無いのは如何なものかとも思う。
だが希羅々に半眼を向ける彼女に、頭を上げたミカエルは首を横に振った。
「ユウちゃん、良いの。悪いのは私だから……」
「……色々暴走した時は、力づくの方が効果的な場合も多いのですよ。私も稀に、真衣華にああやって止めてもらうことがありますから」
「真衣華ちゃんが? へぇ、意外……」
全くもってイメージ出来ない優。希羅々もその反応は予想出来ていたのか、苦笑する。
「『腕力強化』のスキルでガツンと一発。結構効きますわよ。……まぁそれはおいて置いて、アストラムさんがああいうことをした気持ち、何となくですが私にも分かりますの」
「あんたが? 何で?」
「良い家に生まれると、色々やかましいことを言われて不満が溜まるのです。偶に爆発させないと、やっていられませんのよ」
「不満が溜まるのは分からなくもないけど、爆発させるのなんてごく少数じゃないの?」
「かもしれませんわね。……でも真衣華曰く、私は桔梗院家の問題児らしいですから」
やれやれと言わんばかりの優に対し、希羅々は肩を竦める。
「ま、ここら辺はあなたのような『庶民ッ!』には分からない感覚でしょうけど」
「わざわざ『庶民』を強調して……喧嘩売ってんのぉっ? きーらーらーちゃぁぁぁあんっ?」
「ちょ、ちょっと二人とも……喧嘩は……」
こんなやりとりは今に始まったことでは無いのだが、二人と知り合ってまだ間も無いライナ達はそんなことは知らないため、あたふたするばかり。
いつものようなやりとりをしていただけなのに微妙な雰囲気になってしまい、何となく調子が狂ってしまった優と希羅々は一瞬固まった後、バツの悪そうな顔をして互いに目を逸らす。
そして、希羅々はわざとらしく大きく咳払いをすると、再び口を開いた。
「それで……アストラムさん。あまりご家庭の事情に踏み込み過ぎるのもどうかとは思いますが、よろしければ教えてくださいません? お母様との間に何があったのか……少なくとも、アプリカッツァさんには話しておくべきではありませんの?」
「う……」
ミカエルは苦しそうな声を上げると、ちらりとノルンの顔を見て、すぐに逸らす。
考え込むように唸るが、やがて諦めたのか、大きく溜息を吐くと、話し始めた。
ここからは、ヴェーリエが雅達に話をした内容と同じだ。
実は『無限の明日』は、ミカエルの妹であるカベルナに渡される予定だったこと。
しかしそれを知らなかったミカエルは、無限の明日を無断で持ち出し、ノルンに渡してしまったこと。
ヴェーリエが、そのことに激怒していること。
それを聞いたノルンの顔は、真っ青だった。
「わ……私のせいで……」
「違うわノルン。悪いのは私。でも……悪いと分かっていても、これだけは言わせて頂戴。ノルンに無限の明日を渡したことは、私はこれっぽっちも後悔していない。これは、あなたが持つべきアーツだって思っているわ」
「私が弟子入りなんてしなかったら、師匠はそんなこと……。妹さんだって、アーツを受け取れたはずなのに……」
「カベルナのことは大好きだけど、どう贔屓目に見ても、魔法の実力はノルンの方が上よ。無限の明日は、あの子が持つには過ぎたアーツなの」
「え、えぇ……」
「へぇ……」
真顔で断言したミカエルに、ライナと優は恐ろしい物を見たような目を向ける。
反対に、希羅々は感心したような目を向けていた。
家の規則を捻じ曲げてでも自らの考えを貫くミカエルを、彼女は素直にかっこいいと思ったのである。
「でも……私がこれを持っている限り、師匠はお母さんとは……」
「そんなこと、ノルンが気にする必要はないのよ」
ミカエルはそう言うも、ノルンはまだ納得がいかない様子。
すると、希羅々が口を開いた。
「アプリカッツァさん。あなた、そのアーツを返したいのですか?」
尋ねられたノルンは、フルフルと首を横に振る。
だが、
「でも……そのせいで、師匠が色々責められるのも、嫌です……」
「アーツも渡したくないけど、アストラムさんを悪く言われるのも嫌だ、と?」
「…………う」
改めて要約されると、随分自分勝手なこと過ぎて、ノルンは顔を歪める。
優とライナが諌めるような目を希羅々に向け、何か言おうと口を開いたが、希羅々に睨み返され口を噤んだ。
ミカエルは顔を強張らせ、希羅々を見つめる。
希羅々は鼻から軽く息を吐き出すと、パチンと手を叩く。
「……良いではありませんか。それを貫けば」
「……キララさん?」
「簡単な解決方法がありましてよ。アプリカッツァさんが、誰にも文句が付けられない程、無限の明日を使いこなせばよろしいのです」
「うわ、脳筋……」
「そこ、やかましいですわよ。……周りがゴチャゴチャ煩い時は、実力や結果で黙らせるのが手っ取り早いのです。アストラムさんはあなたを認めている。だから……同じように、他の連中も認めさせなさい」
共に戦ったことはまだ少なくとも、ノルンが魔法が効かないレイパー相手に、逃げること無く自分が出来ることを精一杯やっていたことを、希羅々は知っている。
ミカエルと同じように、彼女も既にノルンを認めていた。
「…………」
ノルンは俯き、うんともすんとも言わない。
固唾を呑んで見守るミカエル達。
どれくらいの時間が過ぎたか。
ノルンが、顔を上げた瞬間。
何者かが、空から落ちてきた。
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