第110話『魚人』
海の中から飛び出し、甲板に上がってきたのは、全体的に黒い色をした人型のレイパー。
ギョロリとした丸い眼に、鋭い歯。まるで鮫のような頭をしている。
右腕の先には手は無く、代わりにこちらも鮫の頭を模したような形状になっており、僅かに上下に開いたところからは鋭い歯が円弧状に生えていた。
左腕にも手は無く、肩から全長ニメートル程の触手のようなものが伸びている。白と黒のストライプになっており、まるでウミヘビの体のようだ。
鮫とウミヘビを足して二で割り、それを人型にしたようなこのレイパー。分類は『人型種鮫科』……といったところだろうか?
レイパーは、戦闘体勢をとる三人の少女を見て、口元を歪ませる。
「ヘヤヒモレジタ、ホレヘワタリカタゾ……!」
「っ! 来ますよ!」
雅が声を掛けた直後、レイパーが左腕の触手を鞭のように振るう。
三人が散り散りにその場を飛び退いた瞬間、レイパーの触手が甲板へと叩きつけられた。
甲板は繊維強化プラスチックを板材として用いているのだが、レイパーの触手の一撃は、硬いはずの甲板にいとも容易く小さなクレーターを作ってしまう。
まともに喰らえば、ただでは済まない。雅達の顔が僅かに青褪める。
レイパーは再び触手を振るい、三手に別れた雅達へ次々に攻撃を仕掛けた。
触手の軌道は不規則であり俊敏。三人とも全神経を集中させなければ躱すことは出来ない。
そして――
「――っ! しまった!」
雅の左足にレイパーの触手が絡みつき、彼女を逆さまにして持ち上げ、振り回す。
そのまま甲板に叩きつけるか、海へと投げ飛ばすつもりなのだろう。
慌てて雅が触手を斬りつけると、足を掴む力が弱まり、雅を離してしまう。
勢いのまま、投げ出される雅の体。下には甲板は無く、このままでは海へと真っ逆さまだ。
「ぐっ!」
必死にブレードモードの剣銃両用アーツ『百花繚乱』を伸ばし、甲板の手すりへと刃を引っ掛けることに成功する。
だが手すりは変形し、ボーッとしていればやがて手すりに引っ掛けた百花繚乱が滑り落ちてしまうだろう。
早く甲板に上がらなければ……と、雅は焦る。
レーゼと志愛は落ちた雅を助けたいと思うものの、このレイパー相手にそんな余裕は無い。
「この――っ!」
何とか触手の乱打を搔い潜り、レイパーへと接近したレーゼが剣型アーツ『希望に描く虹』で斬りかかるが、斬撃が命中するより早く、レイパーの右腕の先の鮫の頭がレーゼの胴体に噛みついた。
咄嗟に自身のスキル『衣服強化』を発動し、服の強度を鎧並にしていたため胴体は千切れずに済んでいるが、噛む力が想像以上に強く、ギリギリと両脇腹から強烈な力が掛かり、痛みにレーゼは顔を歪ませた。
「レーゼさンッ? クッ……!」
志愛が跳烙印・躍櫛を構え、レーゼを助けるためにレイパーへと飛び掛る。
そして、レイパーの腹部へと強烈な突き攻撃を放った。
刹那、棍の先端にある紫水晶が光を放つと、レイパーの攻撃を受けたところに、虎の刻印が現れる。
だが、
「ライソモエルザゾ。ハヤトマルビメソメモヤ!」
レイパーは志愛を嘲笑うようにそう言い放ち、気合を入れるように唸り声を上げる。
すると、腹部にあった刻印がたちまち消えてしまった。
「何ッ?」
「そんな……! ――きゃっ!」
そして、レイパーはレーゼを志愛へと投げ飛ばす。
攻撃が効いていないことに驚いていた志愛は、飛んでくるレーゼを避けることが出来ず、二人は激突してそのまま地面を転がってしまう。
レイパーは倒れた二人に攻撃しようと、腕の触手を振り上げる。
その時だ。
レイパーは何かに気がついたように、咄嗟にその場を飛び退いた。
その直後、今までレイパーがいたところを、桃色のエネルギー弾が通過する。
雅の攻撃だ。
何とか甲板まで戻って来た雅が、百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、レイパーへとエネルギー弾を放ったのである。
奇襲のつもりで放った一撃が躱され、顔を強張らせる雅。
それでも、二発、三発とレイパーへとエネルギー弾を放っていく。
だが全てのエネルギー弾を、レイパーは腕の触手を叩きつけて相殺させた。
遠距離攻撃が効かないのならば……と、雅はすぐに百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードにすると、勢いよくレイパーへと接近していく。
遠くからは、触手による乱打が襲いかかってくるが、流石に雅の目も慣れていた。
必要最小限の動きで、叩きつけられる触手を避け、一気に近づき、アーツを振り上げる。
頭部を狙い、振り下ろすが、刃が敵を斬り裂くより早く、レイパーの蹴りが雅の腹部へと入った。
「――くふっ?」
肺の空気を全て吐き出しながら、水平に飛んで行く雅。甲板に体が叩きつけられ、堪らず持っていたアーツも離してしまう。
百花繚乱はそのまま甲板の上をクルクルと回転しながら滑っていくが……その先には志愛がいた。
雅がレイパーと戦っている間に体勢を整え、跳烙印・躍櫛を手に、レイパーへと突撃していたのだ。
すると百花繚乱が突如空中に浮き上がり、刃の真ん中から半分に割れ、それぞれが跳烙印・躍櫛の両端へとがっちり嵌りこむ。百花繚乱の合体能力だ。
「はぁぁぁアッ!」
棍から矛へと変わり、刃が紫色に輝きを放つそのアーツを手に、志愛はレイパーの脇腹へと、体を捻って薙ぎ払うようにして矛を叩きつける。
体重を乗せた強烈な一撃だ。
しかし、志愛は悔しそうに眉を寄せる。
矛の刃は、レイパーの体に僅かにめり込んでいただけだったのだ。血すら出ていなかった。
勝ちを確信したように、低い笑い声を上げたレイパー。
だが――
「はっ!」
志愛の後ろからレーゼが現れ、油断していたレイパーの頭部へと、虹の軌跡を描きながら『希望に描く虹』で斬りつける。
その斬撃は、鈍い音と共に見事にレイパーの頭の天辺に命中。
頭部は硬く、斬り裂くことは出来なかったものの、強い衝撃に流石のレイパーも痛みを感じたのだろう。
呻き声を上げたレイパー。
そんなレイパーへと、誰かがタックルをかます。
雅だ。先程レイパーに蹴り飛ばされた彼女が、生身で突進したのである。
不意の一撃に、僅かによろめくレイパー。
お返しだと言わんばかりに触手を雅の体に叩きつけ、彼女を再び吹っ飛ばす。
「ミヤビっ?」
咄嗟にレーゼが声を上げるが、甲板に背中から叩き付けられた雅が、震える手でサムズアップをしてみせたことで、彼女の無事を知る。
触手の一撃を受ける刹那、雅は自身のスキル『共感』を発動させていた。
他の人のスキルを一日一回だけ使えるこのスキルで、レーゼのスキル『衣服強化』を発動させ、ダメージを最小限に抑えたのだ。
「志愛ちゃん……今です!」
「あア!」
雅の不意打ちは、志愛が攻撃するための隙を作るため。
バックステップでレイパーと距離を取った志愛は、再び刃が紫色に発光した合体アーツを構え、レイパーへと向かって走り出す。
勢い良く跳びかかると同時に、自身のスキル『脚腕変換』を発動。
このスキルは、足の裏で何かを強く蹴った反動に比例して、腕力を上げる効果がある。
「はあぁぁぁアッ!」
空気を斬り裂くような鋭い声と共に、志愛はレイパーの腹部を思いっきり合体アーツで貫いた。
くぐもったような声を上げたレイパーを矛で貫いたまま、グルリと一回転する。腕にかかる重い負荷に顔を歪ませながらも、遠心力を利用して、そのまま海の遠くまでレイパーを投げ飛ばした。
断末魔のような悲鳴が木霊し、そして――
レイパーの体が海上に叩き付けられた瞬間、爆発四散するのであった。
***
レイパーを倒してから、数分。
雅、レーゼ、志愛の三人は、肩で大きく息をしていた。
しばらく無言のまま、遠くの海面を眺めていた三人だが、徐に雅が口を開く。
「あいつ、何だったんでしょう……? 気のせいか、やたら強くありませんでしたか?」
「見た目も不気味だったわね。まるで……人工レイパーみたい」
先程倒したレイパーは、鮫とウミヘビの二種類の生物の面影があった。一般的にレイパーは、一種類の生物を歪めたような見た目である。
思えば、久世が創り出した『人工レイパー』も、複数の種類の生物を足し合わせたような形状だった。
「あいつ、人工レイパーだったんでしょうか?」
「いヤ、だとすれバ、倒した後に人間が残るはずダ。だが今見てモ、どこにも人の姿は無イ」
空中に、ウィンドウが出現している。志愛がULフォンのアプリケーションを起動させ、遠くの景色を拡大しているのだ。
そこに映るのは、たゆたう波の様子ばかり。
「そう言えバ、人工レイパーはどいつも頭部が歪だっタ。だけどあいつは違ウ。やはリ、普通のレイパーだったんじゃないカ?」
「確かに、それもそうね……」
「それにしてモ、確かに雅の言う通リ、あのレイパーは強かっタ……」
志愛の言葉に、レーゼは苦い顔で静かに頷く。
敵の攻撃は強力で、こちらの攻撃は効かない。魔王種レイパー程では無いが、それでも三人がこれまで戦ってきたレイパーの中でも強敵の部類に入る相手だった。
「三人掛かりで何とか倒せましたけど……これってやっぱり、世界が融合した影響なんでしょうか?」
雅の疑問に、レーゼも志愛も苦々しい顔で首を傾げるしか出来ないのであった。
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