第84話『頑強』
突如出現した、全長四メートルのミドル級螳螂種レイパー。
巨大な鎌を振り上げ、レーゼに向かって振り下ろす。
レーゼは何とか剣型アーツ『希望に描く虹』で鎌を受け止めるが、その一撃はあまりにも重く、片膝をついてしまう。
そこにさかさず、もう一本の鎌が襲いかかる。
「マーガロイスさんっ!」
「っ! 早く行きなさい! 鎌は私が引きつける!」
助太刀しようとしてきた愛理を怒鳴るような声で制止させ、レーゼは受け止めている鎌を弾き返して、今襲ってきた鎌をアーツで迎え撃つ。
力比べにもならず、簡単に吹っ飛ばされてしまったレーゼだが、自身のスキル『衣服強化』を発動していたため、地面に背中から叩きつけられても怪我は無い。
のっしのっし……とレーゼに近づくレイパー。走り寄ってくる愛理と希羅々には目もくれない。
「はぁぁぁあっ!」
「せぇあぁぁぁあっ!」
レイパーがレーゼに再び攻撃しようとしている隙に、愛理の斬撃と、希羅々の突きが、それぞれ別方向からレイパーの体の、比較的弱そうな部分――つまり関節部分に命中。
だが直後、二人の顔が歪む。
胴体程では無いが、関節も非常に硬かったのだ。
それでも諦めない。レイパーに反撃される前にその場を離れ、希羅々はレイパーの左側へ、愛理は背後へとそれぞれ回りこみ、少しでも攻撃の効きそうなところを狙ってアーツを振るう。
さらにそのすぐ後から、レイパーの鎌の嵐を潜り抜け、レーゼが胴体を斬りつける。
しかし、刹那。レイパーが翅を大きく広げた。鎌で獲物を狩るイメージの強い螳螂だが、短距離を直線的に飛んだり、威嚇するために翅を広げることもあるのだ。
ミドル級螳螂種レイパーは翅を羽ばたかせて少しだけ浮くと、すぐに翅を動かすことを止める。そのまま自分の体重で相手を押し潰すかのように着地し、その際に発生した衝撃で三人を纏めて大きく吹っ飛ばした。
「桔梗院っ!」
「ぐっ……この……っ!」
「っ! 危ない!」
倒れた希羅々へと、レイパーは鎌を振り下ろす。
思わず目を閉じてしまった希羅々だが、大きな金属音が響き、恐る恐ると目を開けると、そこには刀型アーツ『朧月下』で敵の攻撃を防いでいる愛理の姿が。
相手の力を上手く殺し、何とか凌いだといった様子。
だが安心するのはまだ早い。
連続で振り下ろされるレイパーの鎌。その軌道を上手く読み、愛理と希羅々は攻撃の合間を縫うように走り回り、攻撃を躱していく。
そしてその隙に、レーゼはレイパーの体を駆け上り、頭上へと力一杯に、叩きつけるような斬撃を繰り出す。
美しい虹を描きながら放たれた一撃はレイパーの脳天に直撃。
僅かにぐらつく、レイパーの体。
そして次の瞬間、レイパーは初めて、痛みに悶えるような低い奇声を上げる。
体を大きく暴れさせ、今まさに第二撃を放とうとしていたレーゼを振り落とすと、怒り狂ったようにレーゼへと鎌を叩き付ける。
が、しかし。
「――っ!」
「借りは返しましたわよ!」
鎌が直撃する刹那、希羅々が仰向けに倒れたレーゼの手を引き、助け出したのだ。
上から振り下ろされたり、薙ぎ払われる鎌を、二人は跳んだりアーツで受け流したりして凌いでいくレーゼと希羅々。
そして、愛理は二人がレイパーの攻撃を引きつけている間にもレイパーの体の周りを走り、あらゆる部分に次々と斬撃を浴びせる。
すると、
「っ! ここだっ!」
愛理が目を大きく見開き、そう叫ぶ。
レイパーの後ろ足の付け根。
ここだけ、他の部分と比べて僅かに皮膚が弱い。
ようやく掴んだ手応え。愛理は朧月下を大きく振り上げると、そのまま後ろ足に斬りつける。
何度も、何度も、何度も。
レーゼと希羅々に気をとられていたレイパーも、ここでようやく痛みを覚えたのか、愛理の方に頭を向ける。
だが、時既に遅し。
気力を振り絞った咆哮のような声を上げ、力一杯に刃を叩きつけた瞬間、噴きあがる緑色の血と共に、ついに後ろ足が胴体から落ちた。
グラリと、レイパーの体が揺れる。
劈くように上がる、怒りの声。
レイパーは思いっきり、鎌で三人を薙ぎ払う。
三人はアーツを盾にして直撃を防ぐも、これまで以上の威力で放たれた攻撃の衝撃に、大きく吹っ飛ばされてしまう。
地面に激突し、転がる三人。
激しい戦いで体中痣だらけになりつつも、その目はまだ死んでいない。
やっと見えた勝機。ここで攻めきらねば、もう倒すチャンスは訪れない。
レーゼが真っ先に起き上がり、気合の声を張り上げ、地面を蹴ってレイパーとの距離を詰める。
そのすぐ後に、愛理が続く。
後ろ足を失い、体勢を崩していたレイパーだが、二人が接近した時にはもう体のバランスを取り戻しており、反撃の構えをとっていた。
そして愛理へと鎌の乱打が繰り出されるが、その全てをレーゼがアーツで防ぎ、愛理を守る。
「シノダさん! 攻撃は私が防ぐ! あなたは――」
「分かっています!」
痺れる腕で敵の攻撃を何とか凌ぎ、愛理へと指示を出そうとしたレーゼだが、どうして欲しいか分かっていた愛理は、防御をレーゼに任せ、どんどんとレイパーへと近づいていく。
少し前。レイパーの攻撃を躱しながら、愛理はレーゼの行動を目に焼き付けていた。
彼女の動きを真似して、レイパーの体を駆け上り、一気に頭上へと辿り着く。
額には玉のような汗。顔は緊張で強張っているが、それでも愛理の朧月下が弓なりの残像を描いて、レイパーの眼へと直撃する。
これまでとは別格の激痛。堪らず、レイパーは悶える。
激しく体をくねらせるレイパー。片目を失いつつも、乱暴に鎌を振るうが、レーゼ達に当たる事は無い。
大きな隙。そしてこの瞬間を、虎視眈々と狙っていた者がいた。
希羅々だ。
二人がレイパーへと接近していく中、希羅々だけは気配を殺し、レイパーから離れて背後へと回りこんでいた。
彼女の目に映っているのは、レイパーの体についた傷。
愛理が足を斬り落としたことによって付いた傷だ。
そして希羅々の行動は、実はレーゼも愛理も気が付いていた。
彼女が何をしようとしているのか、二人もちゃんと理解しており、それ故に必死でレイパーの注意を自分達へと引き付けていたのだ。
希羅々はレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を構え、腰を落とす。
そしてレイピアのポイントをレイパー目掛け、勢いよく突き出した。
刹那、空中に全長十メートルもの巨大な『シュヴァリカ・フルーレ』が出現し、レイパーへと襲いかかる。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』だ。一時間に一発しか放てない、希羅々最大の一撃。
防がれたり、効かなかったら倒す手段を失ってしまうが故に、ここまで使うことを必死で堪えていた希羅々。
だが、今この瞬間使わなければ何時使うというのか。
巨大なレイピアの向かう先は、希羅々が見ていた傷跡。そこから抉りこめば、レイパーの体を粉砕出来ると踏んで放ったのだ。
そして狙い通り、レイパーに出来た僅かな傷に、巨大レイピアのポイントが突き刺さる。
眼に続き、体にも激痛が走り、レイパーの悲鳴が轟いた。
硬い皮膚に次々に亀裂が入り、そこから大量の血液が噴出。
足がもげ、翅が落ち、どんどんとバラバラになっていくレイパーの体。
そしてついに、断末魔のような奇声と共に爆発四散するのだった。
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