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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第12章 北蒲原郡聖籠町『StylishArts』
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第95話『背負』

「――ちゃん! みー……ゃん! みーちゃん!」

「う……ぅん……?」


 誰かに肩を揺すられ、束音(たばね)(みやび)は目を覚ます。


「よ、良かった! みーちゃん、目を覚ました!」

「さ、さがみん……?」


 そこにいたのは、サイドテールの女の子、相模原(さがみはら)(ゆう)。雅の親友だ。


 おでこや頬を怪我している優。顔だけでは無い。見れば、体もボロボロだ。


 そして自分の体のあちこちも、悲鳴を上げている。


 しかも、今自分がいるのは外。空も暗い。周りには警察の姿もある。何故こんなところに……と考えてしまう程には、雅は少し前までの記憶が飛んでしまっていた。


 しかし、思い出せないのも数秒。


「――そうだ、皆はっ? 久世さんとレイパーはっ? 私達のアーツはっ?」


 久世にアーツを奪われ、魔王種レイパーが放った黒い衝撃波で全員纏めてやられてしまった記憶が蘇り、慌てて辺りを見回し、一気に捲し立てる雅。


 レーゼ達の姿が見えず、もしや……と一気に不安になる雅だが、優は彼女の体を大きく揺すり、強引に落ち着かせた。


「皆なら、あっちの救急車の中! 目を覚ましたのは、みーちゃんが最後! 行こう!」

「は、はい……!」


 優に手を引かれ、痛む体を引き摺り二人はレーゼ達がいる救急車へと向かう。


 雅は引かれている反対側の手で髪の毛をぐしゃっと握ると、指が硬い物に触れた。


 レーゼから貰った、白いムスカリ型のヘアピンだ。


 雅は思わず、目を伏せる。


 これまでの戦いで、細かい傷は結構付いていたヘアピンだが……今ははっきりと分かるくらい、大きな傷が付いていた。



 ***



 レイパーとの戦いで負傷した人の救護のために生まれた、大型の救急車。


 通常の救急車の三倍以上もあり、実に二十人以上もの怪我人を収容出来る。車体が長さだけでなく幅も大きいため、どこにでも入れるわけでは無いのが欠点だが、今回のような大量の負傷者が出た場合等は打ってつけだ。


 そんな救急車の中で。


「ミヤビっ!」

「あ、レーゼさん! 大丈夫ですかっ?」

「私なんかどうだって……でも、他の皆が……」


 救急車に入るや否や、スカイブルーの長髪の女性、異世界人のレーゼ・マーガロイスが雅に抱き付いてくる。


 レーゼのまさかの行動に、雅は大層度肝を抜かれた。こういうことをするイメージは無かったからだ。


「いやいやマーガロイスさん、大丈夫ですよ。それよりあなたの方が……」


 レーゼの後ろから、「そんな大袈裟な」と言いたそうな笑みを浮かべてひょっこり姿を見せたのは、背の高い三つ編みの娘。篠田(しのだ)愛理(あいり)である。


 レーゼの言葉を否定する愛理だが、雅からすれば「大丈夫」と表現するのは少し無理があるように思えた。愛理も体中ボロボロで、奥には他の三人も見えたが、同じような状態だ。


 しかしそれ以上に、レーゼも大ダメージを負っている。あちこち怪我をしており、綺麗な髪も痛んでいた。雅達を庇って、魔王種レイパーの衝撃波をモロに受けたのだから無理も無い。


 愛理に、半ば強引に治療を受けに行かせられたレーゼ。


 それを見て、優はこっそり雅に耳打ちする。


「レーゼさん、実はさっきまで私と一緒にみーちゃんに声を掛けていたの。ちょっと泣きそうな感じで……。あんなレーゼさん、見たこと無い」

「そうですか……。実はさっきのは、私も少し驚きました」

「優! 雅! 酷い怪我だナ!」


 そこでやってきたのは、ツリ目をしたツーサイドアップの女の子。韓国人の(クォン)志愛(シア)である。


 自分も動くのが辛そうな様子だが、意外にも声は元気だ。笑顔さえ浮かべている。


 しかし二人にはどうにも、志愛が無理をしているように思えてしまい、実際にそれは当たっていた。


 レイパーに全く手も足も出ず、挙句アーツを奪われたのだ。志愛はこれまで、そこそこの数のレイパーを倒してきたが、それによって培われてきた自信は砕かれ、精神的には相当参っている。


 その自覚があるから、志愛はせめて表情くらいは……と、気力を振り絞って口角を上げているのだ。


「無事で良かった……」

「あア。一応生きていル。まァ、こんな日もあるナ」

「前向きですねぇ」

「ポジティブなのは良いことダ! でモ、あっちハ――」


 作り笑顔もそこまでで、志愛は急に真面目な顔になり、後ろを振り向く。


 そこにいるのは、なよっとしたエアリーボブの女の子と、ゆるふわ茶髪ロングの女の子。


 エアリーボブの女の子は、(たちばな)真衣華(まいか)


 茶髪ロングの方は、桔梗院(ききょういん)希羅々(きらら)だ。


 二人の怪我は他の人よりも少ない。


 しかし、表情は暗く沈んでいる。


 特に、真衣華の落ち込みようは酷かった。放っておけば、そのまま廃人になってしまう気さえする。


 希羅々も暗い表情だが、それは真衣華の様子を心配してのようだ。


 真衣華がこんな風になっている理由は、雅はすぐに分かる。『フォートラクス・ヴァーミリア』を大事にしていた彼女が、それを奪われ、どれだけ堪えたか……想像に難くない。


 皆の様子を見て、雅も胸がギュッと締め付けられる。


 こうなったのは、自分のせいだと思ったから。


 その時、雅は気が付く。きっと、レーゼも同じことを思ったのだろうと。だから、普段からは想像も出来ない程、取り乱していたのだと。


 その時だ。


「優! 優っ! どこだっ?」


 救急車の外から、男性の声が聞こえ、雅と優は顔を見合わせる。


 優の父、優一の声だった。


「お父さん! こっち!」

「っ! 優、お前……良かった、無事だったのか! ULフォンに連絡しても出ないし……」


 短い髪に渋い相貌の彼だが、自分の娘が無事なことを確認すると、その顔を安堵の色に染める。


「ULフォン……? あ、ごめん。気が付かなかった……。お母さんは?」

「あいつには、今回の一件はまだ知らせていない。知ったら、卒倒するだろう……。一体、何があったんだ?」

「実は……」


 鷹のような頭の化け物を追っていたら、サイのような顔をした化け物が現れ、倒すと化け物の正体が男だったことが分かった件は既に優一に話をしていたので、それ以降の話だ。


 優一から送られてきた顔写真の男を尾行していたレーゼ達の方がどうだったのかは雅達も知らないため、近くにいた志愛を呼んで三人で優一に説明する。


 レーゼ達が、優一から送られてきた顔写真の男を調べていたら、その男が鷹のような頭の化け物と合流したこと。


 鷹のような頭の化け物の正体も、人間の男だったこと。


 戦おうとしたところで、この工場から爆発音が聞こえたこと。


 駆けつけると、そこで魔王種レイパーを発見し、戦いを挑んだこと。


 途中で雅達も合流して七人でレイパーと戦ったものの、全く歯が立たなかったこと。


 そこに久世がやってきて、レーゼの『希望に描く虹』以外の全てのアーツを奪われてしまったこと。


「あの鷹のような頭をした化け物も、前に私と愛理で戦った黒猫みたいな化け物も、久世に味方をしていた……。あいつら、グルだったのよ」

「やはりそうか。一歩遅かった……!」

「『一歩遅かった』? 優一さんの方でも、何か分かったんですか?」

 憎々しげに舌打ちをした優一に、雅は首を傾げる。

「ああ。優達が捕らえたあの男……サイのような化け物に変身する奴だ。彼から話を聞いて、分かったことが二つあった。その一つが、彼と久世が繋がっていたということだ」

「もう一つは?」

「自分が変身した姿……あれはレイパーと同一だ、そう言っていた。最も、彼自身も、自分の変身後の体のことはよく分かっていないようだったから、調べる必要はあるが……」

「レイパーと……そっか」


 なお、あの男性はもう、サイのような顔の化け物に変身することは出来ないそうだ。恐らく、雅と希羅々の合体攻撃で大きなダメージを受け、爆発したからだと推測された。


「ところでお父さん。ここにいてもいいの?」

「む? まぁ……娘の無事を確認するくらい、問題無かろう。それにまだ、正式に捜査を外されたわけでは無いしな」

「捜査を外されタ? どういうことダ? ……いヤ、そうカ……」


 今回の一件は優が被害を受けた。身内が事件に巻き込まれれば、優一はこの件についての捜査には参加出来ない。


「最も捜査から外されても、こっそり調べてみるつもりだ。だが、今は――」

「あの――」


 優と一緒にいたい。家族として当然のことを言おうとした刹那、控えめな声が雅達の後ろから聞こえてくる。


 レーゼと希羅々が、そこにいた。四人で話をしている間に、治療が終わったのだろう。


 声を掛けたのはレーゼのようで、何か話をしたそうな雰囲気ではあったが、彼女を押しのけるように希羅々が前に出る。


「あの、相模原さんのお父様ですよね? 少し伺いたいことがあるのですが……」


 希羅々は顔面蒼白で、いつものお嬢様らしい雰囲気が欠片も無い。


 希羅々が指を滑らせ、ウィンドウを出現させる。


 それを見て、彼女がどうしてこんな顔をしているのか、すぐに理解した。


「『StylishArts』が乗っ取られタ? 何だそれハ!」

「先程、緊急速報で知りました。これは……間違いないのですか?」

「……乗っ取られた件は、間違いない。犯人が誰かは、まだ調査中だが」


 アーツの製造販売メーカー『StylishArts』。希羅々の父親が社長を務めている。


 そして久世は、この会社の本部長。


 このタイミングで会社が乗っ取られたと聞いて、誰の仕業かはすぐに察しが付く。優一は捜査中だと言ったが、久世の仕業でほぼ間違いない。


 しかし、優一が希羅々に、捜査情報をペラペラと話すわけにはいかない。まして今の希羅々にそれを伝えれば、どんな危険なことをするか分かったものでは無かった。


 故に、敢えてその話を優一はしないようにしていたのだが……本人から聞かれてしまえば、咄嗟に上手く誤魔化すのは難しい。


 そういった優一の事情も全て理解し、希羅々だって正直に全て話をしてもらえるとは思ってはいなかったが、優一が僅かに希羅々から目を逸らした動作で、ほぼ確信を得る。


「束音さん、相模原さん、治療がまだでしょう? 早く受けにいったらどうですの? 私達も一緒について行きますわ」


 希羅々はグッと拳を握り締め、雅達にそう言う。


 自分達だけで何か話をしたい、というのは露骨に伝わった。


 優一も、希羅々の意図は分かったのだろう。一旦、外に出てくれたのだった。



 ***



 救急車の中で、集まる七人。


 暗い空気の中、希羅々が真っ先に口を開く。


「あの真っ黒いレイパー……あなた方お二人は、知っている様子でしたわね。少し、お話を聞かせて頂けます?」


 そう聞かれ、雅もレーゼもジッと希羅々を見つめる。


「……なんですの?」

「いえ、そっちの話が来るとは思わなかったので……。てっきり、会社の乗っ取りの件について、何か話をするのかなって」

「……正直、頭が混乱していますの。少し気を紛らわせたいですわ。ほら、早く説明しなさい」


 少しイライラした様子で促す希羅々に、雅は一瞬レーゼの方に視線をやるが……彼女は唇を僅かに噛んでいた。


 若干間を置いた後、雅は口を開く。


「私やレーゼさん、それと、向こうで出来た仲間達と戦った、異世界のレイパーです。他のレイパーとは比べ物にならないくらい強い、そんな奴」

「以前、束音さんの家で説明された、あのレイパーのことですわね。そう、あいつが……」


 この中では最も魔王種レイパーと戦っている雅が、概要を話す。


 魔王種レイパーがどんな力をもっていて、どれ程強いのか。


 以前説明された時には今一現実感が無かった希羅々達だが、実際に魔王種レイパーと戦ってから再び説明されると、その恐ろしさがよく分かる。


「異世界……今なら信じられますわ。異次元の強さで……あれ程の力を持ったレイパーは、聞いたことがありませんもの」

「あいつが今まで何をしていたのか、何でここを襲ったのか、それは分からない。でも、向こうの世界にいた時は、鏡に随分執着している様子でした。だからきっと、こっちでも同じだと思います」


 久世の持っていた鏡を見て、魔王種レイパーが何か叫んでいたことは雅の記憶にもある。それ故の想像だ。


「……あのレイパー、まだ強くなるんだよね?」


 それまで黙っていた真衣華が、ポツリと呟いた。


 躊躇いがちに、雅は首を縦に振る。


「ラージ級の、大きな怪物へと変身します。もしかすると、もっと強くなるかもしれません」


 天空島で戦った時、胸の傷へと強烈な攻撃を受けた時、レイパーは激しく怒り、体を発光させた。


 同時に鏡が光り輝き、それを見てレイパーは元の姿に戻ったが、もし鏡に何も起こらなければ、違う姿へと変身しただろうと雅は予想している。


「そんなの……勝てるわけ……」


 そこで真衣華が言葉を呑み込んだ、その時だ。


「――ごめんなさい」


 レーゼが立ち上がり、深く頭を下げた。


「私が、皆を巻き込んだせいで……こんなことになってしまった。あの魔王みたいなレイパーだって……向こうできっちり倒していれば、皆がこんなに怪我をすることにもならなかったはずなのに……」

「いや、レーゼさんそれは――」

「ミヤビっ!」


 それはレーゼのせいでは無い、と伝えようとする雅を、レーゼは黙らせる。


 全ては自分の力不足が招いたことだ、そう断言するように。


「私の世界のヤバい奴が、この世界にやってきてしまった……。こっちの事情なんて関係無い。結果としてあなた達を傷つけることになってしまって……本当にごめんなさい」


 そう言うと、レーゼは頭を上げた後、雅達に背を向けた。


「レーゼさん? どこへ……?」

「クゼに盗られたアーツ……それは私が取り戻す。ほぼ間違い無く、『StylishArts』にいるはずよ」

「一人じゃ危険です! 私も――」

「今のあなたは丸腰よ。それだって、私のせい。だから……その責任は、私がとる!」

「責任って……」


 久世にアーツを奪われた件も、元を正せば異世界から持って返ってきた鏡を巡って起きたこと。


 今レイパーが現れれば、アーツの無い雅達には身を守る手段が無い。もしもそれで命を落とすようなことがあれば……レーゼにはそれが、どうしても耐えられなかった。


「あなた達は安全なところで待っていて。じゃあ――行ってくる」

「レーゼさん!」

「来ないで!」


 レーゼを追いかけようとしたところで、怒鳴られてしまう雅。


 そのまま彼女が救急車を出るのを、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。


 グッ……と、雅が拳を握り締める。


「責任なら、私にだってあるじゃないですか……」


 雅は誰にも聞こえない程小さく、そう呟くのだった。

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