第9話『窃盗』
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「やっ……と着きました!」
こちらの世界に似合わぬ黒いブレザーとスカート。桃色の髪に着いたムスカリ型のヘアピンが日の光を受けて輝く。
馬車から下りた少女、束音雅は、鞄を地面に下ろし、大きく伸びをしてからそう叫んだ。
そんな彼女に、同じく馬車から下りた乗客達が不審な目を向けると、それに気がついた雅は慌てて頭を下げる。
咳払いをしてから、雅は荷物を持ち、改めて目的地の方を向く。
ここはアランベルグの首都、セントラベルグ。
ノースベルグでレーゼと別れ、馬車で南へと進むこと二日と数時間。普通なら約二時間で着く距離だが、途中で投獄されるハプニングがあったため想像以上に時間が掛かってしまった。
ここでの目的は、仲間集めと図書館での情報収集。元の世界とこちらの世界を行き来する手掛かりを探すことである。
どちらかと言えば田舎なノースベルグは静かで居心地の良い場所だが、セントラベルグは首都というだけあって非常に賑やかだ。大小様々な石造りの建物が犇き合っており、今は午前七時頃にも拘らず人の行き来も多く、「全体的にゴチャついている街だ」とレーゼが言っていたことを思いだす雅。
とは言え、現代日本に慣れ親しんだ雅からすれば、超巨大なビルが建ち並び、美しい空を覆い隠していないだけまだ整然としているように感じてしまう。
「さっそく図書館に……と言いたいところですけど、まずは街を見て回りましょうか。セントラベルグにはどんな女の子がいるかもチェックしたいですし」
人が多いという事は、当然女性の数も多いということだ。雅の視線は既に、街の景色から、歩いている数多の女性へと移っていた。選り取り見取り? 否。一人残らず仲良くなろうと考えるのが雅という女。
しかし長旅で体は疲れている。欲に駆られ、コンディションの悪い状態でナンパしても成功率は低いことを、自身の経験から雅は知っていた。
その時、雅のお腹の虫が鳴る。カルアベルグ収容所を出るのが早かったため、まだ雅は朝ごはんを食べていなかった。
喫茶店がいくつか目に入ったが、いずれも男性客で賑わっており、それだけで途端に入る気がなくなってしまう。
どこか良い店は無いものかと散策していると、どこかから良い匂いがしてきた。元を辿れば、そこには『ライムベーカリー』という名前のパン屋がある。小さなお店だが、店の外にまで行列が出来ていた。きっとおいしいのだろう。
並んでいる客は女性が多い。
雅は行列の一番後ろに並び、すぐ前に並んでいる子連れの女性に声をかけた。
***
「デェリシャァスッ! 良いお店を見つけました!」
頬に片手を当て、雅はそう感想を述べる。
店を出た後、行列に並んでいる間に話に花を咲かせていた母娘と別れると、雅は近くの広場のベンチに腰を下ろし、早速店員に勧められて買ったパンに齧りついたのだが、これが実に絶品だったのだ。
見た目は雅もよく知っているクリームパンだったのだが、レモン風味のパン生地と、中に入ったホイップクリームの甘味が絶妙に混ざり合い、口の中が幸せになる。パン生地に混ぜられている小さなナッツも良いアクセントになっていた。
あっという間に一個目のパンを平らげる。残りは二個。これは昼食用だ。雅はほぅっと息を吐いてから、ベンチに座ったまま、空を仰ぐ。
満腹になり、朝起きたのが早かったことも相まって何となくウトウトしてしまう。
だから雅は気がつかなかった。
気配を消して、彼女に近づいてくるものの存在に。
「――あ」
突然雅の背後から手が伸びてきて、横に置いていた鞄を掴む。
思わずポカンと口を開け硬直している隙に、その人物は鞄を持って逃げ出す。
スリだ。しかも女の子である。
「ちょちょちょ、待ってくださぁあいっ?」
一目散に逃げる彼女を、雅は慌てて追いかけた。
***
雅の鞄を盗んだ女の子は、目測で小学生くらいの年頃だ。くすんだブロンドの髪は無造作に伸びきっており、体や着ている服はあちこち汚れている。とても裕福な生活を送っているとは思えない。
恐らく生活に困っての犯行だと雅は思った。
こういったことを何度もしているからなのだろう。他に人がいれば声を掛けて捕まえてもらうことも出来るのだが、彼女が走っていく先には、人がほとんどいない。
しかし、
「――ひっ!」
少女は、時折後ろを振り向いては小さく悲鳴を上げる。目の下にはホクロがあるのが見えた。
これは被害者が追いかけてきて怖かったというのもあるが、一番の理由は、追いかけてくる雅が笑顔を浮かべていたからだ。
真剣な顔だったり、怒っているような表情ならまだ分かるが、笑顔になる理由は無い。堪らなく不気味だったのだ。
とはいえ雅も相手を怖がらせるつもりで笑顔を浮かべているわけではない。
相手が女の子だったので、自然と笑顔になっていただけである。
少女は細い通路に入ると、建物と建物の隙間をジグザグに移動していく。
分かれ道を細かく利用すれば、追っ手を撒けるはず……そう彼女はそう考えていたのだが。
「な、何でっ? 何で追ってこれるのっ?」
何度曲がり角を曲がっても、雅は正確に少女を追跡してくる。
鞄を抱える腕に、ギュッと力が籠った。
少女はふと考える。これを持ち主に返せば、この追ってこなくなるのだろうか、と。
だが鞄を返したところですんなり終わりになるとは思えない。盗んだ相手を間違えたと分かり、少女は顔を青くした。
足を速めて、最後の角を曲がって通路から出る少女。
その先は、解体予定の廃墟が並ぶ区画だ。昔は住宅街だったが、より中心地に近いエリアに住宅街が出来てからは次第に人が離れていき、今や多くの建物が取り壊しを待っている状態だ。スリが身を隠すには丁度良い場所である。
ボロボロになった建物の中を通り、裏口から外に出ては別の廃墟に入る。これを繰り返していると、ようやく背後の追っ手の気配が消えていることに気がついた。
大きく息を吐く少女。身を隠すように、建物と建物の隙間に入ってから……身を強張らせる。
そこにいたのは――
「可愛らしい怪盗さん……あなたは大事な物を盗んでいきました。そう! 私のっ! 心ですっ!」
「う、うわぁぁあっ?」
何故かキメ顔をした、雅だった。
「な、なんでっ?」
「いえ、正直追いつけそうに無かったので、思いきって勘で先回りを試みたら上手くいっただけです」
ペロっと舌を覗かせる雅に、ただただ恐怖しか感じない少女。
そしてついに、その恐怖が最高潮に達したのだろう。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
狂乱したように叫ぶと、抱えていた雅の鞄を放り出し、腰からナイフを取り出し、両手で構え、切っ先を雅に向けた。
「む? 随分物騒な物をお持ちですね?」
「た、ただのナイフじゃないぞっ! これはアーツだ! 凄い武器なんだぞ!」
そう叫ぶと同時に、構えていたナイフの刃に炎が宿る。
その光景に、思わず雅は目を見開いた。
「し、しかも私は『スキル』持ちだ! び、ビビっただろっ? ビビれ! 怪我したくなかったら早く帰れよ!」
青い顔で足を震わせ、強い言葉で威嚇する少女。
雅は困った顔で、頬を掻く。
「あ、あの? そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ? 別に取って喰おうだなんて思ってませんし」
「く……来るな、来るなぁぁぁあっ!」
雅は一歩たりともそこを動いていないが、錯乱した少女の目には雅が近づいてきているように見えていた。
そして構えていたナイフを振り上げて、声を張り上げながら雅へと突っ込んでいく。
しかし雅は落ち着いていた。
何故アーツを持っているのか、何故アーツからスキルを与えられているのか、聞きたい事はあるのだが……それは一旦横に置く事にした雅。それよりももっと大事なことがあった。
「まぁまぁ落ち着いてください。折角の出会いです。もっと仲良くしましょう――ねっ!」
「――っ!」
雅は少女の振り上げた腕を掴み、素早くその肘を返して相手の脇腹を伸ばし、腹ばいに抑えつける。合気道の技の一つ、一教だ。
「い、痛い痛い痛い!」
「あれっ? ごめんなさい! 痛くするつもりはなくて……!」
少女の手が緩み、アーツがポロッと零れ落ちた。
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