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第11章閑話

 七月十四日土曜日。午後五時十八分。


 新潟県北蒲原郡聖籠町。


 その西側、丁度北区との境付近のエリアにて。


 かつてこの場所は、新潟東港工業地帯と呼ばれた、日本海側最大規模の工業団地だった場所。


 火力発電所を初め、その他色々な会社が存在していたところだが、百年前にレイパーが出現した時、運の悪いことに大量のレイパーが襲いかかってきて、莫大な被害を受けてしまった。


 ここに存在していた様々な建物は大半が倒壊し、騒ぎが収まった後、残った建物も含め全て取り壊されることとなったのだが、そんなこのエリアの土地を纏めて買った企業が存在する。


 その企業は『株式会社BFG』。車から飛行機まで、様々な機械の動力部を作っていた会社である。


 この会社が、後のアーツの製造販売メーカー『StylishArts』だ。


 土地を買い取ると同時にアーツの開発を始め、四年でアーツを創り出すことに成功した。世界で初めてアーツを創り出した企業である。


 広大な敷地のど真ん中にそびえ立つ、二十階建てのビル。


 その周囲には大きな駐車場があるが、それ以外は樹木以外、何も無い。


 今日は土曜日だが、『StylishArts』の駐車場には数十台の車が停まっていた。


 女性が身を守るために使うアーツのメーカー。ディーラーは全国各地にあるものの、例えばアーツが故障した時、故障箇所によってはメーカーでなければ直せないこともあるだろう。いつでも対応が出来るよう、『STylishArts』は三百六十五日、二十四時間稼働しているのだ。


 そんな『StylishArts』の裏手にある、社員専用の入り口に、誰かが降り立つ。


 久世浩一郎だ。


 久世の手には、雅達から奪ったアーツが収納されている指輪が入ったアタッシュケースと、二枚の鏡が握られている。


 そして久世の頭上には、別の影が。


 鷹のような頭をもった化け物がいた。


 この化け物が周囲を確認すると、久世の横に降りる。その姿がぐにゃりと歪み――気が付けば、今まで化け物が立っていたその場所に、オールバックの男性が立っていた。


 この男性が、あの化け物の正体である。


 魔王種レイパーから逃走した久世とオールバックの男性。


 音も無くやって来たため、誰も久世達の存在に気が付くことは無い。


 久世は男性をその場に残すと、自分一人だけビルの中へと入る。



 ***



 午後五時二十六分。


 ビルの最上階、社長室にて。


 社長一人が使うには、少しばかり広過ぎる部屋で、壁が全面ガラス張りとなった部屋の中に、ダークブラウンを基調とした重厚感のあるオフィス家具が置かれており、高級感を溢れさせていた。


 特徴的なのは、部屋の至るところに開発途中のアーツの試作品が並んでいることか。インテリアと言うには物々しいが、アーツの製造販売メーカーらしさを際立たせている。


 そんな部屋で、空中にいくつもウィンドウを出現させ、忙しそうに働く男性が一人。


 ツーブロックアップバングというビジネスヘアスタイルをした人で、全体的にスラッとした体型だ。実年齢は五十歳なのだが、三十代と言われても不自然では無い程に若々しい。


 彼こそが、この『StylishArts』の社長であり、希羅々の父親、桔梗院光輝である。


 年中無休の会社ではあるが、当然社員には週三日以上の休みを与える中で、ほぼ毎日会社に赴き、何かしらの業務をこなしている光輝。


 大半の業務はAIが行っているが、それでも人間でなければ出来ないことも多いのだ。


 別に会社に出向かずとも家で出来る仕事も多いのだが、光輝にとってこの社長室が一番集中して仕事が出来る場所なのである。


 あれこれ作業をしていた光輝だが、そろそろ仕事も一段落してきたらしく、出していたウィンドウを次々に閉じた後、帰り支度を済ませていく。


 一日のほぼ全てを会社で過ごす光輝だが、風呂と食事だけは家で済ませることにしている。特に食事は必ず家族と一緒に摂ることにしており、これが忙しい光輝にとって、唯一気を休められる時間でもあった。


 だが荷物を持って、社長室を出ようとした、その時。


 下で何やら爆発音が聞こえ、何事かと窓から地上を見下ろし――目を大きく見開かせる。


 たくさんの化け物が、人々を襲っていたのだ。


 続けて、社長室の扉が開く。


「光輝社長」

「久世君っ? 何故ここに? いやそれよりも……下で一体何が起こっている?」


 久世は今日は出勤日では無い。それを知っていた光輝。


 下で騒ぎが起きているにも関わらず、久世の顔が随分と落ち着いているのを見て、彼にそう質問しながらも、光輝は久世を不審に思っていた。


 数少ない情報から、久世が何かしたのでは無いかと直感し、久世の後ろから、歪な鷹の頭をした化け物が現れたことで、光輝はそれが当たっていることを確信する。


 咄嗟に、近くに置いてあった試作品のアーツ――薙刀型のアーツだ――を取る光輝。


 しかし、そんな彼に久世が声を掛ける。


「無駄ですよ社長。彼もレイパーと同じ。男のあなたでは、アーツを使ったところでダメージは与えられません」

「『彼』? この化け物は、人間なのか……?」

「流石、察しが良い方だ。その通りです」


 久世の言葉を証明するように、化け物は一度オールバックの男性に姿を変えた後、再び化け物へと戻る。


 さらに、光輝が化け物へと斬りかかるが、確かに久世の言う通り手応えも無く、ダメージを受けた様子も無い。


 化け物が光輝の腹部を殴りつけ、そのまま彼は仰向けに吹っ飛ばされてしまう。


 光輝は大きく咳き込み、殴られた部分を手で押さえ、呻きながらも、片膝立ちになって久世を睨んだ。


「脅されて何かをやらされている……という様子では無いな。君が先導をとって、この騒ぎを起こしという雰囲気だ。何が目的だ?」

「これを見て、驚くことも無く状況把握に努めますか……」


 感心した言葉を漏らす久世だが、勿論光輝も心の中では大変驚愕していた。


 人間が化け物になる。しかもレイパーと同じだと言われ、正直何が何だか分からない。だがそんな時こそ、今起きていることを正確に知る必要があるため、慌てふためく自分を圧し殺しているだけだ。


「私がこれから何をしようとしているのか……あなたが知る必要はありません。しかし、私がここに来たのは、光輝社長からこの会社を譲って頂くためです」

「この会社を? 出来るわけが無いだろう!」

「あなたに選択肢はありませんよ」


 久世は指を空中で軽くスライドさせると、大きなウィンドウが出現する。


 映しだされる映像。どこかの倉庫だろうか。


 映像の解像度があまり良くなく、ややボケているが、倉庫の中に誰かがいることは分かった。


「……これは?」

「おや、分かりませんか? あなたの大事な娘さんだというのに」


 スッ……と、光輝の顔から血の気が引く。


「まさか……希羅々かっ?」

「その通りです」


 そう頷く久世だが、この言葉は実は嘘。


 久世の中では、希羅々は既に魔王種レイパーに殺されている。


 この映像に映っている人物は、希羅々に変装させた自分の仲間だ。映像もボケているのもわざと。希羅々では無いと見抜かれないためである。


 光輝も久世の言葉を完全に信用したわけではないが、嘘だと断定出来る証拠も無い。


 大事な娘を人質にされている可能性が残っている以上、久世の言う通りするしかなかった。


 光輝は久世を睨む。まるで、視線だけで人が殺せるのではないかと錯覚するほどの迫力があり、久世の背筋を凍りつかせる。


 それでも光輝は大人しく武器を捨て、両手を挙げて降伏の意を示すのであった。



 ***



 それから十五分後。


 下の騒ぎは収まらない中、ビルの最上階はやけに静かだ。


 しかし、


「……久世さん、駄目です」


 あの鷹のような頭の化け物へと変身する男は、眉を寄せ、深く溜息を吐く。


 この会社では、重要な実験室に入ったり、顧客のデータを弄ったりするためには、責任者の生体認証が必要な仕組みとなっている。


 この責任者を久世に変更するためには、社長である光輝の生体認証による承認が必要だ。


 男は、必要な部分の責任者情報を久世へと変更する作業を行っていたのだが、


「地下にある一番大きな実験室……ここの責任者を久世さんに変更出来ません」

「……何? どういうことだ?」

「この部屋へ入るための責任者情報、この変更の承認には、桔梗院社長では無い別の人間の生体情報が必要になっていました。それも、この会社の人間では無い、別の誰かです」


 このビルの最深部――地下五階には、最終実験室がある。


 この実験室には巨大なエネルギー装置があり、久世はそれに用があるのだが、ここの責任者は光輝。彼の生体認証が無ければ実験室の、重く頑丈な扉は開かない。


 実験室の出入りの度に毎回光輝を一緒に行動させるのは面倒だ。故に、責任者の変更は必須。


 ここの責任者を光輝から久世に変更出来れば、もう光輝に用は無い。久世にとって光輝は生かしておくには危険な存在のため、責任者情報を変更した後は始末しようと思っていた。


 ジロリと、光輝を睨む久世。


 縄で縛られ、身動き出来ないようにされている光輝も、久世を睨んでいた。


 空中で激しく火花を散らす、二人の視線。


「言え。誰の生体情報が必要だ?」

「…………」

「娘が人質にされていることを忘れているのか?」

「……希羅々だ」


 久世の舌打ちが響く。


「何故、そんな面倒な真似を……」


 その質問には、彼は答えない。


 最終実験室の責任者の変更に、希羅々――というより、社外の人間の生体情報を必要とするよう設定されているのは、他者に会社を乗っ取られた際、最終実験室だけはそいつの手に渡さないようにするためだった。


 そこのエネルギー装置の取り扱いは慎重に行わなければならず、最悪の場合、取り返しの付かない大事故を引き起こしかねないからだ。


 故に、出入りには光輝の承認を必要とし、誰かが使う場合は光輝が必ず立ち会う決まりとなっている。


 次の代に会社を継がせることを考え責任者の変更は行えるようにしたが、その際光輝は変更の承認に、絶対に自分を裏切らないと確信する人物の生体認証が必要となるようにした。


 それが希羅々だ。今回は状況が状況なだけに白状したが、光輝が口を割らずに自害すれば、その最終実験室に入ることは誰も出来なくなる。


 なお他にも、本当に重要な書類等が入った金庫を開けるためにも光輝の生体認証が必要となるのだが、ここの生体認証情報を別の人間のものにする際は、光輝の妻の生体認証による承認が必要だ。


 顔には出さないが、心の中で久世は唸る。


 希羅々がいない以上、光輝は生かしておかなければならない。


 しかし、少し計画は狂っても、大局に大きな影響は無い。



 こうして『StylishArts』は、久世の手に堕ちたのだった。

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