第12話『悪魔』
「ゴムソヌヘア」
インプ種レイパーの口が開き、そんな音が発せられた瞬間、向けられた手の平から直径三十センチ程の黒い球体が放たれ、雅に襲いかかる。
決して遅いわけでは無いが、避けられないスピードでは無い。
正確に体の中心を狙ってきて進んでくるその攻撃を、雅は体を横に逸らして躱す。
標的を失った球体は、そのまま落下する。途端、球体が触れたところの地面が爆ぜた。
女性を殺した攻撃がこれだと、雅もセリスティアも理解する。
「ゴムソヌヘア、ゴムソヌヘア、ゴムソヌヘア――」
呪文のように繰り返される度、レイパーの手の平から黒い球体が次々と放たれていく。
雅は自身のアーツ、百花繚乱をライフルモードにして、自身に襲い掛かる球体に向けてエネルギー弾を放つ。エネルギー弾と球体が衝突すると、球体が弾け、爆風が起こる。
セリスティアは前のめりになって駆け出し、球体の間を縫うようにして躱し、レイパーとの距離を詰めていく。
セリスティアがどうしても避けられない球体は、雅がエネルギー弾で破壊した。
そうしていると、必然的に『レイパーに近づこうとするセリスティア』と『それを援護する雅』という構図になっていく。
二人は無数に襲いかかってくる球体に、額に汗を浮かべながらも対処していき、ついにセリスティアのアーツ『アングリウス』の爪が届くところまで近づいた。
声を張り上げて腕を振るうセリスティア。そのままレイパーの胸を貫ける……はずだったのだが。
「ナオリア」
「――何っ!」
「セリスティアさんっ?」
セリスティアの攻撃が届く前に、レイパーの手の平からセリスティアに向かって黒い紐のような物が放たれ、彼女の腕と体を縛って宙に浮かせる。
慌てて雅は百花繚乱をブレードモードにしつつ、レイパーの方へと突撃していくが、時既に遅し。
レイパーが腕を振ると、その動きに合わせて紐が動き、セリスティアの体はレイパーを中心に円を描くように振り回される。
「――っ!」
そしてレイパーはセリスティアを、向かってくる雅に向かって放り投げた。
雅はそれを避けることが出来ず、二人は衝突してしまう。その衝撃で、雅の手からアーツが吹っ飛んだ。
勢いよく地面を転がる二人。
「こぉんのてめぇ……!」
「ゴムソヌヘア」
先に立ち上がったのはセリスティア。吐き捨てるように怒声を上げ、再びレイパーに近づこうとしたら、目の前には黒い球体。
――ヤバい。
危険を悟ったものの、対処する余裕は彼女には無い。頭が真っ白になる、そんな時だ。
急に横から誰かが飛びかかり、セリスティアを押し倒す。雅だった。
球体は、雅の背中のすぐ側を通過していく。
「ゴムソヌヘア」
倒れた二人に再び黒い球体が放たれるが、押し倒されたセリスティアは雅を思いっきり突き飛ばし、さらに自分も地面を横に転がって攻撃を躱した。
「ゴムソヌヘア、ゴムソヌヘア、ゴムソヌヘア……」
レイパーはセリスティア一人に狙いを絞り、黒い球体を無数に飛ばす。
だがセリスティアは最初の数発は同じように地面を転がって躱し、攻撃の隙を見て立ち上がり、残りの攻撃の合間を縫うように動き、少しずつレイパーに近づいていく。
「はぁぁぁあっ!」
すると雅がレイパーの横から飛びかかり、球体の発射口となっている腕を掴んで上に逸らす。
絶え間なく飛んできていた球体が、一時だけ止んだ。
「今です!」
「――っ、あぶねぇぞっ!」
「うぐっ?」
しかしそんな雅の首に、レイパーの鉤のついた尻尾が巻きついた。
締め上げる力は強く。息をすることすらままならない。両手で尻尾を掴んで引き離そうとするが、全くびくともしなかった。
焦って助けようと地面を蹴って勢いよくレイパーに近づくセリスティアだが、そんな彼女に、レイパーは雅の妨害からフリーになった右手の平を向ける。
「ゴムソヌヘア」
放たれた球体を避ける術をセリスティアは持っていない。咄嗟に腕をクロスさせ、腕に着いたアーツを盾にし、歯を食いしばって球体を受ける。
球体が接触した途端、強い衝撃がセリスティアに襲いかかる。
放物線を描くように飛んでいく彼女の体。爆風により大きく吹っ飛ばされ、背中から地面にモロに叩き付けられる。
そしてレイパーは未だ抵抗している雅の首に巻きついた尻尾を解くと、彼女の腹部を蹴り飛ばす。
仰向けに倒れた雅はゲホゲホと咳き込むが、そんな彼女にレイパーは近づき、雅の胸を思いっきり踏みつける。
苦しむ雅の様子を楽しむように、何度も、何度も、何度も……レイパーは足を上げては下ろす動きを繰り返し、その度にくぐもった声が雅の口から漏れる。
最後に一際強く雅を踏みつけた後、レイパーは雅の体の横を強く蹴り飛ばし、大きく吹っ飛ばした。雅は声を上げることも無く、うつ伏せに地面に叩き付けられる。
雅もセリスティアも、倒れたままピクリとも動かない。
そんな二人を満足気に眺めるインプ種レイパー。
「ノロレカトレト」
そう呟くと、ふと、何かを思い出したようにレイパーは辺りを見回す。
セラフィの姿が無い。いつの間にか、どこかに逃げていた。
二人に視線を戻すレイパー。
「モエタデンコゾ。ヌベソマアフ」
嘲るように甲高い笑い声を上げると、姿を消した。
その後、通報で駆けつけた他のバスターに助け出されるまで、二人が起き上がることは無かった。
***
昼十二時を少し過ぎた頃。
ここはセントラベルグの中心にある、バスター署。元の世界で言うところの警察署のような施設である。
レイパーとの戦いで負った怪我の治療をしてもらい、状況の報告を終えた雅は、セリスティアと話をしようと署の出入り口で待っていた。
すると、
「ちょっとセリスティア、一人で戦う気っ? 今は私達と協力して――」
「うるせぇ! 行動が一々遅いあんたらとなんかやってられるかよ! あいつは俺がぶっ殺す!」
扉越しに、そんな怒鳴り声が聞こえてくる。荒々しく扉が開き、セリスティアが肩を怒らせて出てきた。セリスティアも雅同様怪我の治療をしてもらっており、体のあちこちに包帯が巻かれている。
その後を追うように金髪の女性が出てきたが、セリスティアが振り向き一睨みすると、ビクンと体を震わせ、渋々と言った様子で踵を返した。
そんなセリスティアは、雅の姿を見ると、眉を吊り上げ近づいてくる。
「十六人」
「え?」
「てめぇがあの女逃がすから、それだけの女性が殺された。どう落とし前つけんだゴラ」
その台詞に、雅の顔が青ざめる。
それでも、大きく息を吸うと、腹を決めてセリスティアに聞く。
「……セラフィちゃんがレイパーを呼んで、あの場にいた女性を殺させた。そう言いたいんですか?」
「言ったろうが! あの女がレイパーと会話しているっつー話をよ!」
怒鳴るセリスティアにたじろぎそうになる雅。
それでも彼女は、首を横に振る。
「あの子はアーツを持っていて、スキルを与えられていました」
「……何?」
「レイパーと協力している人に、アーツはスキルを与えたりしないはずです! セリスティアさんだってアーツを持っているなら分かるでしょう! きっと、何か事情があるんです!」
それが、雅がセラフィを信じる理由だ。
雅とセリスティアは、互いに睨み合う。
僅か数秒。だが二人の間には誰も入れない緊張感が確かにあった。
やがてセリスティアが舌打ちしたことで、その空気も終わりを迎える。
「……確かに、あんたの言うことにも一理あるか」
「分かってくれましたかっ?」
「一応、な。そのセラフィって女を一方的に悪者と決め付けるのは止めてやる」
雅は、安堵したようにホゥっと息を吐く。それだけでも充分だった。
だが、とセリスティアは続けた。
「あの女はひっ捕らえるぞ。どういう理由があるにせよ、あいつがレイパーとコミュニケーションをとっている目撃証言がある。重要参考人だろ」
「分かっています。私も一緒にセラフィちゃんを探しますよ」
敢えてセリスティアには言わないが、セラフィの様子が変だったのは雅も気になっていた。
話を聞かないわけにはいかない。だって雅の中ではもう、セラフィは友達なのだから。どんな結末になろうとも、知らん顔をするつもりは無かった。
「よし、行くぞ」
セリスティアの言葉に頷くと、二人は歩き出した。
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