第112話『隼鷺』
「な、何っ?」
突然発生した爆音に、真衣華が困惑の声を上げる。しかも、一発だけではない。
シェスタリアのあちこちから煙が上がっていた。煙の数は四本だ。
「ト、とりあえず行ってみよウ! 私はあっちに行ってみル!」
「ちょ、ちょっと待って志愛!」
志愛が突然街の方へと走り出し、その後に優が続く。
レーゼが「待ちなさい!」と制止するも、その声は耳には届いていない。
「ただ事では無いようですわね……! 私達も行きますわよ!」
「あなたまで……。全く、仕方ないわね! 手分けしましょう! ミヤビとアイリはあっちに! キララとマイカは私に着いてきなさい!」
「ええ、分かり――ってマーガロイスさん? 今私の名前を?」
「愛理ちゃん、今はちょっとスルーで! 行きましょう!」
「う、うむ」
突然の名前呼びに思わずレーゼを二度見した愛理だが、今はそんな状況では無い。
二人は一緒に、シェスタリアの西へと走り出す。
「私達も――って、あなた達も変な顔をしない!」
名前呼びに驚いていたのは愛理だけでは無かった。希羅々と真衣華もだ。特に希羅々は癖で反射的に「希羅々ちゃん言うな! ですわ!」と言いそうになり、開いた口を所在なさ気にモゴモゴとさせている。
因みにレーゼもレーゼで、自然と彼女達の名前を呼び捨てで呼べたことに、少しばかり顔を赤らめているのだが。
「コホン――。船の中でも話したけど、私達はさっきやたら強いレイパーに襲われたわ。世界が融合して、奴らもさらに強力になったのかもしれない。この騒ぎがレイパーの仕業と決まったわけじゃないけど、警戒するに越したことはないから、気を引き締めて行くわよ!」
レーゼの言葉に頷く希羅々と真衣華。
そして三人は東へと走り出したのだった。
***
シェスタリアの中央広場付近。
辺りには、六人の女性が倒れている。地面にアーツが転がっていることから、バスターである。いずれも頚動脈を切られ、ドクドクと血が流れており、即死していることは明らかだ。
そんな死体を空から見下ろす、一匹の鳥の姿をした、全身が濃い灰色のレイパー。
大きな眼に、先細りした翼。足にはたくましい爪が生えている。その姿はまるでハヤブサだ。
故に分類は『ハヤブサ種レイパー』といったところなのだろうが、一点、嘴だけはサギのように長い。
広場付近の建物のいくつかは破壊されており、中には火事になっているところもあった。
それも、このレイパーが女性を襲った際に起きたものである。
突如現れたレイパーに、そこにいた人が急いで避難する中、レイパーは空中で次の獲物を探していた。
そして逃げる途中で転んだ、三十代くらいの女性へと視線をロックオンし――翼をすぼめ、流れ落ちるように一気に急降下を始める。
狙われた女性は、顔を青褪めさせ、悲鳴を上げた。
もう駄目だ――と目を閉じた瞬間。
「ハァ!」
鋭い声が横から飛んできた。
志愛だ。棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』を手に、女性に襲い掛かるレイパーを横から攻撃し、吹っ飛ばしたのである。
「早く逃げて下さイ!」
「ご、ごめんなさい……!」
異世界の女性は、一部の人を除き、アーツを持っていない。
それを雅達から聞いて知っているから、志愛は急いで女性に逃げるように言う。
因みに、ここに来たのは志愛だけだ。優が後から追ってきていたはずだが、途中ではぐれてしまった。
レイパーの目が、先程狙っていた女性から志愛へと変わる。
再び空に飛びあがり、高いところから志愛を睨んだ。
体には虎の刻印が浮かんでいるが、すぐに消えてしまう。
志愛は大きく深呼吸すると、跳烙印・躍櫛を右脇に抱え、腰を少し落とした。
互いに敵からは目を離さず、空中で視線がぶつかり合う。
緊迫した状況……先に動いたのは、レイパーだ。
先程女性を襲った時と同じように翼をすぼめ、志愛目掛けて一気に急降下していく。
志愛は棍を構えなおし、少し後方に飛び退いてから、薙ぎ払うようにして力一杯に振る。
まるで、飛んでくるボールをバットで弾くような形だ。
激突するレイパーと、跳烙印・躍櫛。
だが、
「――ッ?」
バキリと鈍い音を立てて、跳烙印・躍櫛は折れてしまう。
そして、鉤爪が志愛の体を捉えた。
「グッ……! しまっタ!」
レイパーは志愛の体を掴むと、飛び上がる。
そのまま空中で志愛を離し、地面に落として殺すつもりだろう。
もがく志愛だが、その度に体に鉤爪が食い込み、痛みに顔を顰める。
ヤバい――志愛がそう思った、その時だ。
地上から緑色の風の球体が飛んできて、レイパーの顔面に直撃する。
不意打ちに驚いたレイパーは、思わず志愛を離してしまった。
「うワッ?」
自らの死を悟り、志愛はギュっと目を瞑る。
すると、
「うぉっと危ない!」
突然誰かが、落ちる志愛の体を抱きかかえた。
恐る恐る志愛が目を開ければ、最初に見えたのは白い翼。
直後、志愛の顔を覗きこむ、薄紫色のウェーブ掛かったセミロングの少女の顔が飛び込んできた。
「大丈夫? 全くノルンも無茶するよなぁ……」
志愛を助けたのは、ファム・パトリオーラだ。
「ト、飛んでいル……?」
「ん? あぁこれ? これはアーツ。かっこいいっしょ?」
翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』に目を奪われた志愛に、ファムがニヤリと笑みを浮かべた。
志愛が地上に目を向ければ、そこには白衣のような見た目のローブを身に付けた、跳ねた前髪が特徴的な緑色のロングヘアーの少女……ノルン・アプリカッツァの姿があった。
ノルンの手には黒木で出来た、全長二メートル程の節くれだった木製のスタッフが握られており、先端には大きな赤い宝石がついている。杖型アーツ『無限の明日』だ。
そこから放たれた風魔法で、レイパーから志愛を解放し、志愛が地面に激突する前にファムが助け出したのである。
「……それにしても、黒髪? 珍しいね。ってか、その指輪……あんた、もしかして――」
「ッ! おイ、前! 前!」
「んー? って、おわっ?」
ファムが、志愛の髪や、着けている指輪に気を取られている間に、レイパーは彼女達へと襲いかかってきていた。
ファムが慌てて上昇すると、そのすぐ下をレイパーが通過する。
すると、レイパーの腹部に鎌居達が直撃する。ノルンの魔法による攻撃だ。
痛みに頭に血が昇ったのだろう。レイパーは甲高い声を上げると、狙いをノルンへと定め、急降下する。
しかし、今度はレイパーの背中に、十数枚の羽根が突き刺さる。ファムが攻撃を仕掛けたのだ。
シェル・リヴァーティスの攻撃機能。羽根を硬化・鋭利化させて飛ばすことで敵にダメージを与えることが出来る。三十枚飛ばすと、十五秒間は使えなくなるのだが。
そして、レイパーが僅かに怯んだ隙に、ノルンが風の球体を放って、レイパーを上空へ吹っ飛ばす。
レイパーは羽を広げて少し距離を取ると、ゆっくりと三人の顔を順番に見る。
どうやら、頭は完全に冷えた様子。
威嚇するように声を上げた瞬間、ファムへと猛スピードで突進していく。
ファムが右方向に飛んで回避を試みるが、その後ろをレイパーがついてくる。
空中を縦横無尽に飛び回るファムと、それを追うレイパー。
しかし、
「オ、おイッ? 追いつかれるゾッ!」
「分かってるって! 分かってるけどっ!」
スピードは、僅かだがレイパーの方が上。
徐々に、距離は詰まっていく。このままでは、再びあの鉤爪に捕われるか、長い嘴に貫かれるのも時間の問題だ。
ノルンが魔法をレイパーへと放つも、高速で飛び回るレイパーには当たらない。
「……ッ! あっちダ!」
「えっ? わ、分かった!」
ファムに抱えられている志愛が指差した方向――半壊している建物の屋根だ――へと、ファムは向かう。
「もっと近づいテ……そウ! よシ、降ろしテ!」
「えっ? う、うん!」
困惑顔のファムが、屋根へと志愛を放り投げる。
着地するや否や、志愛は屋根にある小さな瓦礫を掴んだ。
指輪が光り、握った瓦礫が棍型アーツ、跳烙印・躍櫛へと変わる。
そして、すぐ近くまで来ていたレイパーの胴体へと、下から思いっきり突き上げるようにして攻撃を放つ。
抉りこむように体に入る、棍の一撃。
流石のレイパーも苦しそうな声を上げ、体勢を崩して地面へと落下した。
「よシ! 今ダ!」
志愛が叫んだ瞬間、ファムがレイパーの体に羽根を撃ち込む。
攻撃を受けながらも、レイパーはヨロヨロと体を起こし、怒り狂ったような声を上げる。
だが、その瞬間。
レイパーに、直径三メートル程の、切断性に富んだ巨大な緑風のリングが襲いかかった。
ノルンの最大魔法だ。レイパーが大きな隙を見せる瞬間を、ずっと狙っていたのである。
意識の外から迫っていた攻撃を、レイパーが避けられるはずも無い。
リングはレイパーの体を容易に斬り裂き、爆発四散させるのであった。
***
「すまなイ! 助かっタ!」
ハヤブサ種レイパーを倒した後、志愛がファムとノルンに近づきお礼を言う。
「いえ、大したことは何も……。それより、もしかしてミヤビさんのご友人の方ですか?」
「ッ? ミヤビを知っているのカッ? ってことは、もしかしテ――」
「わぉ、やっぱり? 凄い偶然だね。まさかミヤビより先に合流するとは……。私はファム・パトリオーラ。ちょっと前までミヤビと一緒に戦っていた仲間だよ」
「ノルン・アプリカッツァです」
軽い感じで片手を上げるファムとは対照的に、礼儀ただしくペコリとお辞儀をするノルン。
「権志愛ダ。志愛って呼んで欲しイ。しかしよく私が雅の仲間だって分かったナ」
「指輪……ミヤビさんがしていたのと同じだったから。それに、黒髪って珍しいので」
「成程。ところデ、到着直後にレイパーが出現したんだガ、これは一体……」
志愛の疑問に、ファムもノルンも首を傾げる。二人も、突然のことで驚いていたのだ。
「ノルンの言う通り、悪いことって重なるもんだね。復興中にレイパーだなんて……」
「許せないよね。……あ、二人とも! あっち!」
「ム? ……ッ! 大変ダ!」
ノルンの指差すほうを見れば、倒壊した建物の中に、何人か閉じ込められているのが見えた。
三人が急いで救出すること、十分後――。
「ありがとう……助かったよ」
「怪我は無い? 向こうに避難所があるから、送るよ」
「いや、歩けるから大丈夫」
幸い、閉じ込められている人は全員無事だった。
今ファムと話をしていた男性は、深く息を吐いて、力無く首を横に振る。
「全く……突然大きな魔法陣が現れたと思ったら、レイパーが現れるだなんて……」
「……何だって? 魔法陣?」
「え? どうしたんだい?」
男性が、急に血相を変えたファムに目を丸くする。
だが無理も無い。
魔法陣からレイパーを呼び出せる奴など、ファムの知る限り一体しかいなかった。
「まずいよノルン! あいつだ……!」
「ッ! まさカ、魔王みたいなレイパーのことカ?」
「シアさん、知っているんですかっ?」
「あア、私も戦ったからナ。だがこうしちゃいられなイ。すぐに皆に知らせないト!」
そう言うと、志愛は慌てて指を空中でスライドさせる。
突然現れたウィンドウに驚くファム達を余所に、志愛は雅達へとメッセージを送るのだった。
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