第119話『冷淡』
オートザギアで一番大きな学校、『オートザギア魔法学院』。
開校三百年以上の歴史のある学校で、アストラム家は代々、その学院の理事長を務めている。
学校経営で家をどんどん大きくし、オートザギアの中では『アストラム』の名を知らない人はほぼいない程にまでなった。
現在の理事長はデリシオ・アストラム。ミカエルの父親だ。
そんな由緒ある一家なのだが……。
「ミカエル先生からは、その威厳を感じないんだけど」
「がーん!」
午後八時二十六分。ミカエルの部屋にて。
容赦無いファムの言葉に、ミカエルは大きなダメージを受けた。
自覚があるだけに、文句も言えない。
何とも言えない空気が、辺りを支配する。
普段ならここで、ノルンがフォローしたり、ファムを嗜めたりするのだが、当の本人は心ここにあらずといった様子。
原因はミカエルの母親、ヴェーリエだ。
態度が素っ気無い。特に、ミカエルと……ノルンに対して。
雅達は詳しく聞いたわけではないが、どうもミカエルとヴェーリエの間に確執があるようだというのは分かる。だがヴェーリエがノルンを見る目も冷たいのは不可解だった。二人は間違いなく初対面なのだ。
ノルンが勇気を出して話しかけても碌に返事もしなければ目も合わせず、ミカエルが文句を言おうとすれば視線で黙らせる有様。
最も、雅達に対する態度も決して柔らかいものでは無かったのだが。
数分前まで夕食の時間だったのだが、そこにヴェーリエもいた。お通夜みたいな雰囲気で、とてもじゃないが食事を楽しめるような状態では無かった程だ。
ヴェーリエの態度の理由が分からないので、誰もどうフォローして良いか分からず、ミカエルとノルンに交互に心配そうな視線を向けることしか出来ていなかった。
雅でさえどうにもならず、「お手洗いに行ってきます」と逃げるように部屋を出てから一行に戻ってくる気配が無い。
早く戻ってきてくれないかと、縋るような思いで部屋の戸の方に目を向ける優達だった。
***
そして、その雅はというと……別の部屋の外で、何やらコソコソとしていた。
部屋の戸は薄ら開いており、室内の様子が伺える。中にいるのは、メイドとヴェーリエだ。
お手洗いから戻る途中、偶然ヴェーリエがメイドと歩いているのを見かけ、こっそり後をつけたのである。
この部屋は図書室となっており、壁際に立つ本棚の前で、ヴェーリエとメイドが話をしているのが聞こえた。
「――ところでお嬢様。明日の夕食ですが……」
「それなら私が作るわ。必要な材料の手配だけお願い」
「かしこまりました。しかし、よろしいのですか?」
「あなたに色々教えてもらったから、大丈夫。娘達が滞在している間は、私が作るつもりよ。いつまでこっちにいるのかは分からないけど……」
「……そう、ですか」
「何? 不満でもあるのかしら?」
「包丁の持ち方がまだ少し……。今日も指を切り落としそうになっておりました。怪我をされては一大事ですので、念の為私もご一緒させて頂きます」
そう言ってのけたメイドの度胸に、聞いていた雅は感服する。
ヴェーリエは文句を言おうとするように口を開いたが、何も言い返せなかったのだろう。
「……なるべく手は出さないで頂戴」
不機嫌そうにそう呟き、そっぽを向いた。
「かしこまりました。……それと、もう夜も遅いですし、探し物も程々になされて下さい。昨日も随分夜更かしされていたようですし、お体に障ります」
「……分かっているわよ」
メイドは深くお辞儀をすると、部屋の戸の方まで歩いてくる。
覗いていたことがバレたら色々マズい。雅は慌てて、物影に隠れた。
メイドは僅かに戸が開いていたことに訝しんだものの、ただの閉め忘れだと判断したのか、雅には気づかずに去って行ってしまう。
その後、ミカエルの部屋に戻りながら、雅は首を傾げる。
どうやら今日の夕食はヴェーリエが作ったらしい。ミカエルのことを快く思っていない様子にしては、随分母親らしいことをするものである。
「ツンデレ……という感じでもありませんでしたねぇ。うーん……」
そして、どうも昨日は夜遅くまで何かを探していたようだ。もしや寝不足で不機嫌だっただけなのだろうか……とも思ったが、ミカエルの様子をみるに、一時的なものというわけでも無さそうだった。
頭を悩ませるも、結局どういうことなのかよく分からず、ノルンも気落ちしたまま、この日は終わるのだった。
***
次の日。午前七時二十二分。
フォルトギアにある、とある料理店の奥。
「た、助けて……誰か……!」
「こ、来ないで……! 来ないで!」
「バスターはまだ来ないのっ?」
この店の従業員である、三人の女性。
彼女達に近づく、二つの影があった。
ほんの数分前までは開店の準備で慌しかったはずなのに、どこからともなく急に現れたこの二つ影は……レイパーだ。
助けを求める女性達の声は、誰にも届かない。
二分後。
レイパーは消え去り、後には大量の血が広がり、無残な肉塊が転がっていた。
***
午前十時十四分。
アストラム家を出た雅達は、ユニコーンが引く馬車に乗って、フォルトギアの街中へと向かっていた。コートマル鉱石の手掛かりを掴むため、ミカエルが幼い頃、よく行っていたという図書館を訪ねるためだ。
だが……。
「……何か、様子が変ね」
街が騒がしい。どうも、賑わっているという感じでもない。
「あれ、バスターの人達じゃありませんか?」
遠くの人だかりを見たライナが、そう言った。言われてみれば、アーツのような物を持っている人がちらほら見える。
その数分後、馬車が図書館に到着。近くにいた人を捕まえて尋ねたところ、どうやらレイパーが現れたらしい。
それも二体。
もうすでに、十人以上の女性が被害に遭ったそうだ。
「皆で手分けして情報を集めようかと思ったけど、あまりバラバラにならない方が良さそうね。図書館の中では、常に三人以上で固まって動きましょう。じゃあ――」
と、ミカエルが先導して図書館の中に入ろうとした時だ。
図書館の裏手と、ここから離れたところ。二ヶ所別々の方向から小さく悲鳴が聞こえてきた。
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