第120話『機械』
「何ですのっ?」
「あっちから聞こえました! 私、行ってきます!」
フォルトギアの図書館に入ろうとした瞬間、聞こえてきた二つの悲鳴。
ノルンはそう宣言するやいなや、杖型アーツ『無限の明日』を手に、図書館の裏手側へと走っていく。
「ノルンっ?」
「待ちなさいノルン! 私も一緒に――」
「ファムも師匠も別方向をお願いします! こっちは私一人で大丈夫!」
「はぁっ?」
ノルンの言葉に、ファムは思わず変な声を上げてしまった。
何故突然ノルンがそんなことを言ったのか……その理由は誰にも分からない。
しかし、どう考えても一人で行動させるのは危険だ。
「アプリカッツァさんは私に任せてくださいまし!」
「希羅々ちゃん! 私も行きます! 皆はもう一方へ!」
希羅々と雅がノルンの後を追う。
どうすべきか少し悩んだミカエルとファムだが、もう一方の悲鳴を放って置けない。
仕方なく、優とライナと一緒にそちらへと向かうのだった。
***
図書館の裏手側。
ノルンが到着すると、まず真っ先に目に飛び込んできたのは、倒れた女性。
胸には穴。傷口が焼け焦げており、どんなもので貫かれたのか想像もつかない。
地面に流れる大量の血に、思わずノルンは顔を顰めてしまう。
「あの、大丈夫ですかっ?」
声を掛けるも反応は無し。最初から望み薄ではあったが、やはり女性は死んでいると分かると、アーツを持つ手にも力が籠る。
その瞬間。
「――っ!」
ノルンの脳裏に、背後からレーザーで貫かれる自分の姿が浮かぶ。
スキル『未来視』が発動し、彼女に危険を知らせたのだ。
敵の攻撃よりも早く、振り向き様にアーツを振るい、風の球体を飛ばす。
後ろにいた『何か』に命中。爆音が鳴り響いた。
舞い上がる土煙。
しかし。
低い機械音と共に、煙の中から『何か』が姿を見せる。
まるでタマゴのような形をした、銀色の鉄の塊だ。高さは二メートル弱程。
想像もしていなかったような物体にノルンが絶句していると、銀色の塊に黒い線が入り、側面が四方向に飛び出てきて、目玉のような赤い球体が一つ、鉄の塊の真ん中辺りに出現する。
四足歩行となったそいつは、レイパー。この女性を殺した奴だ。
分類は『オートマトン種レイパー』である。
奇襲にも近いノルンの風魔法が直撃したにも関わらず、ボディには傷一つ付いていない。
ノルンが二発目の風の球体を放ち、直撃するも、レイパーは何事も無かったかのようにノルンへと近づいていく。
すると、
「はあっ!」
「せぁっ!」
横から希羅々と雅が、それぞれレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』と剣銃両用アーツ『百花繚乱』でレイパーへと同時に突き攻撃を放った。
間一髪のところで二人の存在に気が付いたレイパーは、二人から放たれる刃を、足の一本で受け止める。
希羅々と雅が力を込めているにも関わらず、レイパーとの力は拮抗。
無理矢理押し飛ばそうと躍起になる二人を、レイパーは別の足を叩きつけて吹っ飛ばしてしまった。
「キララさん! ミヤビさん! ――くっ!」
ノルンが青い顔になりながらも、二人がレイパーとやりあっている間に作っていた緑風のリングを、レイパーへと飛ばす。
切断性に富んだ、ノルンの最大魔法だ。
それが、カーブしながら鋭い音を立ててレイパーへと向かっていった。
だが、
「っ? そんなっ?」
緑風のリングはレイパーにクリーンヒットしたにも関わらず、全くと言って良いほどレイパーの体に傷を付けることは無かった。ボディに命中した瞬間、ノルンの自慢の魔法は、あっという間に霧散してしまったのだ。
ノルンは悟る。どういう原理かは分からないが、このレイパーには魔法を無力化する力があるのだと。
すると、レイパーの体に付いている赤い球体が、まるでエネルギーを収束させるかのように光を放った。
刹那、ノルンの方へと赤いレーザービームが放たれる。
ノルンは杖をレイパーへと向けると、風の球体を放ち、レーザーにぶつけて相殺させた。
レイパーの赤い球体がボディの上を滑り、今度は希羅々の方へと向けられる。
「――くっ?」
同じようにレイパーの球体が赤く光を放った瞬間、希羅々がその場を飛び退いた。
瞬間、今まで希羅々がいたところを、赤いレーザーが通過する。
レーザーは図書館の壁に命中し、壁を溶かして丸い穴を開けた。
殺された女性の胸を貫いたのは、このレーザーだ。当たればただでは済まない。
そして今度はレイパーの球体が、雅の方へと向けられる。
「くぅ……!」
「束音さんっ! 避けなさい!」
警告するように飛んできた希羅々の声。
しかし、既に赤い球体は光を放っており、今から動いても躱せないと雅は直感する。
一か八か、雅は自身のスキル『共感』により、レーゼの『衣服強化』を発動。その効果により、自分の体が、鎧並の強度になる。
刹那、雅の胸元にレーザーが直撃した。
強烈な衝撃は襲いかかるが、雅の体に傷は無い。
これならいける――雅のアーツを握る手に、力が入った。
雅は『衣服強化』を発動したまま、ゆっくりとレイパーへと歩いていく。
スキルで防御力が上がる代わりに、体は鉛のように重くなるデメリットはあるが、今はダメージを受けない方が大事だ。
二発、三発と雅にレーザーが直撃し、その度に、僅かによろめくものの、確実に距離を縮めていた。
スキルの効果時間は三十秒。
残り十秒を残すところで、丁度良い位置まで近づけたところで、雅は真衣華のスキル『腕力強化』でパワーを上げつつ、レイパーのボディに百花繚乱の刃を叩きつけた。
大きな金属音と共に、レイパーの体が吹っ飛ばされる。
そしてレイパーが着地した瞬間、その足元に何かが飛んでくる。
ノルンの放った、風の球体だ。
レイパーの体に傷は付けられないが、ノルンの狙いはそこでは無い。
地面に直撃した魔法攻撃が、地面を抉り、土を巻き挙げレイパーの視界を塞ぐ。
刹那、
「束音さん! ご一緒に!」
「はい!」
希羅々と雅が、同時にアーツを前に付き出した瞬間、上空から巨大なシュヴァリカ・フルーレと百花繚乱が出現し、レイパーへと襲いかかった。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』だ。雅も『共感』で同じスキルを使った。巨大な武器を召喚し、敵を貫く攻撃スキルである。
レイパーの視界を塞いだ今が、絶好のチャンス。
が、
「っ?」
レイパーは突如、最初のタマゴ型の球体に戻ると、下から煙を噴射させて飛んで行く。
希羅々と雅の召喚した巨大なレイピアと剣は、標的を失い、空を切って消えてしまう。
飛び上がったレイパーは、そのままどこかへと消え去るのであった。
***
一方、図書館から離れたところにある、小さな公園。
そこに、上半身は人間、下半身は馬の生物――ケンタウロスのような姿をしたレイパーがいた。
ケンタウロスの『ような』と表現したのは、一般的なケンタウロスとは明らかに異なる点が一つあるからだ。
それは、頭部から伸びた二本の角。まるでバイコーンの角のように、曲線を描いている。
分類は『ケンタウロス種レイパー』。
レイパーの足元には、七人の女性が倒れていた。頭は砕け、何人かは角で貫かれたような跡がある。
殺された後もレイパーに嬲られたようで、体はグチャグチャになっている死体もあった。中にはまだ子供の姿もある。
レイパーは一通り辺りを見回すと、満足したような表情を浮かべ、その場を後にしようとした時。
突如、横から『何か』が飛んでくる気配を感じてそちらを見た。
レイパーに襲いかかってきたのは、白い矢型のエネルギー弾と、十数枚の白い羽根。
その奥に、弓型アーツ『霞』を構えた優と、翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を広げたファムがいた。
レイパーは低く唸ると、腕を振ってエネルギー弾と羽根を全て明後日の方向へと弾き飛ばしてしまう。
だがその刹那、今度は背後から火球が襲いかかり、レイパーの体に命中する。
攻撃が飛んできた方向には、ミカエル。手には杖型アーツ『限界無き夢』が握られおり、それをレイパーに向けていた。
ミカエルの放った炎の攻撃が、レイパーの体を包みこむが……
「ツウレト……。マヤトカタジソ、ライソノラヒヤダ!」
レイパーがそう言って体に力を込めると、たったそれだけで纏わりついていた炎が吹き飛んでしまう。
軽い火傷の跡はあるが、ほとんどダメージは受けていない様子。
自分達の攻撃が通用しなかったにも関わらず、優やファム、ミカエルの表情に焦りの色は無い。それもそのはず。この攻撃は全て敵の気を逸らすためのものだ。
音も無く、レイパーに忍び寄る影。レイパーの目はミカエルに向いており、この影は視界に入っていない。
二人のライナ。スキル『影絵』で創り出した、分身である。
二人の分身ライナは鎌型アーツ『ヴァイロラス・デスサイズ』を構え、今まさに斬撃を繰り出さんというところ。この攻撃で仕留めるのが、本命だ。
しかし。
「ロコレ!」
音は無くとも、気配は察知していたようで、レイパーは分身ライナを見ることもなく、二人の攻撃を体を反らして躱す。
そして、空振りして隙の出来た分身ライナの背中を角で貫き、消滅させてしまった。
「ハマテカレウト!」
さらに、分身に隠れてこっそり近づいていた本体の存在にも気が付いていたレイパー。
驚愕するライナの顔面目掛け、レイパーは拳を振るう。
「くっ?」
咄嗟にアーツを盾にしたものの、衝撃は殺しきれず、ライナは大きく吹っ飛ばされてしまう。
「このっ!」
ファムが上空から勢いよくレイパーへと突っ込み、踵落としを決めにいく。
レイパーはその攻撃を、角を振り上げ迎え撃った。
激突するファムの踵とレイパーの角。
だが、
「おわっ?」
あっさりとファムは吹っ飛ばされてしまう。
「ライナさん! ファム! こ、このぉ……!」
優が怒りに任せて弓の弦を引き、レイパーへと向かって次々に白い矢型のエネルギー弾を放った。
レイパーは雄叫びのような声を上げると、エネルギー弾を体に受けながら、強引に優へと走ってくる。
そして前足を高く上げ、優を踏みつけようとした。
勢いよく下ろされる足。例えアーツを盾にしたところで、優の体なぞ圧し折れるだろう。
しかし攻撃が当たる寸前で、レイパーへと炎で出来た針が飛んでくる。
レイパーがそれに一瞬気をとられ、動きが止まった隙に、
「っ? ライナさん!」
いつの間にか創られ、近づいていた分身ライナが優を抱き上げてその場を離れる。
遠くで、倒れている本物のライナと目が合った。
抱きかかえられながらも、優は霞の弦を引き、エネルギー弾を番えると、レイパーへと向かって放つ。
直線的に飛んでいったエネルギー弾は、レイパーの角に命中。
僅かにグラついたレイパーの体。そこに、遠くからファムが勢いよく近づいてきた。
足の裏をレイパーに向け、蹴りの体勢。このまま、レイパーに飛び蹴りを喰らわすつもりだ。
が、しかし。
「っ? やば――」
レイパーは急接近してくるファムの足を掴むと、今まさに魔法を放とうと限界無き夢をこちらに向けているミカエルに向かって投げ飛ばしてしまう。
「きゃっ?」
「うぐっ?」
突然のことに、ミカエルは飛んでくるファムを避けることが出来ず、激突して塊となって地面を転がっていった。
そして、二方向――それぞれレイパーの死角からだ――からヴァイオラス・デスサイズを手に近づいていた分身ライナをラリアットで消滅させると、背後から忍び寄っていた本体のライナを角で突く。
「くっ?」
角にアーツを叩きつけて敵の攻撃を迎え撃つも、あっさりと飛んでいってしまったライナの体。
地面に転がったミカエル、ファム、ライナは、そのまま動けない。
動ける優は弓を構えてレイパーを睨んでいるが、攻撃が効かないのはレイパーも今の攻防で分かっていた。
そんな彼女達を一瞥する、レイパー。
その時だ。
遠くの空から、こちらに向かって飛んで来る気配を感じて、優達もレイパーもそちらに目を向ける。
魔法の絨毯に乗った、たくさんのバスターの姿があった。
「テヤヅルゴマエスリニ、キヤザルモ。ヘモノトレ」
これだけの人数を同時に相手にするのは不利だと判断したからだろうか。
レイパーはつまらなさそうに鼻を鳴らしてそう呟くと、どこかへと走り去ってしまうのだった。
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