第107話『熾烈』
突如現れた魔王種レイパーは、宙に舞う白と黒の二つの光球を見て口角を上げる。
そして、襲来した敵に驚き硬直していた久世へと右の手の平を向けた。
「――っ!」
「しまっ――」
そして放たれる、黒い衝撃波。
光輝が思わず叫ぶ。久世の命もそうだが、背後のエネルギー装置は扱いを誤ると大爆発する可能性があるからだ。
しかし、衝撃波が直撃する直前で、久世の姿が消える。
見れば、久世は何か黒い人型の生き物に抱えられ、魔王種レイパーが入ってきた天井の穴から上へと逃げていた。
衝撃波はエネルギー装置に命中。大きな音を立てて破壊されてしまう。
途端に青褪める一行。だが、予期していたような爆発は起こらない。
雅達は知らなかったのだが、鏡から光球を解放するために、装置にあったエネルギーのほとんどを使ってしまっていたからだ。
「さっきの……あいつも人工レイパー?」
「多分ナ! まだ残っていたのカ……!」
真衣華と志愛がそんなやりとりをするも、すぐに頭を目の前の敵へと切り替える。
魔王種レイパーは、既に視線を自分達へとロックオンしていた。
数時間前、このレイパーにボロボロにされた記憶が蘇り、僅かに二人の背筋が冷える。
「希羅々ちゃん! お父さんを! 時間は稼ぎます!」
「ええ! お父様、こちらです!」
「……ぐっ、すまない!」
光輝も、出現した魔王種レイパーから放たれる只ならぬ力を感じ取ったらしい。
悔しそうな顔をするが、すぐに希羅々と一緒に実験室の入り口へと走り出す。
「テボホトレ」
魔王種レイパーはそう呟くと、手の平を希羅々と光輝へと向けた。
再び放たれる、黒い衝撃波。
だが――
「はあぁぁぁあっ!」
レーゼがレイパーと希羅々達の間に体を割り込ませると、剣型アーツ『希望に描く虹』を振り上げ、衝撃波に真正面から突っ込んでいく。
そのまま、衝撃波に叩きつけるようにアーツを振り下ろした。
激突する衝撃波と、希望に描く虹。
虹の軌跡を描きながら、剣は衝撃波を斬り裂いていく。
そして、ついにレーゼの攻撃が衝撃波を打ち破った。
そのまま、レーゼはレイパーへと接近し、横に一閃するも、レイパーは一歩退がってそれを躱す。
だがその刹那、レーゼの後ろから志愛が飛び掛った。レーゼがレイパーの攻撃に打ち勝つことを信じ、レーゼの後に続いていたのだ。
棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』を、レイパーの顔面目掛けて思いっきり突く。
レイパーはそれを手の平で受け止めると、すぐさま横へと、アーツごと志愛を投げ飛ばした。
その瞬間、レイパーは自身に迫る攻撃の気配を感じる。
雅と優が、『百花繚乱』と『霞』を使い、それぞれレイパーへとエネルギー弾を放っていた。
さらに、レーゼが斬撃を放つ。
魔王種レイパーは回し蹴りを放ち、飛んでくる二つのエネルギー弾と相殺し、レーゼの攻撃を受け止め、そのまま彼女の力に押し勝ち吹っ飛ばす。
「えぇぇぇいっ!」
そんなレイパーの背後から、真衣華が二挺の斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』を手に迫っていた。
一発目の斧の一撃は身を反らして避け、二発目は拳で迎え撃つレイパー。
斧の刃と拳がぶつかり合うが、真衣華の『腕力強化』をもってしても尚、レイパーのパワーの方が上。
大きな音を立てたと思ったら、真衣華は吹っ飛ばされてしまう。
だが、彼女の攻撃はレイパーにとっても重めの一発。
僅かに怯んでしまったレイパー。
その隙を逃さず、愛理が刀型アーツ『朧月下』で上半身を目掛けて斬撃を放つ。
さらに、先程吹っ飛ばされたレーゼも、体勢を整えて腹部へと攻撃する。
レイパーは二人の同時攻撃を跳躍して躱したが、その瞬間、愛理はスキル『空切之舞』を発動。
一瞬で魔王種レイパーの背後へと瞬間移動し、頭部へと斬りつける。
前方からはレーゼが、愛理はスキルを使い、常に敵の死角から、それぞれ素早い斬撃を放っていく。
レイパーの頭、肩、腕、背中、腹、腿、足……二人で合わせて十六連撃もの攻撃の嵐。
それでも、レイパーは脅威の身体能力で、二人の斬撃の合間を縫うように軽々と避けていく。
一方的に攻撃しているはずなのに、当たる気配が無く、焦りに顔を歪めるレーゼと愛理。
だがそこで、レイパーの左右から同時に別の影が突っ込む。
志愛と真衣華だ。
レーゼ達の攻撃のリズムに合わせ、二人も攻撃に参加しに来たのである。
四方向からの攻撃には、流石の魔王種レイパーも避け続けることは出来ない。
斧の攻撃や、急所を狙う攻撃は体を反らしたり跳躍したりして避け、他の攻撃は蹴りで相殺したり払ったりして防いでいく。
「――っ!」
「しまっ――!」
「グッ?」
「きゃっ!」
そして、四人が同時に一歩前へと踏み込んだ瞬間を逃さず、レイパーは横回転するように跳び、全方位へと衝撃波を放ってレーゼ達をまとめて吹っ飛ばした。
そのまま魔王種レイパーが、仰向けに倒れたレーゼに近づこうとしたが、すぐに顔を横に向ける。
炎の斬撃が、レイパーのすぐ目の前へと迫っていたのだ。
雅が百花繚乱をブレードモードにし、スキル『ウェポニカ・フレイム』を発動し、刃に炎を纏わせ斬りかかったのだ。
火種は、持っていたライターを使った。以前キリギリス顔の人工レイパーと戦った時に用いたものである。
炎を纏った百花繚乱は、切断性能が上がる。
意識の隙を突いたと思った雅の一撃だが、レイパーからすれば遅過ぎる斬撃だ。咄嗟に躱すのも容易である。
応戦しようとした魔王種レイパーだが、そこに一早く体勢を直した志愛が近づいていた。
そして、志愛の存在に気を取られた魔王種レイパーは、今まで目の前にいた雅が消えていることに気が付く。
刹那、右方向から気配を感じたと思ったら、そこに雅が百花繚乱を振りかぶって立っていた。
愛理のスキル『空切之舞』を使い、瞬発力を上げた雅が、レイパーの横へと移動し、攻撃してきたのである。
レイパーは雅が振り下ろす刃の側面に腕を叩きつけて軌道を反らし、突いてきた志愛の棍の一撃をくの字に折って躱すと、二人の腹部へと拳を打ち込んで吹っ飛ばす。
「ナエロリヅセナエ」
「た、橘っ! 危ない!」
「うぅ……!」
レイパーはそう言いながら、真衣華へと近づいていく。
その時だ。
「はぁっ!」
鋭い声と共に、レイパーの背後から細剣が襲いかかった。
希羅々だ。
父親を外に逃がして、戻ってきたのである。
そんな奇襲だが、レイパーは体を反らして攻撃を避ける。
そして、いつの間にか左右から剣と刀を振り下ろしてきたレーゼと愛理の攻撃を腕で受け止め、前につんのめるような体勢になっていた希羅々を蹴り飛ばす。
レイパーの両手が塞がれたところに、優が真正面から顔面目掛けて白い矢型のエネルギー弾を放つ。命中し、爆発を起こすが……直後、レイパーが甲高い笑い声を上げた。
まるで、お前の攻撃など効くか、と言わんばかりの態度だ。確かに今の一撃は威力が低い。
飛んでいくエネルギー弾は視認し辛いように姿を揺らめかせているものの、注意すればちゃんと見える。故に優の『死角強打』で威力が上げられなかったのだ。
魔王種レイパーは腕で受け止めているレーゼの剣と愛理の刀を押し飛ばすと、レーゼの腕へと手を伸ばし、まるで合気道のように捻って投げ飛ばす。
「くっ!」
「うぐっ!」
激突し、床を転がり倒れるレーゼと愛理。
「このぉっ! ――って、えっ?」
二挺のフォートラクス・ヴァーミリアを振り上げ、魔王種レイパーへと向かっていく真衣華だが、刹那、敵の姿が消える。
瞬間、後頭部を掴まれたと思ったら、思いっきり地面へと叩き付けられた。
レイパーに一瞬で背後へと回りこまれたのだ。
「真衣華ちゃんっ?」
助けに走る雅だが、燃え盛る百花繚乱を大きく振り上げたところで、腹部へとレイパーの頭突きが入る。
さらに、レイパーが向けた手の平から放たれた黒い衝撃波をモロに受け、錐揉み状態になりながら吹っ飛ばされてしまった。
「みーちゃんっ? このぉっ! ――っ?」
地面に叩き付けられた親友を見て激昂した優だが、攻撃を放つ前にレイパーに距離を詰められ、蹴り飛ばされてしまう。
「コヅソラコリモオゾ」
レイパーはそう呟くと、口元を不気味に笑わせ、手の平を倒れた優へと向ける。
その手は黒い煙のようなものに包まれており、今まで放っていた攻撃とは比べ物にならない威力だと直感させた。
だが。
「――ッ?」
背中に突如強い衝撃を受け、つんのめった魔王種レイパー。
志愛が跳烙印・躍櫛で思いっきり突いたのだ。
攻撃を受けたところには、紫色の線で描かれた虎の刻印が光る。
そのまま志愛は脇腹、太股へと連続で棍を叩きつけ、最後にもう一度背中を突こうとしたところで魔王種レイパーは体を捻り、攻撃を躱す。
そして突くために前に伸ばした棍を掴むと、志愛ごと放り投げた。
魔王種レイパーは軽く息を吐く。すると、背中の刻印の光が弱まり、すぐに消えてしまった。
標的を志愛へと変えた魔王種レイパー。黒い煙を纏った右手の平を、彼女へと向ける。
しかし、衝撃波を放つタイミングで、その腕に白い矢型のエネルギー弾が命中し、腕の向きが逸れてしまった。
優が、倒れながらもレイパーを狙撃したのだ。ダメージは無くとも、『死角強打』のスキルを使えば矛先を逸らすことくらいは出来る。
明後日の方向に飛んでいった衝撃波。今までの衝撃波よりも速度が段違いに速く、床を削り、壁に命中すると大きなクレーターのような跡を作る。
それだけで威力は察せられたが、当たらなければどうということは無い。
つまらなさそうに鼻を鳴らすレイパーだが、再び優を標的にしようと体の向きを変えたところで、奴に迫る影があった。
「はぁぁぁあっ!」
レーゼだ。レイパーの頭から既にレーゼの存在は薄れており、隙だらけになっていた脇腹目掛けて、希望に描く虹で斬りつけたのだ。
「喰らえっ!」
さらに続けて、背中に真衣華のフォートラクス・ヴァーミリアが叩き付けられる。
「せぇぁっ!」
「はっ!」
よろけたところで、愛理がレイパーの左側から、その頭目掛けて朧月下を振り下ろすが、寸前で彼女の気配に気がついていたレイパーは咄嗟にその攻撃を白刃取りして防ぐ。
そして続けて頭部を狙った希羅々のシュヴァリカ・フルーレの一撃も、頭を大きく傾け紙一重で躱す。
しかし、二人の攻撃は囮だ。
すぐさまレイパーの右側から炎を纏ったエネルギー弾が体に命中。この戦いで初めてその体が吹っ飛ばされた。
雅が、百花繚乱をライフルモードにし、愛理と希羅々の動きの合間を縫ってエネルギー弾を放ったのだ。
床に水平に飛んでいく魔王種レイパーだが、空中で体勢を整え、上手く地面に両足で着地する。
だがその瞬間、レイパーの顎に白い矢型のエネルギー弾が直撃し、仰け反ってしまう。
敵が着地したタイミングを狙っていた優。『死角強打』のスキルで威力も上げ、上手く攻撃を当てることに成功した。
ここが決定的なチャンスだ。
同じことを、他の皆も思ったのだろう。
「はぁっ!」
「せぇぁっ!」
「フッ!」
「えぃっ!」
仰け反っているレイパーへと、声を張り上げ接近し、次々にレイパーの体に攻撃を浴びせていく。
レーゼが前方から、くの字を描くように二連撃を放ち、素早く右側に回りこんで横に一閃。
愛理が袈裟斬りを放ち、さらに続けて十の字を描くように敵を斬って、その場を離れる。
志愛がレイパーの腹部を強く突き、左に回りこみながら胸や脹脛を強烈に殴打する。
真衣華が斧を振り上げ、斜めに二発の連撃を叩きこみ、最後に回転しながら真横に一発決めて、レイパーを大きく吹っ飛ばした。
仰向けに、今度は弓なりに飛んでいく魔王種レイパー。
そしてこの瞬間を待っていた者がいた。
希羅々だ。
意識を後ろに引いた右腕に集中させる。その手にはシュヴァリカ・フルーレ。
敵がまだ空中でジタバタしているところを狙い、アーツを思いっきり前に突き出した。
すると、彼女の少し後ろの天井の辺りから、巨大なレイピアが出現し、魔王種レイパーへと勢いよく向かっていく。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』だ。
一時間に一発しか使えない代わりに、絶大な威力を誇る希羅々最大の一撃である。
魔王種レイパーは吹っ飛びながらも、右手を巨大なレイピアへと向け、衝撃波を放った。
空中でぶつかり合う、レイピアと衝撃波。
爆発音が発生し、巻き起こる爆風。
黒い煙が辺りに充満する。
巨大なレイピアは衝撃波に負けることは無く、煙で敵の姿が見えなくなっても、確かに魔王種レイパーの体を捉えたような音が響き渡った。
「やったかっ?」
「いえ……まだよ!」
思わず叫んだ愛理だが、すぐさま険しい顔でレーゼが否定する。
黒い煙の奥で、魔王種レイパーが立っている姿がそこにあった。
「ネワルヘテタウトォォォッ!」
怒り狂ったようなレイパーの雄叫びに、思わず雅達は耳を塞ぐ。
魔王種レイパーの両手が紫色に光り、それを雅達にかざした瞬間――
「――っ?」
「何ですのっ? ここはっ?」
「外ダ!」
七人とレイパーは、実験室から屋外へとワープする。
移動した先は、『StylishArts』の正面玄関の前だ。
これまで使ってこなかった技。故に、雅もレーゼも全く予想していなかった。
しかし何故こんなことをしたのか。レイパーの狙いは、すぐに明らかになる。
「き……気をつけて下さい! まだ来ますよ!」
発光を始めたレイパーを見て雅が青い顔で警告を放った途端、レイパーの体から周囲に向けて衝撃波が飛んでいき、建物の外壁や周りの木々を破壊していく。
慌てて全員がその場を離れるも、発生する衝撃波は彼女達の体を容易に吹っ飛ばしてしまった。
そして嵐のように吹き荒ぶ衝撃波が止んだ時――
「ぐっ……この化け物が……!」
「な……なんなのなんなのっ?」
「おっきい……!」
今まで魔王種レイパーがいた場所には、全長二十メートルはあろうかという巨大な生き物がいた。
全身が黒く、頭部はまるで、角が異様に長い牛の頭のような造詣だ。屈強な四本の腕が生えており、下半身は何故か存在しない。腹から上だけの怪物。
かつて天空島で戦った記憶が蘇り、そのあまりの力に恐怖で背筋が震える雅とレーゼ。敵から目を離すことは無くとも、その表情は強張っていた。
現れたのは、『ラージ級魔獣種レイパー』。魔王種レイパーが変身した巨大レイパーである。
魔獣種レイパーが空気を震撼させる程の咆哮を上げると、腕を振り上げ、『StylishArts』のビルを破壊するのであった。
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