第121話『悶着』
「師匠!」
ケンタウロス種レイパーが逃げてから十分後。ノルン達も合流する。
現場にはバスターが何人もおり、死体の回収や検死、事情聴取の真っ最中だ。
「ノルン! 良かった、無事だったのね?」
「ごめんなさい、レイパー……逃がしちゃいました」
「……いいのよ。あなたが無事ならそれで。ミヤビちゃんとキララちゃんも、ありがとう」
「構いませんわ。それより、ちょっと伝えたいことが……。先程戦ったレイパーですけど、どうやら魔法を無力化する力があるようですの」
「……何ですって?」
「――ちょっと失礼」
そんな会話をしていると、ノルン達にもバスターが話しかけてくる。
オートマトン種レイパーのこともバスターの耳には入っており、彼女達に事情聴取するつもりで来たのだ。
結局、レイパーの一件で時間を取られ、この日はコートマル鉱石の調査はちっとも進まなかったのであった。
***
午後四時五十分。
雅達はアストラム家に戻ってきた。
玄関の扉を開けた瞬間、ミカエルの眉が寄る。
そこには、ヴェーリエがいた。
丁度出掛けるつもりだったのか、肩にバッグを掛けている。隙間から、本の背表紙が見えた。
ヴェーリエは相変わらずの冷たい視線で、雅達も思わず緊張してしまう。
一瞬、辺りが沈黙に支配されたが、それを破ったのはヴェーリエだった。
「先程バスターの方から、街にレイパーが出現したと聞きました。あなた方が戦ったのだとか」
「……ええ、そうよ。正直、もうクタクタなの。早く部屋に戻りたいんだけど」
ヴェーリエの視線に心で負けないようにするためなのか、ミカエルの声色はやや攻撃的だ。聞いている雅達の肝が冷えそうだった。
「逃がしたそうね」
「…………」
どことなく責めるような口調のヴァーリエだが、言っていることは事実だ。
ミカエルは思わず文句を言おうと口を開いたものの、そのまま押し黙る。
ヴェーリエの目がミカエルから離れ、ノルンへと向けられた。
ビクリと震える、ノルンの体。そんな彼女に、ヴェーリエは鼻を鳴らし、口を開くと、
「アーツを持っていてもレイパーを倒せないのなら、持っている意味なんて無いんじゃないかしら」
なんてことを言われ、ノルンが凍りつき、スーッとミカエルの顔から表情が消える。
「……くせに」
「はい?」
「戦えないくせに、偉そうなこと言わないで!」
この場の誰もが初めて聞いた、ミカエルの怒鳴り声が屋敷に響く。
母親のヴェーリエですら、僅かではあるが動揺したような顔をした。
「ノルンだって私だって、必死に体を張っているの! 外から見ていることしか出来ないあなたに、とやかく言われたくは無いわ!」
全員が呆気にとられている内に、ミカエルは捲し立てる。
だが、それが却ってヴェーリエに火をつけてしまったのだろう。
すぐにキッと娘を睨みつけ、
「何が『体を張っている』ですか! こんな小さな子達を戦わせて、あなたはそれでも教師だというのですかっ?」
負けじと怒鳴り返す。
「あの、私は望んで戦いに参加を――」
「あなたは黙っていなさい!」
「ひっ?」
「ノルンに当たらないで! あなたが何が気に入らないかなんて分かっているのよ! 小さな子達を戦わせていることが気に入らないんじゃない! 家宝であるアーツをノルンに渡したことが気に入らないんでしょ!」
その発言に、ノルンはギョッとした目でミカエルを見つめる。
そして同じくその発言に、ヴェーリエもプツンと来たのか奥歯がギリっと音を鳴らした。
それでも言い返さないヴェーリエ。ミカエルは構わず言葉を続ける。
「ノルンにアーツを渡したのは私よ! あの子が持つにふさわしいって思ったから渡したの! それが気に入らないんだったら、私だけを責めればいいじゃない! ノルンに当たらないでよ!」
「……よくもまぁ、あなたこそ偉そうに……」
ついに、ヴェーリエも静かに口を開く。
「宝物庫からコソ泥のように盗み出した癖に……。あれはアストラム家のアーツよ! あなたの一存で誰かに渡すのは勿論、どこぞの馬の骨かも分からない者に渡すなんて以ての他! 本来なら取り上げられても文句は言えない立場でしょう! そうしないだけありがたいと思いなさい! それ以上のことを望むなど……恥知らずにも程がある!」
最後の方は、耳が痛く成程の金切り声だった。
すると、ミカエルの持つ杖型アーツ『限界無き夢』の先端に付いた赤い宝石が、今の彼女の荒れた心を表すかのように激しく発光を始める。
この場の誰もが、ついにヴェーリエが超えてはいけない一線を超えたのだと悟った。
「何が『家宝』よ! 誰も使いこなせない家宝に何の意味があるっていうのっ? 使いこなせるノルンが持っている方が余程価値があるわ!」
ミカエルはヴェーリエへとアーツを向け、顔を歪ませてそう叫ぶ。
ヴェーリエはやや顔を強張らせてはいるものの、後ずさることすらない胆力は褒めるべきか。
だがこのままミカエルが魔法をぶっ放せば、ヴェーリエはただでは済まないのは明白だ。
いくら頭に来たとは言え、流石にやり過ぎだろう。
「だ、駄目です師匠!」
「止めないでノルン!」
ノルンが青い顔をしながら、伸ばしたミカエルの腕を掴んで首を横に振る。
それでも、もうミカエルも自分の行為を止められない。
ますます輝きを強めた宝石の光に、誰もがヤバいと思ったその時だ。
「ちょっと歯を食いしばって下さいましっ!」
希羅々が突如、ミカエルの後頭部を思いっきり殴りつけた。
「……くっ!」
衝撃でミカエルが前につんのめると同時に、アーツの輝きが消える。
全員が目を丸くして希羅々を見る中、最初に声を上げたのは優だ。
「ちょ、あんたねぇ!」
「黙らっしゃい庶民!」
暴力に訴える以外に、もうちょっと他にやり方は無かったのかと言いたそうな優を、希羅々は睨みつけて黙らせる。
ミカエルは殴られたところを手で押さえて希羅々とノルン、それにヴェーリエを見ると、涙目で踵を返して屋敷を出て行ってしまった。
「し、師匠!」
ノルンがすぐに彼女の後を追う。
扉が大きな音を立てて閉じられ、ヴェーリエは肩で大きく息を吐きながらもその戸を睨んでいた。
一瞬の間。時間にして僅か数秒。
しかし、彼女達の体感では十分以上にも思える程の沈黙が流れる。
「ど、どうしましょうっ?」
ライナも今にも泣きそうな顔で、助けを求めるように雅を見た。
すると、
「……皆さんは、ミカエルさんを追ってください」
「みーちゃんは?」
「私は――」
雅は、据わった眼でヴェーリエの方へと歩いていくファムの背中に目を向ける。
何かやらかしそうな雰囲気を、ひしひしと雅は感じていた。
こっちもこっちで、一人にするのは危険だ。
顔が強張りそうになるが、雅は表に出さないよう、グッと堪える。
「ちょっと、あっちを上手く収めまてみます」
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!